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燃える色の空と
私がまだ20歳過ぎた頃の話。
私は山道から空というものを見上げていた。山と言っても、麓から数分かけて歩けばその中頃まで着く程の、恐らくそれはそれは小さいものだろう、名のつく程の山と比べれば。
私は暇があるといつも、その中頃の風が良く通るその道で空というものを見上げていた。空というものが、目の見えない私にはどんなものかは分からないが、とても暖かく、そしてとても広いものなのだと私は捉えている。いくら大声で叫んでも響かない程の広さがあって、そしてとても鳥の声が好きな事だけは分かる。よく鳥の声に呼応しているからだ。
そんな空を私は見ている。恐らく他の、目の見える他の者達と同じ様に。私の背の後ろを通り抜けて行くその者達と同じ様に。男の分際で空を見て黄昏ている、腑抜けな自覚はあった。
その日は、やけに軽い足音が近づいて来た。
「空を見ていらっしゃるの?」と、女の声が鳴る。そして、それが私の方に向かって鳴っている事が分かった。
目の見えない事をわざわざ説明する気も無かった私は、
「そうです」と、目の前に放り出す様に言葉を投げた。
するとその女は、
「空は何色ですか?」と私に問いかけて来た。
私はゆっくりその女性の方を向きながら、返す言葉を探し出して述べた。
「あなたも、目が見えませんか?」
女の戸惑いの息が聞こえ、私はまた向き直った。
「すみません、そうとは知らず。私は、色が良く見えないものですから、空をうっとりと見られていた貴方様に、空が今どんな色なのかをおたずねしたかっただけです、本当にすみません」と言って、女は私の後ろを通り抜けようとしたので、今度は私から聞いてみた。
「別に気にせんで下さい。それより、貴方が見る空の色は、どんな色なのですか?」
女は私のすぐ後ろで立ち止まって、息を呑む音を鳴らし終わると私に告げた。
「空は、いつも燃えている様な色です」
私は、女に聞こえ無くても構わない位の声で、「燃える、か。どうりでいつも暖かい訳だ」と呟いた。
「そうですね」女の靡く様な声によって、私は心をその女に奪われた。
戦争が始まると、世界を叩き潰す様な音が毎日、あちらこちらに墜落した。熱風が容赦なく、絶え間なく吹き荒ぶ。鼻の奥が焼けて行く臭いに、いつ途切れるかも分からない己の命の糸がいかに細いかを知った。風は破れ、悲鳴を上げている。焦熱が踊り始め、体が多少焦げる中、私は走り出した。女の元へ。
いつもの道のとおりで走り、すべての音という音に負けない程の轟を吐きながら、幾重にも焼かれるその喉がちぎれ果てても構わないと思う程に強く吐きながら、私は足で地面を蹴り切った。
「この家はもう燃えとるで!」
女の家に入ろうとする私を誰かが諌めた。
それからの事は、あまり覚えていない。どこに行き、何をしたかも覚えていない。
山も燃えただろう。だが、私には関係無かった。戦争が終わり、何も落ち着き払わずにただ生きる為に生きる世界となり、色々な音が消えていた。鳥の声も、鳥の声が好きな空の音も、山を闊歩する人々の足並みも口ずさみも。
私は空というものを見上げていた。燃える色の空が好きな女も、きっとそこにいるのだろう、そう思いながら。
と、こんな話を小学生の曽孫にしてみると、曽孫は、
「へえ、大変なんだね」と言うだけだった。
「そう、戦争は大変なんてものじゃない、世界を壊す、とても恐ろしいものだ」と言う私の言葉を遮って、
「おじいちゃんは空の色って何色に見えるの?」と、曽孫はきらきらした目を向けて問いかけてきた。
「うん、燃える色の空と、傷を癒す色の空」と、私が答えると、
「傷を癒す色の空?何それ、誰が言ったの!」と曽孫は笑い出した。
「うん、ひいばあちゃん」私は髭を撫でながら言った。
「お前には何色に見える、空の色は」
私は、人生で三回目のその問いを、まだ笑っている曽孫に投げかけてみた。
「え?空?うーん、きれいな色。きれいなものはきれいだから、それで良いんじゃない」
と、なんとも言い返しようの無い言葉に、曽孫の成長を感じた。
「そうか。いつまでもきれいな空だといいな」
人生の難解さを痛感しながら、クーラーで体を冷やしながら、暖かさに顔を向けた。
嬉しい調子に鳥が鳴き、私は笑った。
終わり
#空の葉
が面白そうでしたので、作ってみました。
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