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オカマバーとひかるちゃん

学生時代、実に様々な場所でお酒を飲んだ。宅飲み、大学構内のナントカ棟、チェーンの居酒屋、バー、大学で何らかのコミュニティに属している以上は多くの飲み会に顔を出す。だがその多くをわたしは覚えていない。酒で記憶を飛ばしたというわけではなく、単純に記憶が風化してしまうのだ。

だが、そんなわたしでも一つだけ強烈に心に残っているものがある。

二十歳の頃、一度だけ行ったオカマバーだ。そのオカマバーは当時、わたしの大学のあった福島市で唯一のオカマバーとして駅から徒歩10分ほどの、飲み屋街の中にあったのでその前を頻繁に通った。大学の飲み会で一次会をい終え、二次会を探してる途中や帰り足でオカマバーの前を通ると好奇心たっぷりに全員がオカマバーの看板を凝視する。そして「オカマバーって行ったことないんだよね」「オカマバー行ってみたい〜!」「知り合いがここ前行ったって話してた」などとその瞬間だけオカマバーネタで盛り上がるのがあるあるだった。

しかし、オカマバーネタで盛り上がるわりには、そのオカマバーに行った人の情報は聞いたことがなかった。周りの女子大生も「オカマと友達になりた〜い」「オカマに愚痴聞いてもらいた〜い」とオカマ抜きでオカマ接触願望を切々と唱えるわりには、実際に行動を起こす者はいなかった。

わたしも例に漏れずオカマバーという世界を覗いてみたいという、うすっぺらい野次馬精神があったことをここに認めよう。90分3000円で楽しめるというリーズナブルな価格設定だったのであとは行動力あるのみ。だが、いかんせんうすっぺらい野次馬精神なので、わざわざ行くかというとそこまでは…という歯止めがかかる。その行動パターンは、オカマバーの前で刹那的に会話を繰り広げる大学生集団や「オカマに愚痴聞いてもらいた〜い」とのさばる女となんら変わらなかった。

だが、結果としてわたしは行った。わたしとオカマバーとの点を線で結んでくれた出来事が起こったのだ。それは親友の誕生日だった。親友もオカマバーに行きたい好奇心があり、わたしに打ち明けてくれた。わたしも同じ気持ちだった。ちょうど来月に誕生日だったので行ってみようと宣言して変なノリで予約をした。誕生日が日曜日で定休日だったから平日の20時に予約を入れなおした。20時オープンのオカマバーで、20時に予約。夜の水商売に20時は健全もいいところだ。素面で乗り込むのは怖いので、半兵ヱで飲んでから行くことにした。

我々は誕生日という口実がないとオカマバーに乗り込めない未熟者で、酔っ払った勢いでしかオカマちゃんと対面できない臆病者だった。

しかし、オカマバーに予約をしたというだけで、行きたい好奇心を好奇心のまま曖昧にしてしまう大学生たちとは違うのだという優越感だけが、オカマバー初体験への不安や緊張を和らげていたように思える。自由になれた気がした、二十歳の夜。

酒気を帯びた状態でオカマバーへ歩く道すがら、頭は冴えていてほぼ素面だったように思える。緊張した。扉を開けると、大きな、ほんとうに大きなオカマちゃん2人がいらっしゃいませと言って出迎えてくれた。マツコデラックスみたいだった。カウンターとテーブル二つしかない狭い空間にマツコ2人とマツコにこき使われている小柄なアラサーほどの男性がいた。贅沢にもその空間は貸切だった。なにせまだ20時である。Mステの時間帯。

小娘2人がただの好奇心でオカマバーに乗り込んでみたということは、マツコたちにはお見通しだっただろう。オカマの世界、オカマあるある、オカマが抱える心の病気、オカマを中学生にバカにされたときの対処法、オカマ夜の営みのことなど、私たちオカマ初心者のためのオカマトークを繰り出してくれた。予約のとき誕生日サプライズをお願いしていたのだが、カラオケでハッピーバースデーを歌いながらケーキを出してくれた。さすがプロだなという月並みな表現しかできないけれど、毒舌なのかと思いきやとっても優しかったから感動したのだ。

そして、さまざまな対応の中でも今でも自分の心に残ったやりとりがある。わたしに名前を聞いてきたので答えたら「ひかるちゃん(本名)っていうの!?わたしの知ってるオカマのひかるちゃんはみ〜んな頑張り屋さんなのよ!」って言ってくれたのだ。あくまでオカマのひかるちゃんに限った話だし、他の人にも言ってるかもしれないし、リップサービスなのかもしれないが、わたしはこれで結構喜んでしまった。

帰りに写真を撮って「これがオカマの手よ。握っておきなさい」と握手までしてくれて、満たされて帰った。ものめずらしいオカマをみたい野次馬にも丁寧に対応してくれた。

あれから4年が経とうとしているが、オカマバーに行ったことは懐かしい。そして今でもときどきくじけそうなとき、意味もなく不安に駆られそうなときは「わたしはオカマちゃんお墨付きの頑張り屋さんなんだ!」という「ひかるちゃんは頑張り屋さん説」を思い出して、励まされている。

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