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弁護士はどうして悪い人の味方をするの?|刑事弁護の舞台裏

今日は、刑事裁判の弁護人の仕事の話を。

社会を騒がせる様な事件があると、クライアントの方にたまに「どうしてあんな悪い人の弁護までするのか」と聞かれることがあります。

「重罪の場合は弁護士をつけるのが決まりでね・・・・」という刑事裁判のルールや、「やっぱ、それなりに報酬が良いからでしょー」なんていう経済的な動機も無いではないわけですが、もうちょっと突っ込んだ実質的な理由について、今日は書いていこうかと。

1:プレッシャーで、「うつ」になってゆく刑事被告人

刑事裁判の流れについては、なんとなく皆さんご存知ですよね。

事件があって、その捜査がある程度進むと、容疑者が特定されてきて、証拠が固まってくると、裁判所から許可が出るので、その人は逮捕されて、留置所に入れられて、日々取調べを受けることになります。

逮捕される被疑者/被告人の側から見ると、事件を起こしてしまったところに、いよいよ警察が来て捕まって、留置所に閉じ込められて、日々取り調べを受けるって感じですね。

逮捕から裁判までの期間というのは、最低でも1-2ヶ月間ありますから、それだけの期間、閉じ込められたり、厳しい取り調べを受けたりというプレッシャーにもさらされると、被告人も普通の人間なので、普通の精神状態じゃいられなくなってきます。

この間、不安すぎて、だんだん心が閉じて自分の世界に閉じこもっていくというか、うつ気味になっていく人も多いんですよね。

で、そのままの精神状態で、なんの心の準備もできずに刑事裁判になってしまうと・・・

検察官が尋問をしても、「おっしゃられた通りです」というくらいの受動的な答えしかできず、被害者に対する気持ちを聞かれても、「申し訳ないと思っています」くらいしか言えなかったりします。

よく、被害者や遺族の方が「加害者の言葉を聞きたい」と裁判の傍聴に行っても、「何だか生身の言葉を聞けなかった、事件の真相が分からなかった」というのは、こういう状態になってしまった場合によく起こるんですね。

弁護士が刑事弁護をやる理由の一つは、こういう事態を防ぐということがあります。

2:事件に隠れている、人間的な事情や背景の存在

刑事裁判は、被告人にとっても、間違いなく人生の一大事。自分のやってしまったことを、引き受ける上での大事な節目なんです。

でも、実際は捜査や裁判のプレッシャーで、一人では事件について裁判の前に、しっかり振り返ることのできる精神状態じゃないのが通常なんですね。

だから、「やってしまったことは変えられない事実」としても、「どうしてそんな悲劇的な状況にたどり着いてしまったのか」ということについて、被告人の親身な聞き手となって、しっかりと話を引き出してゆく人間が必要なんですね。

どんな事件でも、人間がやったことである以上、「必ず人間的な理由や事情が存在する」もの。刑事裁判までに、それを語れるように心の整理をつけておくためにそうするんですね。

被告人の心理としては、この辺の内容は、捜査機関の捜査に応じる中では、なかなか語れないものなんですよね。

捜査機関の方々は、被告人の責任を問う立場ですから、「そんな人たちに事情を話しても、わかってもらえるわけがない」と思うのが自然で、取調べの際に、自分の側の事情や背景を話せるかというとなかなか難しいところがあります。

「そんなの言い訳だろ!」って言われてしまいそうな気もしますしね。

なので、刑事弁護人が、被告人と1体1で、しっかりと時間をかけて、「何が被告人自身を犯罪を起こすところまで追い詰めていってしまったのか?」について、しっかりと事件を振り返る機会を作り、そのプロセスを支えていく必要があるんです。

3:責任や反省は「自発的」にしか生まれない

これは、責任や反省という観点においても、とても大事なプロセスなんです。

他人から一方的に責められている状況では、自らの責任を顧みることがとても難しいんですよね。プレッシャーのかかる状況では、自然と自分を守ろうとするのが人間ですから。

つまり、責任とか反省というのは、落ち着いたホッとできる状況の中で、内省的に振り返えれる状態でこそ、ようやく自発的に生じてくる感情だということなんですね。

哲学者の國分功一郎さんが「自由意志なんてものは存在しない」という講演をした際の話として、こんな話が、紹介されているのに触れました。

講演後の質疑応答の際に、犯罪の元加害者だったという方が「今まで感じられなかった罪の意識を、初めて感じることができました」と、感謝の言葉を語ったというエピソードがあるんですね。

その方は、刑事事件の加害者ですから、ご自身の犯行について「お前の意思でやったのだから、お前の責任だ、反省しろ」と言われ、「あぁ、自分はそんな風に考えなきゃいけないんだな」と思いつづけてきたんだと思うんですけど、実際は、人間は、そういったプレッシャーで張り詰めた思考の中で、なかなか罪や責任を実感することって難しいんですよね。

この方は国分さんの「自由意志なんてない」という話を聞いて、救われる部分が大いにあったんだと思います。

刑事裁判の文脈では、行動に伴う責任、もっと言えば「あなたは悪いとわかっているのにあえて行動したんですよね」と、自由意志を前提に、行為の悪質性が、刑事責任の根拠として問われますから。

でも、国分さんの主張はその前提を根底から揺るがすもので。「それは仕方なかったんじゃないですか」という意味で聞こえたのかもしれませんね。

それで、ふっと力が抜けたところで、思考に少し余裕ができたのかもしれないですね。そこでようやく「そうだとしても、自分には傷つけた人がいるんだな」と実感できたんじゃないでしょうか。

そういう気持ちの緩みというか、落ち着けるスペースが、責任や罪を本当の意味で、自発的に実感するためには必要だったりするんですよね。

被害者や被害者遺族の方にとっても、外から押し付けられたような紋切り型の反省の言葉ではなくて、こういった自発的な感情こそ、一番聞きたいところだろうと思います。

「事件が起こった本当の原因は何なのか」ということや、「被告人は事件を離れた今、どのように事件について感じているか」ということは、被告人が心の内の正直なところを語ってこそ、見えてくることでもありますからね。


4:被告人の語りは「社会」にとっても重要

なお、こういった被告人のストーリーが語られることは、社会の側にとっても、非常に重要なことでもあるんです。

先日、「母親の過剰な束縛で自分の意思で進路を選ぶことを許されず、9年間の浪人生活を強いられた女性がそのお母さんを殺害してしまった」という痛ましい事件がありましたが、この事件でも、犯人の女性は最初、積極的に事情を語らなかったんですね。

母親を殺してしまったことは、本人にとって大きなショックだったでしょう。

事件について捜査が進んで自分が逮捕されて「お前が殺したんだな、どうやったんだ、どうしてだ」と聞かれて、何度も思い出して語って、その内容について書面を取られて、ご本人はヘトヘトというか、もはや放心状態の日々だったでしょう。

「自分は罰を受けるしかない、罪を背負った罪人なんだ」と、絶望的な気持ちでさえいたと思います。

ただ、そんなところから、彼女は事件の背景、苦しかった胸のうちを語るという選択をしたんですね。

そのことはまず、ご本人にとって「これから先の人生をどう生きていくのか、
 自分がやってしまったことをどう受け止めて償うのか」それを考え続けていく上で、すごく大事な一歩だったと思うんですよね。

そしてそのことに、また社会の側も救われた部分があると思うんです。

彼女の勇気ある行動のおかげで、私たちは「教育虐待」っていうものがどれだけ人を追い詰めるものなか、実の母親を殺してしまおうと思うところまでいくってことが明らかになったわけで。。。

彼女の行動に救われた人も、少なくなかったろうと思うんですね。

これは真相のよくわからないままに、事件が終わってしまうのであれば、起こり得ないことなんです。悲しい事件、痛ましい事件をきっかけとして、社会が変わるチャンスを逃してしまうことになる、ということになります。

5:だから弁護士は、刑事弁護をする。

もちろん、全ての刑事裁判が、そんなふうに、必要なことが全て語られるかたちになるわけではないのですが。。。

そのために力を尽くすこと、非常に語られにくい「事件の真相」をなんとか刑事裁判のテーブルにあげようとすること。

そのことで、裁判官或いは裁判員に、事件をめぐるできるだけ全体的な事情を見てもらう、場合によっては、傍聴している報道機関にも捉えてもらう。

そういうことも見据えて、刑事弁護というのは行われているんですね。

ということで「どうして弁護士は、あんな悪い人の弁護をするのか」についての自分なりのアンサーを書いてみました。

もうちょっと言えば、本当は「悪い人」というステレオタイプな印象から入るのではなくて「事件の人間的なストーリーや背景が見えないので、警察の見立てや被害の性質からすると、なんだか悪そうに思える人」くらいに、思ってもらえると良いんだろうなと思っています。

加害者側の事情って、取材の難しさゆえに報道されないので、どうしても一方的な報道バイアスがかかっちゃうんですよね。情報ソースも警察や被害者の側からのことが多いし、メディアは自然とそっち側から構成しちゃうわけで・・・受け手である視聴者がそういう印象を抱くことは無理はないのですが。

長文読んでいただき、ありがとうございました^^

なお、この記事の動画バージョンはこちらです。


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