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「パン」が毎日捨てられる今 vol.1

大量に廃棄される「パン」
その理由とは?

閉店間際のパン屋に並ぶ、たくさんのパン。
「これ、どうなるの……」と気になったことはないだろうか?

外国の食文化でありながら、日本人の生活に深く根づいた「パン食」。手軽で、おいしく、種類も豊富。海外の人気店が日本に進出となれば、オープン当日から長蛇の列は必至。パンは私たちの食生活に大きく君臨し、不可欠なものとなっている。

そんなパンにも、あまり知られていない裏の現実が。じつは毎日焼かれるパンの約5~10%は廃棄されているという。

もちろん、店の規模や業態によって廃棄されるパンの割合は変わる。個人店なら1日に焼くパンの数を決め、「売り切れ御免」でクローズすることもできるし、売れ残ってしまった場合は、割引販売などで乗り切れる。

しかし、商業施設や駅中に入る店舗などは、クローズまで品揃えを充実させておくことや、ディスカウントしてはならないなどのルールにより、どうしても廃棄が出てしまう。


原料や技術にこだわりがあるからこそ、割引も廃棄もしたくないという職人もいる。時間をかけた仕込みの大変さもさることながら、農家が手塩にかけて育てた小麦などを預かっているという “自分ごと以外” の思いもあるからだ。生産者の顔と、農作業の大変さを知れば知るほど、パンの価値を下げることはできないという。ロスが出ない量だけ焼くとなれば、パンの数も種類も減り、選ぶことを楽しみにする客は足が遠のく。この悪循環によって、閉店に追い込まれる人気店もある。

そんな事情から、毎日何トンものパンが廃棄となる。これは日本だけの問題ではなく、先進各国も同様であり、飽食国家が抱える問題のひとつとなっているのだ。


あの有名企業も参画した、
「廃棄パン活用プロジェクト」が始動

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売れ残りのパンをラスクにしたり、百貨店なら従業員向けに安価で販売したりと、捨てない工夫はそれぞれの店で行われているが、それでも余ったパンは焼却廃棄されるか、豚の飼料になるかの二択といわれている。

そんな現状をなんとか打開したいと、動き始めた人たちがいる。東京・世田谷にある最高級食パン専門店〈ルセット〉の代表である佐藤卓文さんと、飲食店のプロデュースやコンサルティングを手がける〈株式会社カゲン〉の子安大輔さん、製品開発や生産者の経営支援業を営む〈イー・アシスト株式会社〉の江野澤清卓さんだ。

発起人である佐藤さんは、とある催事の際、廃棄となる大量のパンを目の当たりにした。ルセットは受注生産でパンを焼くため、ロスはほとんど出ないが、店頭販売を行うパン屋から出る廃棄の量を知ったとき「なんとかしなければ」と思ったという。

「 “パンの価値を高める” が、ルセットの理念。自社商品だけでなく、他店の廃棄パンにも価値がある。この問題を解決していかなければ、日本のパン業界として、健全な発展はないんじゃないかと思っていて」(佐藤さん)

今できることは何だろう? と考えたとき、〈Save The Bread Project(以降STBP)〉の草案を思いつき、以前よりフードロス問題に関心を持っていたという子安さんと江野澤さんに相談した。

プロジェクトに共感してくれたふたりと共に活動をスタートし、プロジェクトの枠組みを構築。子安さんは賛同してくれそうな企業に声をかけ、江野澤さんはSTBPの事務局代表として動くことになった。

パンを提供してくれるのは〈濱田家〉。世田谷本店のほか、大手百貨店や駅構内、海外にも進出し、総菜パンや豆パンで人気を博す店だ。「最後に訪れるお客さんにもパンを選んでもらえるように」と、ロスが出るのを覚悟の上で夕方にも窯にパンを入れる濱田家。だから人気店といえども廃棄が出てしまう。

この廃棄パンの救済に手をあげた企業は2社。レストラン検索サービスの大手〈株式会社ぐるなび〉と、飲食店向け予約・顧客台帳サービスを展開する〈株式会社トレタ〉だ。

両企業とも食に関する事業を行い、これまでに飲食店向けのCSR活動などを行ってきた。2社ともプロジェクトには前向きで、とんとん拍子に話が進んだという。

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STBPのスキームはこうだ。
①売れ残った濱田家のパンを、その日のうちにプロジェクト側で買いとる。
②翌朝、プロジェクトに賛同する企業(ぐるなび・トレタ)に持ち込み、買いとってもらう。
③企業は福利厚生の一環で、希望する社員にパンを配布。
④パンは無料配布されるが、社員は任意で募金。
⑤募金は、プロジェクト側で〈Save The Children〉と〈南三陸町〉に50%ずつ寄付。

食に関するプロジェクトを実施するにあたり、注意するべきは食中毒問題だ。STBPではあらかじめ世田谷区に相談し、後援を取りつけることができた。保健所の指導のもと実施し、企業が安心してプロジェクトに参加できる体制を整えた。


2019年9月、プロジェクト初のトライアルを行った〈ぐるなび〉は、全社員が参加する朝礼時にプロジェクトの意図と意義を説明し、参加と募金を呼びかけた。配布開始からものの5分で106個のパンがはけ、募金は7,659円集まった。

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(↑ ぐるなびで実施されたトライアル時の様子。STBPの事務局メンバーと、プロジェクトを社内で推進したぐるなび社員。)

10月に実施された〈トレタ〉でのトライアルは、廃棄予定だった140個のパンが用意され、寄付金は14,861円にものぼった。

2社とも社員の反応よく、千円札や5千円札を寄付する若いスタッフも。食関連事業に身を置けば、やはり食の問題を目の当たりにすることも多いのだろう。楽しそうにパンを選び、積極的に募金する姿が印象的だった。

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(↑ トレタでの実施の様子。)

「社員の “募金” も重要なポイントだと思っています。協賛した企業も、募金をした社員も、社会貢献に参加したという満足感があるはずです。パン屋も、企業も、社員も損はなし。プロジェクトを運営する私たちもうれしい。“三方よし” どころか “四方よし” のプロジェクトなんです」(子安さん)

「捨てる以外の道がある」という
新たな選択に気づいてもらうこと

反応はおおむね良好だが、トライアルを実施すればするほど、課題が浮き彫りになる。プロジェクト前日に行うパンの回収、企業への持ち込み、パンの陳列と社員への配布、募金の回収。現時点では各工程に人の手が必要だ。

いくら有意義なプロジェクトとはいえ、ボランティアで続けていくことは不可能。なるべくマンパワーのかからないスキームを構築し、ビジネスベースに乗せ、仕組化していく必要がある。

課題は山積みだが、このプロジェクトには、パン屋にとっても希望がある。いろんな店舗のパンを織り交ぜて企業に届ければ、社員はお気に入りのパン屋に出会えるかもしれない。更にはこれを機に、店舗へ足を運んでもらうキッカケになるかもしれない。社員とパン屋のマッチングが期待できるのだ。

「パン業界では、ロスとなった分は廃棄か豚の飼料になる以外の選択肢はないと思いがちです。でも、このプロジェクトに参加してもらうことで、『捨てる以外の道があるんだ』という新たな選択を知ってもらえたらと思っています」(佐藤さん)

プロジェクトはスタートしたばかり。今後も試行錯誤のなかで最適な道を探り、取り組んでいくという。そのためには、プロジェクトに賛同する企業と、やむなく廃棄が出てしまうパン屋の参加が、もっともっと必要だ。

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※この記事は、2019年に取材・執筆したものです。新型コロナの影響で一部情報に変更が生じている可能性があります。

※現在〈Save The Bread Project〉は、新型コロナウィルスの影響をうけ、運営をストップしています。

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