見出し画像

contact~表現者と社会~ vol.4  Jumpei Yamada

不定期連載対話集「contact~表現者と社会~」第4回のお相手はフォトグラファーのJumpei Yamada。バンドやアイドル界隈でのライブ、ポートレート撮影のみならず、近年は出身地の富山で「山田写真館 TOYAMA」をオープンさせるなど、活動の幅をより一層広げている。筆者は数年前から仕事で度々ご一緒させていただいていているのだが、正直言ってそこまで頻繁に顔を合わせてきたわけではないし、お互いを深く知っているかというとそうではない。ただ、これまでわりとサブカル寄りな現場で顔を合わせることも多く、他の人とは違った時間や情報を共有できている数少ない仕事仲間でもある。そんな彼にここ数年の活動、心境の変化、今何を感じながら撮影に臨んでいるのかを訊いてみた。

「好きだからお金をもらわなくてもいい」みたいなことをここ2、3年で止めた

――Jumpei君は今もアイドルグループの撮影をすることが多いんですか?

Jumpei:最近は少なくなりました。というのも、「好きだからお金をもらわなくてもいい」みたいなことをここ2、3年で止めたので。もっとビジネスライクになったというか、単純にそれじゃ食えないし(笑)。

――フリーランスだと、ライターもカメラマンも最初はわりとそういうスタートになることが多いですよね。あんまり良くないけど、「好きだからノーギャラでもいい」みたいな。そこから続けられる人もいるし、辞めちゃう人もいるし。

Jumpei:1つのハードルとしてマネタイズができるかどうかっていうのはありますよね。自分はわりとデビューしてから5年ぐらいで、ある程度のものを撮ったりとかいろんな人と出会う機会をもらって、「もういいかな」と思ったんです。

――「お金は稼げなくてもやりがいがあるからいい」みたいなことを?

Jumpei:そうです。逆に、そこでお金をもらえないんだったら自分のせいだろうなって。だからわりと自分から声をかけて撮らせてもらっていた現場に自分から行かなくなったりとか。

――そこで必要としてくれてお金もちゃんと払ってくれる人は声をかけてくれるし、そうじゃない人とは疎遠になるというか。それが2018年に個展(Jumpei Yamada photo exhibition 2018「Immanent」)を開催した頃?

Jumpei:たしかそれぐらいの頃です。

――その個展にフラッと行ってみたら、そのときだけJumpei君がいなかったんだけど(笑)。

Jumpei:そうでしたね(笑)。来るって言ってくれればいいのに。だいたい在廊してたのに逆に外す方がむずかしい(笑)。

泉谷しげるさんや曽我部恵一さんの撮影

――あのときは泉谷しげるさんや曽我部恵一さんの写真もありましたよね。曽我部さんはどんなきっかけで撮ったんですか。

Jumpei:サニーデイ・サービスのアートワークをずっとしているデザイナーの小田島等さんとひょんなことから知り合ったんです。僕自身、邦楽で一番好きなのがサニーデイ・サービスだったんですよ。パンクとかロックンロールとかも好きなんですけど、元来もっと歌ものが好きで。たぶんそれは、田舎で生まれて、アングラなものをまったく知らずに育ったからなんですけど。

――世代は違うけど、それは自分もそうです。新潟生まれ長野育ちで、ライブハウスなんて行ったこともなかったし。今でこそいろいろあるとは思うけど。

Jumpei:ライブに行く習慣がないですよね。あっても「危ないところ」みたいな感じで。

――そこは東京育ちの人とは圧倒的に違いますよね。

Jumpei:そうですね。友だちでバンドをやってる人もいなかったし。だから僕が最初にライブ、コンサートに行ったのって中学生のときに地元の富山に来たモーニング娘。なんですよ。

――へえ~!意外。それは世間的にブームだった頃?

Jumpei:「ザ☆ピ〜ス!」(2001年)の頃ですね。そのときに全国ツアーで富山に来て、「モーニング娘。が来るらしいよ!?」って、ドキドキしながらみんなで行きました。

――みんなで行ったの?

Jumpei:もう、みんなです。アイドルっていう言葉もないんじゃないかっていうぐらい、1つの現象として、男の子も女の子も、同級生はみんな行ってたんじゃないかな?。僕は加護ちゃん辻ちゃんと同い年なんですけど、自分と同じ年の人があんなスターダムになって。「本当にいるんだ!?」っていう感じでした。

――その頃ロックバンドは聴いていなかったんですか?

Jumpei:それこそ、ヒットチャートにいる人たちですね。GLAYとかラルクとか。テレビとかラジオぐらいしか知る術がなかったので。だから大学で京都に行って、軽音部に入ったんですけど、衝撃的でしたね。

――山口富士夫さんがいた村八分とか?

Jumpei:村八分とか、普通にオシリペンペンズとか。「なにそれ!?」って。ピーズとか言われて「B’z ?」って思ってましたから(笑)。

――ピーズの方が先にいたのに(笑)。京都の大学に行って変わったんですね。

Jumpei:そこでだいぶ教え込まれたというか、新鮮でしたね。

――泉谷しげるさんはどうして撮ることになったんですか。

Jumpei:いろんなアイドルを撮っていた頃に、アイドル現場で仲良くなった男性の1人に、泉谷さんを手伝っている人がいたんですよ。僕は10代の頃から泉谷さんの曲を聴いていたので、お願いしてライブに招待してもらったんです。そしたら「おもしれえじゃねえか」って、いろんな場面で呼んでくれるようになって。僕はスタッフの中で圧倒的に年下なんですけど(笑)。

――ご本人の半分ぐらいだもんね(笑)。それはもちろん、好きで尚且つお金ももらえる仕事としてやってるわけですよね。

Jumpei:そうですね。ただ、泉谷さんクラスになると、「この人はやっぱり残しておかなきゃいけないんじゃないだろうか」っていう記録したい欲とかも出てくるので。すごい鬱陶しがられるんですけどね。「おまえまだ撮ってんのか」みたいな(笑)。でも「まあまあまあ、いいじゃないすか」って撮るんですけど。たぶん、僕ぐらい年が離れていると険悪な感じにはならないんです。

――悪態をつく感じだけど可愛がられている?

Jumpei:あんまり僕には怒らないです。それにテレビとかだと偽悪的なキャラクターではあるんですけど、泉谷さんは音楽のときめちゃくちゃストイックなんですよ。リハとかもすごくシビアですね。すごく「音楽の人、歌の人」なんだなって思いますね。

1人でラーメン屋にも行けなかった

――そういう人たちとのコミュニケーションは、「カメラがあればできる」っていう感じなんですか。

Jumpei:同世代の知らない人とかよりも、年上の人とコミュニケーションを取る方が気持ち的に楽かもしれないですね。友だちもひと回り上の人とかも多いので。なんでかなって考えたら、僕は結構遅く生まれた子どもなので、従兄弟とかもひと回り以上離れていて、その環境に慣れてるんですよね。世代的に一番下にいることが慣れているというか。だから逆に身内の小さい子どもとかと接するのに戸惑ってしまったりするんですよ(笑)。

――それこそ、アイドルって年下の異性じゃないですか?接するのはむずかしくないですか。

Jumpei:撮影はまた別物で、僕は基本的にあんまり接触を図らないんですよ。撮影のときに限らず。そもそもあんまり喋るのが得意じゃないというか。

――そう?むしろもっと寡黙な人かと思ってたけど(笑)。

Jumpei:ははははは(笑)。全く喋らないというわけじゃないですけど。

――普段の自分と仕事のときの自分を意識的に変えてるわけじゃなくて?

Jumpei:1人立ちした頃は、腹くくってやってましたね。大学生の頃とかは、本当に人と喋るのがダメだったんですよ。1人でラーメン屋にも行けないみたいな(笑)。

――ええ~!?それは人が怖いってこと?

Jumpei:何か入りづらいというか、嫌だったんですよね。知らない人とコミュニケーションを取るのが。だからいつも行くお気に入りの喫茶店とかしか無理でした。それでも別にいいやと思っていたんですけど、写真学校に通ったりカメラマンになりたいなと思ったときに、さすがにこれはいかんなと。

――写真を撮るには人とちゃんとコミュニケーションを取れなきゃいけないと思ったわけですか。

Jumpei:コミュニケーションを取れないといけないと思いました。できないよりできる方がいいなというか。僕の中では、「もっと笑って」とか「こういう風に動いて」とかっていうやり方がすべてじゃないと思っているし、カメラマンっていろんなスタイルがあるんです。本当に何も言わずに欲しいその一瞬を狙ってる人がいたりとか。でもどっちもできる方がいいなって。(学生時代に)今のままだったら、すごくガードを固めたまま写真を撮りに行くことになるなと思ったんです。そうなると心を開いてくれない写真は撮れるけど、心を開かせる写真は撮れないと思ったので、自分で緊張感をコントロールできるようになった方が良いと思って、意識的に日常から変えていこうと思ったんです。1人でお店に入ってみたり、タクシーに乗ったら運転手さんに話しかけてみたり。だから僕、昔はこんなに話せなかったですもん。

――そうやることは、しんどくなかったんですか?

Jumpei:それで写真が撮れる方が嬉しかったんでしょうね。しかも、写真を撮ってる時間なんてたかが知れてるわけじゃないですか?10何時間撮ってるわけじゃないので。それで、そういうスタイルで撮るようになったんですけど、次に「自分が撮る理由って何かな?」って考えるようになったんです。それで、自分の色とか存在価値とかを考えたときに、人に対しての距離感を、自分でコントロールしないようになったんです。1回目の撮影は緊張感があってぎこちない感じ。でも2回目は多少言葉を交わせるようになってっていう、自分との距離感みたいなものが、自分がその人を撮る意味なんじゃないかなと思って。立場が変化していくというか、そこを無理やりコントロールしなくてもいいなっていうことを考え始めたんです。

――それは、所謂クライアントワークでもそう考える?

Jumpei:なくはないです。以前「StoryWriter」で西澤さんにインタビューしてもらったとき(2018年)からは結構変わってると思います(参照記事:https://storywriter.tokyo/2018/06/29/0202/)。あのときは、クライアントワークと自分の作家的な活動は別物だという考え方でバランスを取ってたんですよね。でも、やっぱりクライアントワークにも何かしらの自分のカラーを出しつつ、「こんな感じもできるんだよ」というのを匂わせることで自分の作家性も認めてくれたらいいなって。それは、この4年でだいぶ変わったところですね。だから、この4年間まったくそういう作家的な活動をしていないんです。

――ああ、なるほど。

Jumpei:高円寺で個展をやったときは、「もう無理!」って思ってたんですよ(笑)。仕事として求められることに対して返すという作業に、ちょっと「う~ん…」と思い出して、いったん自分の尺でやるっていうところでの放射だったんです。まあ、そういう活動も大事だと思うんですけど、いつかなるべくそこが1つになれば、自分が撮る意味とか価値が上げられるのかなって思います。

俳優を撮影するようになったきっかけ

――依頼される仕事の中には、自分の世界だけにいたら到底関わりのないような人との出会いもありますよね。

Jumpei:そうですよね。しかも、僕も岡本さんも音楽が大好きじゃないですか?でもぶっちゃけ好きじゃない音楽の人とも仕事することってあるわけじゃないですか?

――まあ、それは当然あります。

Jumpei:それが結構苦痛だったというのもありますね。それはプロ意識がないのかもしれないですけど。いろんなアイドル現場に行かなくなったのもその時期で。ずっと音楽8割とかでやってたけど、やっぱり出ちゃうんですよね。文字もそうかもしれないですけど、熱量とか、「ここをもうちょっと頑張ってもらえれば」っていうところで、ちょっとずつ変わってくるじゃないですか?そこで「まあいいか」ってなっちゃうなら、好きなやつが撮った方がいいと思うし。それで、その頃からいったん俳優さんとか撮るようになったんですよ。

――自分からそういう方向に行ったんですね。

Jumpei:そうです。ミュージシャンと違って面白いのが、変な言い方かもしれないですけど、俳優さんって思想が柔軟なんですよ。それは自分の芯がないというわけじゃなくて、やっぱり役をもらって自分なりに解釈をしてアウトプットする仕事だから、ミュージシャンのそれとは違うんですよね。ミュージシャンと対面したときの圧力とか凄みとは、ちょっとジャンルが違うというか。

――それが、写真を撮るときにあちらから出ている?

Jumpei:そうですね。コミュニケーションを取る時点で、良い意味で普通だったりとか。だから言ったことをすごく忠実にやってくれたりとか、なんか面白いなと思いました。ミュージシャンとは根っから人種が違うというか。

――「俳優さんを撮りたい」って考えてすぐ撮れるものじゃないと思うんだけど、それはどうやって撮れるようになったんですか?

Jumpei:それは僕、頑張って営業したんですよ(笑)。映画メディアにポートフォリオを見せつつ、「俳優さんを撮りたいんです」って言ったらありがたいことに話を聞いてくれるところがあったりして。

――すごく行動力がありますよね?

Jumpei:出不精なんですけど、「もう後がないぞ!」ってケツを叩かれると行くみたいな(笑)。その頃はたぶん、自分の中でだいぶ追い詰められてたと思います。それが個展をやった頃です。

――あの頃がすごくターニングポイントだったんだ。

Jumpei:そうですね。

”ギザギザハート”だったんですよ

――客観的に振り返ってる感じがあるけど、4年ぐらい前の自分とは全然心境が違うわけですか。

Jumpei:心境というか、まろやかになったと思いますよ。もっと目つきが悪かったから(笑)。

――ははははは(笑)。

Jumpei:それこそ、カメラマンデビューした頃なんかはひどくて。“触るものみな傷つけた”みたいな。

――ギザギザハートだったんだ(笑)。

Jumpei:ギザギザハートだったんですよ。Twitterで、売れてるカメラマンが微妙な写真を撮ってると、噛みつくとか。SNSで、「全然良くないっすね」とか言っちゃってたんですよ。

――ええっ!?何がそんなに気に食わなかったの。

Jumpei:一番覚えてるのが、僕が大好きな憧れの女優さんを、知らないカメラマンが撮ってたんですよ。でも全然良くなくて。「全然良くなかった。悔しい」みたいなことを書いたんです。まあ、調子に乗ってたんでしょうね。

――調子に乗るほど仕事があった?

Jumpei:ないです(笑)。本当、闇の時代ですよ。一番悶々として時期で、「自信はあるけど、仕事はない」みたいな。「なんで自分はそこに行けないんだ」っていうのを、とげとげしく出しちゃってたんですよね。

――そういうフラストレーションはキャリアを積む中で、解消されて行ったんですか?SNSで人に嚙みつくようなことはなくなったでしょ?

Jumpei:そこは単純に、自分の未熟さを反省したのと、それをやることで色んな人に迷惑がかかるなと思って止めたんです。その頃からTwitterに本当のことを書くのは止めました。それに、Twitterって誰もいないんだもん(笑)。

嫉妬心との付き合い方

――自分もできるだけ知り合いのTwitterは見ないようにしてますけど(笑)。でもたまたま夜中にJumpei君が人への嫉妬心を吐露してるのを見て、「ああ、そういう気持は誰にでもあるんだな」って思ったから話をしてみたいと思ったんだよね。誰に訊いても人への嫉妬心とかはあると思うけど。

Jumpei:まあ、それが無くなったら終わりですよね。クリエイターの人に対してというのが多いと思うんですけど、いろんな人にすごく嫉妬するんですよ、僕。そういう嫉妬心っていうのは、小さい頃からあったんだと思います。例えば、「なんであいつが良い大学に行けて僕は行けなかったんだろう」とか。まあそれは僕が勉強しなかったからなんですけど(笑)。そういう感情は、仕事以前に自分の中にあるんです。でも、すごく救われたひと言があって。つんく♂さんが、「嫉妬心こそが、すべてにおいて一番強い原動力なんだ」って言っていたんです。それを聴いて、間違ってなかったんだって。それをうまく自分の向上心に変えられれば、確かにこんなに強い原動力はないかもしれないなって。自分で「悔しい~!」って言ってるだけに終わらずに、「だったら何をしようか」ってところまでいければすごく良いんじゃないかなって思うようになりました。

――今はそう思いながら仕事に取り組むようになった?

Jumpei:自分に何が足りないかを考えるようになりました。それはスキル的なこと以外でも、「なんであの人に会えたのに仕事に繋がらなかったんだろう?」とか、そういう見方をするようになりましたね。

――年齢によって変わってきたものもあるんですか。

Jumpei:2年前に写真館(山田写真館 TOYAMA)を始めて、そこで妹(TV制作会社のディレクターMizuki Yamada)と一緒にやったり、他にも企業のWEB用CM映像制作とか妹とはいろんなことをやっているんですけど、「チームを作りたい」という気持ちがあるんですよ。今は妹と2人だけなんですけど、例えば僕が手一杯のときに、同じぐらいのクオリティのものを出せる人がもう1人いて、とか。おこがましいですけど、ちょっと経営者的なことも勉強したりしていて。

――経営者としてカメラマンを所属させてやっていきたい?

Jumpei:いや、僕はずっと現場に行き続けたいので、僕が裏方に回ろうという気持ちはなくて。でも同じ目的、同じ好きなものの元に集まった人たちで、さらに大きい仕事ができるようになればいいなって思ってます。

――ラーメン屋さんに1人で入るのも苦手だった人が、そういう発想になったのってどうしてなんでしょう。

Jumpei:バンドととかと付き合ってる中で、すごく羨ましかったんですよ。バンドという4人とか5人の組織の中で、喧嘩しながらも1つのステージをやるとか曲を作りだすっていうことが。僕は喧嘩する相手も、意見交換する相手もいなかったので、それは最初の頃にすごく感じましたね。

――自分もそうだけど、フリーランスって集団行動が苦手だし、組織に属したくないからっていう理由は大きいと思うんですよ。

Jumpei:組織に属せなかった、というのもありますけどね(笑)。こういう動きをしている人は。

――社会生活不適合者というか(笑)。でも年齢を重ねるごとに、人と共有できるような仕事をしたいと思うようになった?

Jumpei:1人でできないことをやってみたい、もっと大きなことにチャレンジしてみたいとか。やっぱり、1人でやってると頭打ちになることってあると思うんですよ。マンパワー的にも。お金の話をすると、仮に僕が今超売れっ子になったとしても、1人でやってるとある程度の現実的な金額しか稼げないわけじゃないですか?

――確かに、100%を120%にできるかっていうと、1人だと意外とそうならないですね。

Jumpei:そこに他に1人いて、新しいエッセンスがあって、さらに成果物の幅が広がったりする方が、お金を稼ぐこと以外の部分でも、ものづくりとしては面白いのかなって。「うちはこれだけのクリエイターがいて、アイディアを出せますよ」っていうスタイルも面白いのかなって。まだ何も始まってないから半分夢物語ではあるんですけど、1つの共通点とかシンパシーを感じた者が集って、何か1人では成しえない価値観を提示できたらいいなっていう気持ちです。

――それは全然キャリアのない若手でも良い?

Jumpei:そうですね。最近、SNSでアシスタント募集してるんですけど、それも僕のお手伝いを育てたいわけじゃなくて、すぐにできることをできるようになって、一緒に仕事をしてほしいと思ってるんです。それこそ僕が行けない現場に行ってもらうとか、そういう動きをしてチームとしてできたらいいなっていう目論見があるんです。

地元・富山で写真館をはじめた理由

――そういう考えもあって写真館を始めたんですか?

Jumpei:いろんな要素があるんですけど、やっぱり30歳を過ぎてから、地元愛じゃないですけど、地元の良さを感じるようになったんです。小さい頃は都会に出たくてしょうがなかったけど、今考えるとすごく良いところで育ててもらったなって。歳を重ねるごとに地元が好きになってきたんです。飯が美味いとか、些細な事なんですけど、「良いところだな」と思うことが増えて。東京で仕事はしているけど、せっかく故郷があるんだから、そこも1つの拠点として何かできないかなと思ったんです。それに妹も映像の仕事をしているので、妹とセットでもいいし、自分個人でもいいし、そういうものがいつか請け負えるようになれたらいいなって、漠然と思っていたときに、コロナになって。あの頃って、みなさん自分のことを考えたと思うんですけど。

――そうですね。

Jumpei:今一度、自分の身近な人、家族、友だちとかのことを考えた人が多いと思うんです。そう考えたときに、自分がお世話になった人とか、育ててくれた人、地元にいる人をこの先ずっと何十年も記録し続けていくのも悪くないなと思って。それで街がどう変わって行くのかとか。それで、妹にも話して写真館を開くことにしたんです。その頃には、僕の中での角もだいぶ取れていて(笑)。写真学校に行ってアシスタントを経験してカメラマンになるっていうのは、ある意味正規ルートなんです。そうなると、何を成し遂げれば成功者なのかっていうのがうっすら見えるんですよね。「広告を撮ってるやつが偉い」とか、「ハイファッションを撮ってるやつがすごい」とか。暗黙の了解でみんな上を目指すし、上を撮ってる人が成功者だって見えがちなんだけど、コロナで家に引き籠ってるときに、「果たしてそうかな?」って思ったんです。写真館が東京の仕事と圧倒的に違うのは、撮ったお客さんのリアクションが直で僕に届くことなんですよ。「あのときのあの写真、本当に良かった。思い出になりました。ありがとうございました」って。東京の仕事じゃあ、なかなか言ってもらえないんです。

――SNSで写真が拡散されたりすることがあったりはしても。

Jumpei:そうですね。基本に立ち返ったというか、タレント、アーティスト以外も同じように人だし、同じようにその人とか家族に歴史があって、子どもが生まれてとか。そういう人のストーリーを撮るのは、アーティストが何かを発表するときに撮影するのと一緒だなと思ったんですよ。そこにすごくやりがいを感じたんです。

――前からあった構想を、コロナでライブ撮影もできないような状況で改めて考えたんですね。

Jumpei:仕事も全然なかったですしね。前から「何かできたらいいな」って考えていたけど、コロナが決定打になって、「やるなら今じゃないか」って思ったんです。世の中のみんなが「家族ってなんだろう」とか考えてるときに開くのも良いんじゃないかなって。

――オープンしたのが2020年の10月だから…

Jumpei:コロナ真っ只中ですよね(笑)。夏に物件を探して、オープンしました。もちろん、緊急事態宣言でヤバいときとかは、1ヶ月閉めたりはしていましたけど。

――どんなお客さんが来るんですか?

Jumpei:地元のテレビに取り上げられたのを見て来てくれる人もいますし、同級生の紹介とかもありますし。あと、僕が撮ったことがある人のファンの方が来たりもします。ただ、僕たちがどんなことをやってるかを知らないで普通に予約してくれる人もいますよ。「えっ!?と東京から来てるんですか?」って(笑)。InstagramとかHPを見て、「いいな」と思って来てくれたっていうのことなので、それはそれですごく嬉しいですね。

今の世の中で写真を撮るということ

――これはこの連載に出てもらった方みなさんに訊いているんだけど、自分が表現していることについて、「受け取り方はその人次第」じゃなくて、「自分はこれを伝えたいんだ」「これを人の心に突き刺したいんだ」っていうテーマみたいなものって、あるのかなって。Jumpei君が作家性を持った写真を撮ったときに、そういうメッセージみたいなものを込めているときもあるんでしょうか。

Jumpei:僕が撮ってるものって、僕1人じゃ完結できないものがほとんどだと思っていて。被写体の人がいて、僕が撮って、完成するっていう。“刺しに行く”写真とか、“このメッセージを伝えたい”写真っていうのは、ジャーナリズムなんですよね。「これを伝えなければいけない」とか「間違ったことを伝えてはいけない」とか、それこそ写真がまだアートになる前の、報道とか記録にしか使われていなかった時代のもの、例えば戦争の写真とか。そういう写真は、もちろんその人の構図云々というのはあるけど、その人の意思よりも「こういう事実があります。あなたはどう考えますか」っていう報道写真ですよね。そういう写真を、今僕のいる世界に昇華するのって非常に難しい部分があると思うんです。う~ん、上手く言えないですけど。

――いや、上手く言えなくていいと思います。単純に思ったのは、コロナとかウクライナ問題とか、とんでもない殺人事件が起きたりとか、頻繁に災害が起きたりとか、良くないことがありすぎて誰もが心を揺れ動かしているような今の時代に、Jumpei君がどんな気持ちで写真を撮ってるのかを訊いてみたかったんですよ。

Jumpei:自分は結構きっちりしていて、頭が固くてすごく古臭い考えをするような人間で。例えば奇をてらった表現で人の注目を集めるとかいうことがあんまり好きじゃないんです。報道写真には報道写真のやり方があるし、ポートレートにはポートレートのやり方があるし、ライブ写真、風景写真にもやり方がある。その枠組みを崩したくないタイプなんですよ。ライブ写真は僕の中でドキュメントだと思ってるし、撮り手の過度な味付けとかバイアスをかけるようなことはしちゃいけないと思っていて。それって、見るものの想像を狭めていると思うんですよ。味付けが濃くなって外からの要因がたくさん落とし込められるようになると、視野が狭くなってしまう。ライブの演出以上にカメラで何かをするようなことって、違うんじゃないかなと思うんです。そこで起こっていない、見ている人の目に映ってないことをフィルターをかけたりして撮るのって、僕らのやることじゃない気がするんです。だってそれは嘘だから。加工とかレタッチっていうのは、麻薬なので。わかんなくなっちゃうんですよ。

――ライブ写真は、ノンフィクションじゃないといけない?

Jumpei:自分はそう思って撮ってます。ポートレートを撮るときは、ライブ写真を撮るときとは全然違う感覚でやってますね。僕は写真で世界を変えたいとかは思わないですけど、人の心に引っかかる写真でありたいとは思ってます。

自分がシャッターを押す価値を高めていきたい

――ライターとしての自分の立場で言うと、インタビューとかライブレポートとかレビューとかって、当たり前だけど人が何かをやったり作ったりしたものがあってこそ成り立ってるんですよね。でもそうじゃなくて自分の中から出てきたものを文章にして何か形にしたいと思うようになってきて、ペンネームで小説を出させてもらったり、新人賞に応募したりもしているんです。それで言うと、写真を撮る人も必ず被写体というものがあるわけじゃないですか?それをどう自分の作品として撮るかという葛藤みたいなものってないですか?

Jumpei:う~ん。葛藤はもちろんあります。だから、さっきお話したように普通のクライアントワークでも、ちょっと自分のニュアンスを入れ込むっていう。仕事として、「これぐらい撮っておけばみんな納得するだろうな」っていうものは、間違いなく撮るわけじゃないですか?そこからどれだけ踏み込むかっていうのは、自分の色を認めてもらう、自分の価値を高めるという意味でも、最近は言うようにしています。やっぱり、毎回何かしらどこかで勝負しないと僕である必要がないし、ある一線を越えた仕事ってこないと思うんですよ。

――最近は誰もが写真を撮りますよね。それはカメラマンの立場としてはどう感じてるんでしょうか。

Jumpei:昔はカメラって高価なもので、技術も難しくてもっと専門性の高いものだったんですけど、スマホの普及で全員がカメラを持ってるのと同じになりましたよね。それはそうなった以上しょうがないわけで。今後、おそらくカメラという形状自体もなくなるって言われてるんですよ。それこそiPhone、iPadみたいなものがカメラになってAIが進化して。それもそうかなって思うんですけど、たぶんカメラマンという職業はなくならないと思うんです。もっとデザイナーみたいな感じになるかもしれないし、そこに上手く順応していくということも必要ですけど、やっぱりカメラマンたらしめる所以というか、「プロって何?」っていうことって、ここ10年ぐらいめちゃくちゃ言われてきたと思うんです。「なんでプロに頼むの?カメラあれば撮れるじゃん」って。自分らのことをこう言うのも変な感じですけど、プロとアマチュアの決定的な違いとか線引きって、徐々に変わってきてるんです。昔は写真事務所をやっている、写真館をやっているということが、「写真のプロ」だったんですけど、それが今完全になくなってしまったときに、僕らがプロとして何を提示できるかというと、結局のところ「コミュニケーション」なんですよね。コミュニケーションに長けてる人が生き残ってるし、相手の言わんとすることを汲み取る力だったりとか、「この人と仕事すると気持ち良いな」とか。すごく極端なことを言うと、テクニカルなことよりも、上手く伝達事項が伝わるとか、たぶんそっちの方が重要視されているんですよ。

――つまるところ、人間力?

Jumpei:人間力。タレントとどう上手く対応できるかとか、ストレスのない現場づくりができるかとか。そこを含めた制作面のフルコーディネートができるかどうか、そこが決定的な違いだと思います。

――コミュニケーションが苦手だった昔のJumpei君だったら生き残ってなかったかもしれない?

Jumpei:そうですね。それは本当にそう思います(笑)。

――今のJumpei君にとって写真を撮る喜びってなんですか?

Jumpei:タレントさんでもアーティストでも、編集の人でも、「こんな写真初めてです」とか、直接反響を訊けたときが嬉しいです。やっぱり、“自分ならでは”っていう感じが出せたら嬉しいし、これからも自分がシャッターを押す価値を高めていきたいです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?