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セントレアに横風用滑走路は作れない

1.はじめに

1-1. 根拠なき言説の裏付け

 セントレアについて調査していたところ、知恵袋に次のような意見が見られた。

①セントレアは愛知万博に合わせて造られたので、アセスメントが適当になってしまい、鈴鹿山脈からの風を過小評価してしまった(Yahoo知恵袋 2020)。
②セントレアに初めて降り立つ予定だった旅客機は、横風のためにダイバートしてしまった(Yahoo知恵袋 2011)。
③セントレアは近隣住民からの騒音を心配する声にこたえて、南北の滑走路にした(Yahoo知恵袋 2011)。

 これらの回答はいずれも参考文献がなく裏付けがなかった。調べてみたところ、結論から述べると「鈴鹿山脈からの風を過小評価」した点については明らかにならなかった。しかしアセスメントの前にやっている調査があり、特にウインドローズ(風配図)の調査を見つけることが出来ればよいだろう、と考えている。

 裏付けの証左を紹介する。まず愛知万博についてだが、愛知県が運営しているAichiNow(2022)で「愛知万博に合わせて」という表現があることから、確実とみてよいだろう。また、初めて降り立つ予定だった旅客機がダイバートしたという事件についても、中日新聞(2005a)から見ることが出来るため事実であろう。さらに近隣住民からの騒音を懸念する声から滑走路を南北にした話も事実とみることができる。1999年6月の環境影響評価書では騒音の範囲が南北に広がっており(図1)、このことから滑走路を南北にすることで住民への直接的な影響を低減していると考えることが出来る(セントレアグループ 2022a)。

図1 中部空港構想段階における騒音の想定範囲(セントレア 2022)

特にセントレアは開港当初は、横風の影響を強く受けており、航空機が着陸できない事態が発生していた(中日新聞 2005b)。

1-2. 動機

 肝心のアセスメントにおける調査不足は、明らかにできなかったものの、中日新聞の記事から横風の脆弱性は確かに存在していたようであった。また、中部空港調査会の設立20周年シンポジウムでも、横風への懸念を示していた(中日新聞 2005c)。一方で、2005年の時点で空港会社や航空アナリストは「想定内」「騒ぎすぎ」との見解を示しており、横風に対して特段の対策は不要であると述べている(中日新聞 2005b)。
 では、現時点で横風に対処するのであればどのようにするべきであろうか。今回は横風用滑走路を建設するという案を前提に、どのような問題点を孕み、またその実現可能性を考えてみたい。

2.横風用滑走路建設における問題点

2-1. 騒音による近隣住民への影響

 まずは近隣住民の騒音である。先に述べたように、セントレアは近隣住民に対する公害対策には特に重点を置いており、現時点での騒音は基準を超えるほどではない。
 実は構想段階において以来、騒音低減のための工夫がいくつか実施されている。例えば、計画段階と比較して滑走路を100m沖に出すことによって騒音低減に資したり、航空路上の問題からVOR/DMEの設置場所を海岸沿いの滑走路真ん中に設置している。これによる航空路をより陸から離して描くことが出来るようにした(高田・八谷 2007)。
 また実際に、近隣住民に騒音のレベルを確認した調査では、美浜町では「想定以上の騒音」と回答している人が多い一方で、常滑などより空港に近い都市では、「想定より小さい」との回答が多数を占めている(清宮・高杉ほか 2006)。ただ現在と比較すると、航空機の数は少ないため現在の騒音はより大きい状態にあると言えるだろう。

 このことを踏まえて、仮に現在の滑走路に垂直になるように滑走路を建設することとなった場合、図1の騒音領域は横に倒れることとなり、直に住民に騒音を聴かせることとなる。だからといって、より沖合にだせば、名古屋港との関係で海洋上の管制との問題が噴出する。これでは、これまで努めてきた騒音対策は水泡と帰すことから、横風用滑走路を建設するための利益にはならないと考えるべきである。

2-2. 建設費上の問題

 また、建設費上の問題も免れない。理由は海底の地形にある。
 セントレアは海底が浅い場所に位置している。下の図を見てほしい。

空港島の位置と水深の関係性(上用・広浜ほか 2002:96)

空港島が急に深くなるギリギリに位置していることが分かるだろうか。
この状態で横風用滑走路を建設すると言うことになった場合、急に深くなった海底に、その分長い鉄柱を地盤に打ち込む必要があり、建設費はバカならない。

3.結論

 前章の2つの要因を踏まえて、合理的に考えるとセントレアに横風用滑走路を建設することは、もたらす不利益が大きくなることは明白であり、実現可能性はほぼゼロに近いと見るのが妥当であろう。そもそも開港当初から空港会社は「想定内」としており、運営主も自覚しているのであれば、何ら問題はないと考えるべきである。
 仮に多額の費用をかけて、かつ近隣住民に対する騒音問題を解決したとしても、伊勢湾における漁業権や名古屋港・四日市港を中心とする運輸上の問題をむしろ悪化させるだけであり、費用対効果は高くない。
 だからといって、そんなにもセントレアの現在の滑走路がそんなにも悪条件なのか、というわけではない。開港から2012年までの就航率は98.4%であり(セントレアグループ 2022b)、むしろ高い就航率を保っていることを踏まえれば、滑走路の方向は現状を維持することが望ましい。

参考文献

AichiNow, 2022,『中部国際空港 セントレア』(2022年7月6日取得, 中部国際空港 セントレア | 【公式】愛知県の観光サイトAichi Now (aichi-now.jp)).
清宮崇寛・高杉開・田口知弘・千坂篤司・土屋友雅・坪井慶英, 2006,『中部国際空港を建設する際に行われた環境アセスメント』大同大学都市環境プロジェクト実習水澤班.
国土交通省, 2010,『羽田空港再拡張後の管制運用について~首都圏の空はこう変わる~』日本航海学会2010年度春季研究会航空宇宙研究会講演資料.
上用敏弘・広浜全洋・山脇司, 2002,「中部国際空港セントレアの建設工事」『海洋開発論文集』18: 95-100.
セントレアグループ, 2022a,『構想段階における環境配慮』(2022年7月7日取得, 構想段階における環境配慮 - 環境配慮の取り組み | 中部国際空港 セントレア (centrair.jp)).
━━━━━━━━━, 2022b,『高い就航率と定時性向上への取り組み』(2022年7月8日取得, 高い就航率と定時性向上への取り組み - セントレアのアドバンテージ | 中部国際空港 セントレア (centrair.jp)).
高田元・八谷豊幸, 2007,「航空機騒音低減の中部空港の取り組み」『騒音制御』31(2): 115-20.
中日新聞, 2005a,『中部空港 雪にも不安』2005年2月2日夕刊: 10.
━━━━, 2005b,『横風で また欠航・着陸地変更』2005年12月14日朝刊: 34.
━━━━, 2005c,『中部空港記念シンポ』2005年12月21日朝刊: 26.
Yahoo知恵袋, 2011,『Yahoo知恵袋 ホームページ』(2022年7月6日取得, セントレアは横風でよく欠航すると友人から聞きましたが、実際どうなんで... - Yahoo!知恵袋).
────────, 2020,『Yahoo知恵袋 ホームページ』(2022年7月6日取得, 常滑市のセントレアって、どうしていつも風が強いんですか? -... - Yahoo!知恵袋).

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