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欲しいスニーカーは日本ではもう無理なのか ナイキ編

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筆者 http://sneakerhack.com/

スニーカー購入困難度が再び高まった気がする2018年

近年スニーカーブームなんて言葉が再び使われはじめ、人気のスニーカーに行列なんてことは最早当たり前、更に抽選どころか抽選のための抽選なんていう最早謎の販売方法まであります。一体何でこうなったのかは謎になってしまった気がしますが、少しだけ掘り下げてみたいと思います。あくまでここ最近のナイキだけにして深く掘り下げるのはまた次回以降にでもしようかなと。

スニーカー熱がここまで高まったきっかけ

ナイキからは色々なスニーカーが発売されているわけですが、ここ数年で並び抽選という物が当たり前と認知されたのは2015年の5月30日に発売されたNIKE AIR JORDAN 1 RETRO HIGH OG CHICAGO と言うモデル。このnoteを読んでくださっている方はほとんどの方が知っている方でしょうが、このAIR JORDAN(以下、エアジョーダン)はマイケル・ジョーダンが現役時代に履いた最初のモデルのオリジナルカラーとして人気のモデル。

実は対になっているモデルがあり、1985年マイケル・ジョーダンがシカゴ・ブルズで着用していたとされるBRED(ブレッド)。これはブラックとレッドの合わさった造語と近年では言われています。ちなみにBREDはシカゴ・ブルズのホーム、CHICAGOカラーはアウェイのユニフォームに合わせてカラーリングされており、当時としては珍しいモデルです。

このBREDにはちょっとした逸話もあり、当時のNBAの規定としてホワイトカラーをベースに使用しなければならず、実際には着用しては行けないモデルとされており、2011年の復刻発売時にはヒール部分に✗マークが入り着用禁止モデルBANNED(バーンド)として米国のファクトリーストアで発売され大騒動となったモデルです。ちなみに上の画像はその後再び2016年に復刻したモデルです。

尚、このモデルを試合で着用するたびに罰金が発生しナイキが毎試合$5,000を払っていたと言う噂もありますが、現在では払っていない(少なくとも毎試合は)というのが定説となっているようです。実際のところはナイキとNBAのみぞ知るということにしておきましょう。

2015年に発売時には大行列

話はCHICAGOモデルに戻ります。1985年の初登場から3回しか復刻されていないのですが(1994、2013、2015)、最新の2015年の前の復刻である2013年はオリジナルとはかなり異なりヒール部分とシュータンにジャンプマンロゴが入っておりオリジナルファンからすると少しガッカリしてしまった方も多かったのが実情ではないでしょうか。そして満を持して2015年にオリジナルに限りなく近いというふれこみで復刻発売されたCHICAGOカラー。当時、後述するスニーカー転売という物が表に出始めた頃ということもあり、原宿のナイキストアには1000人を超える行列が出来ました。僕も並びましたがまあ抽選ということもあり全く買えませんでした。そもそもナイキストアでは何足売ったのでしょう…

で、お約束のヤフオクを見てみると10万超え…今となってはなにか当たり前って空気ですが、当時としては異常でした。現在はかなり相場も落ち着いていますが…

その後もエアジョーダンを始めコラボレーションモデルが出るとなれば大行列。抽選大会。オンラインはbotと言われる自動購入システムで大量購入する猛者までも出現。元々bot使いは、いるにはいたのですがついに表立って登場。あんな人やこんな人も実はbotだったりするんですよ。僕も知識さえあれば...(めんどくさい・お金ない・ばれたら怖い)

現在のプレミアムスニーカー事情

さて一気に現在に話は戻しましょう。先程から話の出ているエアジョーダン(特に1stモデルのエアジョーダン1)は定番人気のモデルです。


そんな中現在最早購入するのが困難かつ、転売されるのが当たり前のモデルが発売されます。

NIKE x VIRGIL ABLOH OFF-WHITE

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