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菊池誠による「福島安全論」の誤謬(その3)

はじめに


菊池誠や大石雅寿らによる「福島安全論」の誤りを指摘する記事を引き続き書いていく。今回は二人の放射線防護の間違った理解を指摘する。

「福島は安全」なのか

この一連のnoteのタイトルで引いているが菊池は「福島は安全」だと何度も書いている。そもそも安全とはどういうものを意味するのだろうか。ICRP勧告には以下のように書かれている。

(38) 確率的影響の確率的な本質及びLNTモデルの特性が,“安全”と“危険”を明確に区別することを不可能にしており,このことが放射線リスクの管理の説明を幾分難しくしている。 LNT モデルの方針上の主な意味合いは,どんなに小さくてもある有限のリスクを仮定し,容認できると考えられることに基づいて防護レベルを確立しなければならないということである。

https://www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf

下で詳しく述べるが、ICRPは放射線による被曝についてはどんなに小さくてもリスクがあるという立場にあり、またリスクと便益との関係を明確にすることを求めているので、放射線被曝についてどこまでが安全なのかどこからか危険なのかという線引きはできない。たとえばある二つの地域で空間線量が同程度だとしたらそれによる被曝についてはあくまで同程度のリスクが生じていると捉えるべきであり、安全だとか危険だとか切り分けのできるものではない。福島県を中心にする東日本では原発事故により広範囲に放射性物質が拡散され汚染が残っている。除染作業がなされているが事故前のレベルまで線量が回復していないところは多く残っている。事故前より線量が増えた地域ではリスクは増大しているわけだが、そのリスク自体を安全だとか危険だとか判定することはICRPが不可能だと示している。地域にとどまって被曝のリスクを取ることで得られる便益(従前からの生活や仕事や学業の継続など)があるかどうかを個人個人が判断するというのが正しい捉え方である。線量が増えたリスクを避けるために転居することも正当な行為だし、事故と同等のレベルまで線量が低下するまで一時避難するのも正当である。この選択について無関係な第三者が口を出すのは人権への不当な抑圧である。

100mSv以下の低線量被曝におけるリスク評価

菊池は低線量被曝についてはこのように書いている。

とりあえずこれは明確に間違いである。上記に引用したICRP勧告に「どんなに小さくてもある有限のリスクを仮定し、容認できると考えられることに基づいて防護レベルを確立しなければならない」と書いてある。菊池は何かとICRP勧告を引き合いに出しているが、実際には勧告の内容をきちんと把握できていない。
菊池はさらに以下のように書いてもいる。

健康リスクと健康影響を書き分けているようであるが、おそらく理解が間違っているのだろう。

図(a)に示すのがICRPで定められているLNT仮説である。これは原爆被爆者の調査で被曝影響を見積もった結果として得られたもので、おおよそ100mSv以上の高線量域では線量とリスクとに比例関係があることが推察されている。そこから0まで外挿するのがLNT仮説と呼ばれるものである。仮説と呼ばれるのはあくまで図(a)下段に示すような不確かさの大きいデータしか得られなかったためであって、被曝影響を過大評価をしているわけではない。
菊池はしばしば累積被曝100mSvまでは健康影響が出ないように書いているが100mSvを超えたところでの疫学データを否定していないことから、菊池の主張を定量的にすると図(c)に示すような関係が成り立っていないとおかしい。本来は菊池の主張では閾値のあることを想定しないといけないが、その場合は図(b)のような変化を示すはずである。しかしこれは疫学データとは合わないので支持されない。すなわち菊池の言う100mSvまでは影響なしと疫学データを両立させるには(c)のように100mSvあたりに断絶を作らないと成り立たない。しかし一見すれば分かるようにこの仮説はあまりに不自然な変化を示すもので成り立つ可能性は低いというのは分かる。菊池はLNT仮説をまるで根拠の無いものであるかのように何度も言及しているが、菊池の言う100mSv以下では健康影響が出ないという主張も図(c)に示すような「仮説」であり正当性があることを裏付けられているものではない。LNT仮説を否定しながら自分の仮説が正当であるかのように主張するのは詭弁であり、一種のニセ科学的な論法に繋がるものと言わざるを得ない。もし菊池が自分の仮説の正当性を主張するためにはそれを支持するデータを持ってこないといけないといけないのが科学的な議論で要求されるものである。それは図(c)下段に示すように100mSv以下のでの疫学データでありゼロに近い値を示した上で不確かさを含めてLNTに相当する値に届かないようなものでないといけない。(この段落は趣旨を変えない範囲で加筆済み 09.07.2024)
菊池と歩調を合わせて同様の主張をしている大石雅寿は以下のようなことを書いている。

これについてはいろんな誤りを含んでいる。
まずLNTモデルは「事後リスク評価に用いるものでない」というのは間違いである。ICRP勧告をきちんと読めば疫学的影響評価に用いてはいけないとされており、リスク評価に用いることを基本とすることは冒頭に引用した部分からも明らかである。また「それに累積被曝量100mSv以下では他の原因による発癌との区別が付かないので」の部分についても上に述べたようにあくまで疫学データの不確かさをいうものであって、それをLNTで近似することの正当性とは無関係である。原爆被爆者の調査では100mSvあるいはそれ以上の被曝をした被爆者について発癌確率がその他の要因によるものと統計上で分離できるだけの大きさになっているということであって、それ以下の領域では不確かさが大きくなっているというものである。だからこそ100mSv以下の領域でLNT仮説で直線関係で外挿されているのである。LNT仮説の論理を「理解できていない」のは誰なのか。(この段落は趣旨を変えない範囲で加筆済み 09.07.2024)

最近の疫学データでは

「仮説は実証して初めて真実となる」(帝都大学湯川学)と言われているように検証することが「科学」である。最近はいくつか被曝影響による疫学データが論文となっているがその一つを以下に示す。100mSv以下の領域でもLNT仮説を支持する結果が得られており、さらに言えばむしろ高線量からの外挿よりも高い結果を示していることが分かる。

Richardson D B, Leuraud K, Laurier D, Gillies M, Haylock R, Kelly-Reif K et al. Cancer mortality after low dose exposure to ionising radiation in workers in France, the United Kingdom, and the United States (INWORKS): cohort study BMJ 2023; 382 :e074520 doi:10.1136/bmj-2022-074520

これを見てもなおLNT仮説の有効性を認めないのは科学的ではない。すわなち被曝の増加はリスクの増加である。それを踏まえた上でリスクの増加について「正当化」「最適化」の観点から対処を決めていくのがICRPの要請であり科学的な態度である。

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