【アルゴリズム行進の恐ろしさ】


NHKでたまにやっている「アルゴリズム行進」。
面白いなぁと思いながら、
よく見ると怖さもある。

規則正しく、決まった動作が続く。
そこには統率された美しさがあるかも知れない。
でも、見方によっては、

「最初の一人が決めた動きを、
2人目以降は延々と続けなければいけない。
別の動きをしたいと思っても、
そこには自由がない」

とも言えるわな。

つまり、最初の1人以外は、
自覚的であれ無自覚的であれ、
自分の自由な意志で行動していない。
もしくはする余地を与えられていない。

それはアルゴリズムの素晴らしさであると同時に、
恐ろしさでもあると思う。
なにより、アルゴリズム行進では、
人間がアルゴリズムに合わせて動いている。
これは、まるで、現代社会。

アルゴリズムの最たるものは、
このFacebookのようなSNS。
どんな投稿が「いいね!」がつきやすいのか、
などをアルゴリズムで決めて、
アルゴリズムに当てはまったものが広がりやすい。

僕たちは、Facebookで何かを
「見つけている」と思っているけど、
実はただ「見せられている」だけだったり、
「こんな投稿が反響があるんだ」と思っているけど、
実はそういう投稿には「いいね!」が
つきやすいように仕組まれているだけだったり。

つまり、プラットフォームの上では、
「ルールを決めた1人に合わせて全てが動く。」
というのが当たり前なので、
2番目以降は「仕組まれた幸せ」
だっていうこと。

そんなふうに見ると、
アルゴリズム行進って、
結構怖い映像だったりして。

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