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少女と旅したある男の手記(冬)

雪人形1/5

旦那様に頼まれ、私は荷物を受け取る。
「これを持って逃げてくれ」
どこへ行けとは言われていない。ただ黙ってお金と重たい荷物と供に屋敷を離れた。
これが最後の旦那様からのご命令になるのだろう。
私の最期か、旦那様の最期かは分からない。

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雪の深い山道を歩いた。人には見つかりたくない。誰にも会いたくない。
だからと言って、無理をするべきではなかった。小屋が無ければ早々に死んでいただろう。
私は落ち着くべきだ。
分かってはいたんだ。荷物は開けてはいけない事は。
ああ、見られている。鞄の中から。包みの中から。

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この小屋は前の小屋より頑丈だ。薪も十分にある。
暖かい空間にいると落ち着いてくる。それとも諦められたのだろうか。
包みの中は、硝子玉に入った少女の頭部だった。
……記すと手が震えてくる。またにしよう。

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人が怖い。今までは屋敷に訪れるお客様はもちろん、買物の時も愛想よくしていた。メイド達にも嫌われる事など一度もなかった。私も人が好きだった。
今は人が怖い。
先程、人の気配がした時など、熊の方がいくらかマシだと思ってしまった。
あの、恐怖に驚いた顔。
そういえば、髭も剃っていない。
慣れてはきたが、『アレ』の入った鞄を持ったまま誰かに会う気にはなれない。

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今はホテルにいる。私にあんな風に演技の才能があるとは思わなかった!とても自然だった。
……いや、何を書いているんだか。
とりあえず、変には思われなかっただろう。
身嗜みを整えるというのは、やはり人間らしさを取り戻せるのだろう。もしかしたら食も関係しているのかもしれない。
食べ物は血肉になるのだと、実感した。
鏡に映した私の顔は少しやつれて隈も酷かったが、垢を取り髪を整えると、背筋が伸びて本来の私に近くなった。
『包み』の事は気にしないでおこう。

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漸く次の街に来られた。乗り物に乗るのはまだ怖い。他人と密室で長時間。『荷物の中』を知られた時が怖い。
ホテルに入るのは慣れてきたように思う。
小さなホテルを選び、所持金を節約する。この旅はいつまでつづくのか分からない。早く終わると思っていたが案外続いている。
それとも、まだ数日しか経ってないのだろうか。

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久しぶりに『中身』を取り出してみた。
白い、ボンネットというんだったか、赤ん坊がしている様なヘッドアクセをつけている。髪も白く本当に人間だろうか。
首の切断面を見ると生々しい。
『彼女』を鞄に仕舞ってもまだ見られている気がする。
正面から見なければ良かった。

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ホテルで荷物整理をしている時に『彼女』を転がしてしまった。
コロコロと部屋の隅へと転がる『彼女』。
入念に調べたが傷は無かったので安心した。

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ホテルの部屋で『彼女』を眺めた。
どういう製法なのか分からないが、水晶の様な物に『彼女』は包まれている。
私より大分小さい少女の頭部。とても澄んだ瞳をした、美しい少女。血の気を失い、人形の様だ。
首にはチョーカーが巻かれていて、そこから綺麗に切断されている。
これが人形ならば悪趣味過ぎる。
……本物の方が悪趣味か。

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今日も『彼女』を眺める。
水晶の中でたゆたう髪が美しい。ボンネットを取ればどんな髪型が出てくるのだろうか。
せっかく美しい銀髪なのだから、私ならロングにするが、短かったとしても『彼女』には似合うだろう。

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『彼女』の為に新しい包みを買った。瞳と同じ、淡いブルーのサテンと白い厚手の生地。
今まで包んでいた、ただの使い古しの薄い風呂敷では、いつか『彼女』に傷が付いてしまう。
2枚の布をホテルの椅子にかけ、優しく『彼女』を乗せる。
安ホテルの部屋が背景なのが気に入らないが、絵画の様な出来に満足する。
季節は春へと変わる。きっと『彼女』に似合う風景がどこかにあるはずだ。
今度はどこへ行こうか。

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