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過ぎていく時間の中で、自分自身として生きるって結構大変だなって。

こんにちは、最後に更新してからしっかり1ヶ月経ちました。
定期的に更新するぞと意気込んでからもうそんなに時間が経っているのかと、ものすごく驚きました。

新型コロナウイルスの影響で、身の回りの生活が変わっていくことに少し怖いなと思っていた4月から、気がつくと6月も今日で終わりです。家の外に出る時にマスクをつけることも、帰ってきたら手を洗う習慣もしっかりと生活の中に溶け込んでいます。

学校で授業を受けないので進級した実感もないまま、インターンシップや就活の話がちらほらと出始めて、大学生活も後半に差し掛かっていることを今更ながら感じ始めました。
自分がやりたいと思って門徒を叩いた学問ですが、続けていく中でやはり自分の能力の限界を知ったり、他の人と比べて辛くなったり、好きだけじゃやっていけない。今は純粋な好奇心から学んでいる事もいつかは仕事になる。以前はそれが素晴らしい事じゃないかと考えていましたが、仕事は収入に、収入は生きる事に繋がると思えば思うほど、好きが仕事になると好きじゃなくなる瞬間が必ず出てくるのが現実だなと。仕事には責任がついてまわるので楽しいことばかりじゃなくなる、そんな現実と理想の間をずっとゆらゆらとさ迷っている状態です。

学生の間は自分で大抵の事は選択できる、自分で選んだ人や物事と向き合い続けることになる。けれどもうその時間も終わりつつあって、いずれ飛び込んでいかないといけない社会には様々なルールがある。ルールは誰かを守るためにありますが、それが誰かを苦しめることもあって、例として挙げると今1番私が嫌だなと思っているリクルートスーツだったり。(どうしてもレディーススーツが好きじゃないのです。)会社で出会う人に自分のセクシャリティを伝えるつもりはありませんが、きっと学生の間とは違う「なんで?」「どうして?」と思う瞬間が増えてくるのだろうなと想像すると、マイノリティの生きづらさをはじめて自分事として身に染みてきました。色んな方の体験談を見聞きしていましたが、これまでどこか他人事のように感じていたようです。

自分のセクシャリティと向き合いながら色んな方の体験や考えに触れて、色んな物事を様々な角度から覗いてみると、やはり一筋縄ではいかないからこそ社会問題に発展するのだと頭を抱えてしまいました。もちろん覚悟はしていました、人生が簡単じゃない事くらい、20年しか生きていなくても痛感した瞬間は沢山あります。それでも私は生きていて、時間はちゃんと流れていく。けれどもただぼーっとしてるだけで過ぎてしまうような時間は面白くない、私は最初から最後まで私として私を生きる、そんな強い覚悟や芯がないと潰れてしまうかもしれない、生きるって戦いだなって改めて思った月末です。
来月もまた頑張っていきます。