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contact~表現者と社会~ vol.3  佐々木"RUPPA"瑠

さまざまなジャンルで自分を表現している人たちとの対話集「contact~表現者と社会~」。第3回のお相手はKAGERO、videobrother、YAPANI!(ヤパニ!)など様々なバンドで活動するサックス奏者、佐々木"RUPPA"瑠。轟音の中で咆哮するサックスとは対照的に、普段は飄々としたオタク気質も感じさせるユニークな人物だ。これまで単独で取材に応えたことがないというRUPPAに、コロナ禍でのこの2年あまり、音楽家として、2児の父親としてどのように過ごしてきたのか話を訊いた。また、バンドを始めるに至ったルーツなどについても語ってもらった。

昭和大ヒット歌謡曲の作者だった父・佐々木勉

――RUPPAさんのお父さま(佐々木勉氏)はミュージシャンだったんですよね。

RUPPA:そうです。シンガーソングライターで、作家として「別れても好きな人」「3年目の浮気」(作詞作曲)、「夏のお嬢さん」(作曲)とかを書いた人です。

――いずれも昭和の超大ヒット曲ですよね。サックスを始めたのも、お父さんの影響だったんですか。

RUPPA:いや、それはまったく関係ないです。何か楽器をやれと言われて習っていたピアノとチェロを中学に上がるぐらいでやめて、近所の新星堂でやっていた「ブルーノートフェア」でデクスター・ゴードンを聴いて、「あ、これは楽しい」と思って、中一のときにテナーサックスを持ったんです。でも、ブラバンのサックスってパーツの一部だから、余計なことができないんですよ。それに小さな音を上手に出さないといけないので、すごく厳しくて。中3のときに部長をやっていたんですけど、そこで辞めたんです。そこから、サックスが吹けるからいろんなバンドに誘われて。それとは別にギターボーカルをやったりもしましたよ。

――ギターボーカル!?何の曲をやっていたんですか?

RUPPA:黒夢とか、河村隆一とか。あたしが高3の学祭でそういう曲を歌っているときに、白水(KAGEROの白水悠)は高1でランシドとかをやってたんじゃないですかね。会ったのは大学のときだけど、ガラガラの体育館であたしの河村隆一を聴いていた可能性がある。

――2人とも、今やってる音楽と全然違いますね。

RUPPA:でも、その頃からセッションっぽいのが好きだったから、ギターの友だちを呼んでジミヘンの曲に合わせてサックスを吹いたり。見せ方として正しいのかわからないけど、その頃から「決まってる風にやる」ことが苦手ではあるんです。

――ただ、今も決まったフレーズを吹くことも多いですよね。

RUPPA:本当は、今思いついたみたいに演奏したいんですよね。CDを出した以上、それはむずかしいんだけど。さんざんアドリブでやった曲を、CDで出して、それをライブでやると「アドリブでやってる」ということが理解されていない可能性があるんですよね。それをライブでやるときには、全然吹かない可能性すらあるのにねって思うんだけど、そこはサービス精神でやってます。

――もし歌を歌ってたら、CDに入ってる歌詞と同じことを歌わないといけないじゃないですか。

RUPPA:そう、だから私は歌詞が書けないんですよ。

――だからギターボーカルにはならなかった?

RUPPA:うん、歌詞が決められないから。それに、ギターは2、3ヶ月で弾き語りをできるようになったからもういいやって。学祭ではサックスとボーカルでサザンの曲をやったりもしていたけど。

これはあたしがステージに立った方が世のためだと思って(笑)

――ライブハウスに通ったりもしてました?

RUPPA:行ってましたよ。日清パワーステーションにROLLYとか、ビンゴボンゴ(ユースケ・サンタマリアが在籍していたバンド)を観に行ったりしていました。スカパンクを始めた頃は、そういうバンドのライブを観に行って、あたしの方が上手だったので、これはあたしがステージに立った方が世のためだと思って(笑)。

――その頃から、ミュージシャンとして生きていこうと決めたんですか。

RUPPA:う~ん、やれるところまでやろうっていう感じだったと思います。今もそうだし。

――そういえば、RUPPAさんは今月お誕生日ですけど、今年はバースデーイベントをやらないんですか。

RUPPA:去年はやったんだけどね。ただコロナ禍ということもあって、有観客ライブは止めときましょう、ということにして。今年も、まあ実際、ライブはやっていて終わってから「ありがとうー」って物販に立つけど、コロナ以降、正直お客さんと話すのってあんまり気が乗らないんですよ(笑)。本当は誕生日のライブって、KAGEROを始めた頃にスタパ(吉祥寺スターパインズカフェ)で月1でやってたイベントの6月があたしの誕生日会で。そのときは始まってからあたしはずっとテキーラを飲んでるし、4バンド出っ放しで。

――4バンドって?

RUPPA:KAGEROとYAPANIとKORAKORAと、ゼンラアーケストラ。ゼンラアーケストラは主宰が亡くなってしまって今はやっていないんだけど、サン・ラ・アーケストラみたいな、20人ぐらいでやるファンクバンド。当時のスカパンク業界のわりと吹ける人、アドリブを取れる人、もう1歩違うことをみんなでワイワイやりたい連中でやってたバンドです。そういういろんなバンドのお客さんを集めたくて、「あたしがやる音楽全部観てみなよ」っていう感じの誕生日のイベントを15年ぐらい前からやってたんです。それで今もその流れがあるんだけど、まあ今はいろいろ考えちゃうけどね。

コロナ禍での子育てとツイキャス配信

――実際、この2年間ほどライブができない状態でしたけど、どんな活動をしてきましたか。

RUPPA:2020年には、半年ぐらいすごくツイキャスをやってました。朝、トレーニングをしてる配信をやり、昼間に曲を書いている様子を配信したりとか。緊急事態宣言でみんな家にいたから、わりと観てもらえていて、すごく久しぶりな人とツイキャスで会ったりして。だから、2020年の誕生日会はツイキャスでやったんですよ。演奏も配信してたから、インターフェイスとかマイクを買ったりしてやってたんだけど、あたしってパソコンにお金をかけるのがあんまり好きじゃなくて。

――じゃあ、配信できる環境を完璧に作ったわけでもなくて。

RUPPA:全然ない。インターフェイスを買ってクロームブックに繋いで、「Androidのアプリでいけるんじゃないか?」みたいなことをやったり。それはそれで楽しかったんだけど、曲を毎日書いてたら、パソコンがパンクして(笑)。配信がやたら遅延したりするようになって、これはまずいと思ってそこにiPadを置いたらそれでいいじゃんってことになったり。パソコンを置いて、こっちで曲作りながらこっちで配信の画面があって、こっちの携帯にヨガのインストラクターがいて、みたいなことを同時進行でやってたんですよ。

――忙しい(笑)。そういう配信をやることで、ステージに立つ欲求を解消していたわけですか。

RUPPA:そうそう。だからそれは助かりましたね。それと、子どもも幼稚園が夏休みが終わるまでほとんどなくて、ずっと家にいたし。年少さんだったんだけど、入園式もないし、6月から半分行けたのかな?「出席番号奇数の人は奇数の日に来てください」みたいな感じで。

――へえ~!そうなってたんですね。じゃあお子さんを見つつ自分の配信をしていたんですね。

RUPPA:うん。家にいる時間は子どもとキャッキャ言いながらトレーニングの配信をして、昼は楽器が吹けるところに行って配信をやって、夕方に戻る感じ。でも、半年ぐらいやってたら、ツイキャス自体が過疎ってきたんですよ。やっぱり、プラプラ観て回ってる人ってそんなにいないし、実際あたしを知ってる人が観にきてくれるのが主だったんです。それであたしもいろいろ観てみたんだけど、ツイキャスを取り囲む環境がひどいなと思って。「これはどうなんだろうな?」と考えていたら、うちの奥さんが「私もなんかやろう」って、17LIVEを始めたんですよ。でもあれって、何百人が観てるトップランカーの人でも、その人をランキングのトップにしたい太客が2、3人いて何十万とお金をブッこんでるんですよ。その世界観は違うんじゃないかって。怖いよね。

――100人が100円ずつ出してくれるような世界じゃないんですね。

RUPPA:じゃない世界観だったんですよ。ツイキャスもそれに近い感じではあるんだけど。でもちょっと観ている人が多いと、それに対してチャリンチャリンって、ちょっと入る感じなんだけど。これはむずかしいなと。結局、何か月かやって、月5万にもならなかったと思う。

――あ、でも数万円にはなってたんですね。最初からそういう収入を見込んでやろうと思っていたわけですか?

RUPPA:そう。でも、いきあたりばったりじゃなくて「いついつの配信はこれをやります」っていう、ちゃんとした準備が必要だったんだよね。そうだ、KAGEROのイベントが4月から飛んだじゃないですか?そもそも配信を始めたのって、その日にあたしがKAGEROの曲をカラオケでサックスを吹くというのをやったんですよ。でもオケを流した瞬間に、「これはCD音源をそのまま流していますね?」みたいな感じでBANされて。

――ええっ自分たちの曲なのに。

RUPPA:「自分なんだけどな~」って。音源をインターフェイスに直で入れたらダメで。それから近くのアンプにいったん通して、BGMで鳴ってる感じにして混ぜたら大丈夫だったんだけど。それをきっかけに、(コロナ禍で)露出は減るけど、少しは楽しんでもらいたいなというのもあって、ツイキャスをやることにしたんです。でもまあ、どれだけ本気でやるかなというのもあったんだけど。

――まあ、そこまでツイキャスに時間をかけられないですよね。

RUPPA:うん、そこまでかけられないなって。そうしているうちに、観ている人が減ってきたり、ツイキャスを使ってる人とすごくズレてるなと思うようになって、ちょうど去年の誕生日ぐらいで止めました。

子どもがいることはすごく大きい

――もちろんステージに立ちたいという気持ちが最優先だと思うんですけど、ライブにお客さんがいないのってRUPPAさんにとってはどうだったんですか?

RUPPA:いなくてもかまわん、と思ってやってたけどね。そこの半端なところもあったのかもしれない。

――先ほど、今お客さんと話すのはあんまり気が乗らないとおっしゃっていましたけど、ご自分の中で葛藤があるんですか。

RUPPA:今はまだあります。昔は全然気にしてないですよ?ステージとキャラが違うから物販に出ない方がいいとかは若干あったけど(笑)。もともと混んでるライブハウスは好きじゃないんだけど、コロナ禍だったら尚更じゃないですか? KAGEROのライブをやってみんなが喜んでくれて、物販に立つのは全然いいんだけど、それとは別にみんなでパーティーをしましょうっていうのは、そこまで気が向かないなと思って、だから今年の誕生日イベントは止めようかなって。誕生日イベントって、あたしはライブをやって楽器を持ったままフロアで飲んでいて、ステージ上のメンバーが変わってあたしがステージに乗ってまたライブが始まるっていう感じだから。今は、合間にみんなのところに降りて行って乾杯するっていうことをやるのは、「う~ん」って思う。そのときに来てくれる人とかもいるし、繋がったら面白い人たちもいるから引っ張ってきたい気持ちもあるんだけど、今あたしもそういうところまで戻ってないんだろうなって。

――戻ってないというのは、コロナ以前の気持ちにということ?

RUPPA:うん。やっぱり、何かあったら10日間休むみたいな感じじゃない?それはちょっとリスキー過ぎるから。

――それはお子さんがいることが大きいですよね。

RUPPA:大きいです。それはすごく大きいと思う、今は。

――お子さんが生まれてから、ミュージシャンとして変わったことはありますか?

RUPPA:いや、スケジューリングがむずかしいぐらいかな。うちの奥さんとの仕事の兼ね合いで、どちらがお迎えに行こうかとか。あたしのスケジュールが入る方が早いから、そこで融通を利かせてもらったりしてるけど。(第一子が)結構生まれて早い段階で、奥さんのイベントとダブルブッキングしてしまって、バタバタした日があったんですよ。そのときは、最終的にうちの親が来てルビールームに子どもといて、居場所がなくてサンマルクカフェに行って初めてのソフトクリームをもりもり食べさせるという謎の事件があったけど(笑)。

――ははははは(笑)。

RUPPA:そんなこともあったし、もし子どもに何かあって外に出られないとなったら、1~2週間つきっきりにならないといけないから、すごくリスキーなんですよ。そう思うと、あんまり人と喋りたくないというか。

――そんなときにお呼びしてすいません。今は有観客ライブもやってますよね。

RUPPA:ツイキャスを始めたタイミングで、videobrotherは有観客ライブが始まって、2ヶ月に1回ぐらいはやってきたんですよ。でもそこも悩ましいですよね。全然理想じゃないけど「お客さんが少ない」という安心感、何コレ?って(笑)。

――本来満員の方が良いに決まってるけど、お客さんがいないとリスクは少ないし。

RUPPA:そうそう。去年の夏ぐらいって、有観客ライブを予定していても、もしかしたら配信になる可能性って常にあったから、ツイキャスのチャンネルも残しておいて細々とやってたんです。今はだんだんそのリスクは減ってきたし、メンバーがコロナになったらやらないけど、有観客ライブが配信に変わるリスクはだいぶ減ってきたから。

――配信できる環境というのも大事ですよね。

RUPPA: videobrotherと紫ベビードールのイベント〈極楽大合戦〉をZher the ZOOでやっていたんですけど、結局配信をやるとなると、その分スタッフが増えたりしたし、その人件費がいつもよりかかるようになっちゃうから、誰もドリンク代を落とさないのに、配信でいつもよりあがりが出るようにしないといけないのかなっていうのは、「えっ?そりゃないでしょ」っていう感じもあった。そこは助成金が出たりとか、箱代をまけてもらったりしてたからまま良いかみたいな(笑)。すげえ迷惑かけた気もするけど。

――その点、NEPOは事情が違いそうですね。

RUPPA:あそこは特殊ですよね。そもそもキャパは少ないけど、たくさんの人に観てもらおうという仕組みになってるから。

白水とは「ジャンルを壊したい」っていう感じが一致してるのかもしれない

――KAGEROのメンバーはそれぞれの活動もしていますけど、RUPPAさんにとってのKAGEROとvideobrotherの関係って、白水さんにとってのKAGEROとI love you Orchestraとはだいぶ違います?

RUPPA:違うと思います。そこは、白水はわかってることなんだけど、あたしはKAGEROメインの人じゃないんです。そもそも、KAGERO自体があたしの中では遅く始まったバンドで。当時のドラマー(鈴木貴之)がまだ大学生2、3年生の頃に始まったんだけど、当然売れてないから、ライブは平日の下北沢DaisyBarとかなんですよ。要は空いてる時間にやれるバンドだったんです。

――RUPPAさんはその頃、どんなことを考えていたんですか。

RUPPA:4人しかいないから、なるべくいろいろ決めたくないというのがあって。ロックなのかパンクなのかわからないけど、衝動的な音楽をやろうと思ったときに、あたしはその場の思い付きでやりたいと思うから、決めごとの比重をあんまり増やしたくないんですよ。

――あんまり、バンドとして考えて煮詰めて演奏したいわけじゃないということですか。

RUPPA:うん、あんまりしたくない。あたしは、曲の練り込むところにはあんまり関与していないというか、「それはもうその場でやろうよ」って思っちゃうんですよ。もともとインプロがやりたくてこの編成のバンドに入ったし、悩ましいところではありますね。4人なのに決めごとが多いということは、その決めごとの絶対性ってすごく強いじゃないですか?だって4人しかいないんだから(笑)。もうちょっと世界観を自由な方に持っていけた方がいいんじゃないかなとは思うんだけど。まあでも、今日も練習でちえちゃん(ピアノの菊池智恵子)がちょっと違うことを弾いたりして良かったりするんで、いくら詰めてもまだ自由になる余地はあるんじゃないかなと楽しんでます。

――メインじゃないと言いながら、活動頻度はKAGEROが一番多いですよね。

RUPPA:そうなんですよ(笑)。そこは何かタイミングがあるんじゃないかなと思う。もっと早く終わるバンドだと思っていたんだけど、何か続けられちゃったんですよね。最初にKAGEROを始めたときは、ビッグバンドをカルテットに落とし込むというコンセプトがあって、「Sing, Sing, Sing」とか「Caravan」とかをやってたんです。だから、1stとか2ndの曲って、本当はすごく編成が大きいはずっていう曲が多いんですよ。白水も、「ジャズってもっとカッコイイはずじゃん」っていうのはあると思う。

――それがRUPPAさんにとっても、KAGEROを続けてきた理由でもあるわけですか。

RUPPA:ジャズのジャンルの狭さを、KAGEROがたまに「ガンッ」て広げられるので、それがずっとやれてる理由になるのかもしれない。白水とは「ジャンルを壊したい」っていう感じが一致してるのかもしれないね。でも、傍から見ててもあたしと白水が一致団結してやってるバンドには見えないでしょ?

――それは昔からそうかもしれない(笑)。でも、今はファミリー的な雰囲気に見えます。

RUPPA:うん、仲良くやれてますよ。というよりも、昔がお互いに尖って無理してたんですよね。

KAGEROにいる意味、音楽をやって生きる理由

――KAGEROで作品を世に出す上で、RUPPAさんが一番考えてることって、どんなことですか?

RUPPA:「ジャズの意味を広げたい」ということが、あたしはすごく強いです。売れても売れなくても、そこに刺さるはずだと思ってやっているというか。それもあって、どんな曲でも若干ジャズに聴こえるようにやっちゃったりします。

――ジャズの意味を拡張するような演奏を、KAGERO結成時から意識的にやってきた?

RUPPA:やってると思います。

――それがKAGEROにいる意味?

RUPPA:うわっ!すごく強い言葉出した(笑)。でも、それはすごくあると思う。それに、このキャパで納めておくにはもったいないというクオリティのものをやっている自信もあるし、15年以上やってきて、じゃあマスに落とし込むにはどうすればいいのかっていうのは考えるところではあるけど、コアなファンだけじゃなくて、外に広げて行きたいという気持ちはみんなあるんじゃないかな。

――RUPPAさんが音楽をやって生きてるのはなんでですか?

RUPPA:あたしにとって音楽は「やれること」なんです。出し惜しみせずいくらでもやりたいし、なるべくたくさんやる方が世のため人のためなのかなと。10年ちょっと前は色んなバンドとか合わせて年100本くらいライブやってて、空いてる日もライブハウス飲み歩いて、ほんといつでもいるから好きな日においでよって感じだったんです。そのスケジュールを取り戻したいかっていうとまた違うかなと思うんだけど、それくらいの距離感で、あたしと音楽、世界が繋がっていられたら嬉しいよね。みんなも。


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