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少女と旅したある男の手記(春)

雪人形2/5

小春日和、は秋の表現だったか。
今日はとても暖かく、雲が溶け込んだような薄く澄んだ青空をしている。まるで『彼女』の瞳のようだ。
『彼女』に触れると刺すように冷たい。だが、『彼女』の瞳を見つめながら穏やかな時間を過ごし待っていると、仄かに暖かくなる。
私の熱が『彼女』に伝わっているようで嬉しい。

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森の中に花畑を見つけた。人の手が加えられているのか、自然の物かは分からないが、沢山の種類の花が咲いていた。
私はそっと、誰も来ない事を祈りながら『彼女』を出した。
『彼女』を昼間に出してあげたのは初めてで、柄にも無く私はとても緊張していた。
知っている限りの花の名前を『彼女』に教える。
『彼女』に見やすいように、花を動かしてあげた。

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探せばどこにでも花は溢れている。伸びる新芽の優しい爽やかな香りがする。春の代名詞の鳥は唄う前に練習をしていて、まだ下手ながらも懸命な声が響いている。
これが春というものなのか。
知らなかった。
『彼女』と供に旅して漸く私は本当の春を実感している。

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『彼女』との二人旅にも慣れてきた。外国に行けないのは残念だが、この国もまだ、耳で聞くだけでは知りえない些細な発見があった。
今日も美しい風景を見つけては『彼女』に見せる。
これが、逃避行ではなく、普通の旅行ならば良いのに。

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今日は雨が降っていたので、ホテルで『彼女』と過ごした。
『彼女』の瞳を見つめながら沢山の話をしたが、『彼女』が笑ってくれる事はない。
この無感動な瞳が、薄く開けられた唇が、もしも柔らかく微笑んでくれたら。
そう思いながら話した自分の失敗談は、どうか忘れて欲しいと『彼女』に頼みこんだ。

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雨が降り、強風が吹けば暖かさが増していく。もう冬の装備で歩き回るのは無理そうだ。今日も汗をかいた。
『彼女』を出してあげる前に風呂に入ったんだが、自分は綺麗にしているのに『彼女』はきちんと綺麗にしていない事に今更気付く。
明日にでも『彼女』の為に何か買いに行こう。
今日はもう『彼女』と語り合いたい。

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今日、仲の良い父娘を見かけた。
楽しげに語らい、手は強く繋がれて。
私達もそんな風に見られるのだろうか。
そんな日がいつか来ないだろうか。

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今日はホテルに泊まらず、野宿をした。
彼女と久しぶりの二人だけの夜だ。
と、思ったのだがどうも妙な気配がして落ち着かない。
『彼女』を不安にさせないように寝ずの番をする。
申し訳無いが『彼女』は今晩は包みの中に居てもらう。
何かあった時に直ぐに『彼女』と逃げだせるように。

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やはりホテルの方が落ち着ける。所持金の節約などとケチな事は言わずにちゃんとホテルに泊まる事にしよう。
冬の間世話になった装備たち。私の命を守ってくれたもの達だが、ここで処分していこう。
荷物が大分軽くなる。『彼女』の方が重たいかもしれない。
これは、他の荷物に比べて、だ。『彼女』と同じ年代の少女と比べるなら『彼女』の方が断然軽い。
……なんの言い分けだろうか。

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とても暑くなってきた。だがあえて南へ行こうか。
『彼女』には冬の方が合いそうだが、海に照らされる白い肌も見てみたい。

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