【ウテナ】少年よ神話になれ、王子様は大人になれ
「王子様」ディオスの死
「王子様」として自らを犠牲にしながら世界中の女の子を「お姫様」として救い続けてきたディオスは、力尽きて瀕死の状態に追い込まれていた。しかし「可愛い自分の娘」が「幸せなお姫様」になることを望む人々は、ディオスが今どんな状態であるかなど気にもせず口々に「アンタがいなければ私の娘はどうなるんだ」と彼を責め苛む。
唯一彼の「お姫様」たりえない妹・アンシーは、兄を死の淵から救うために彼の「王子様」としての力を封じてしまう。「自分の娘が助かればその他のことに興味はない」という家族の望みと、「兄を救うためなら自分も世界もどうなってもいい」という妹の望みが正面からぶつかり合った。
そうして永遠があるという「城」の薔薇の門の中、「世界から王子様を奪った罪」を背負ったアンシーは、世界中の悪意を一身に受ける「薔薇の花嫁」となった。「王子様」ディオスは死に、世界は「王子様」を失い、「王子様」を忘れ、そうしてかつての「王子様」は普通の人間の男・姫宮暁生に転生したのである。
ディオスから「奪った」力によって、アンシーは「王子様によって女の子たちが救われる世界」を「王子様の存在しない世界」に「革命」した。「世界を革命する力」は、アンシーによって「王子様がいない(苦難に陥った「女の子」が奇跡の力で誰かに救われることはあり得ない)」という状態で世界を固定しているのである。この「力」をアンシーから奪い、自分の望む状態に世界を改変することこそが「世界の革命」なのだ。
遡って、「世界の革命」に使える「ディオスの力」というのは元々「避けがたい運命から女の子を救い出す」という形で使われていたと考えることもできる(=「輪るピングドラム」における桃果の「運命の乗り換え」)。世界を改変するような力を都度個人単位に合わせて使い続けてきたわけで、それは確かに効果も覿面だろうが消費するエネルギーも莫大になるだろう。それだけの「力」が突然脈絡なく個人から発生するというのも考え難い話で、恐らくIT関連における「administrator権限」のような「通常ユーザーよりも環境に対する理解と影響力が大きく、通常ユーザーへも影響を及ぼし得る」ものに過ぎないのかもしれない。
例えて言うならばアンシーがやった「封印」は、いわば「世界」における一般ユーザーからの(ともすれば言いがかりみたいな)バグ報告を受けては24時間365日休みなくその対応に追われて疲弊しているadminユーザーのディオスから「世界に対するadmin権限」を剥奪して一般ユーザーの「暁生」とし、admin用パスワードを変えて再び暁生(=ディオス)がadmin権限を用いて「世界」の環境改変を行えないようにしたようなものになるだろう。これによって兄から「王子様としての力(=世界・運命に干渉する権限)」を奪い、「バグ(「お姫様」の危機)対応ができない」ようにさせて強制的に休業させたのだ。「世界」という環境におけるルールを従来より硬直なものにし、個人単位の便宜を図るような「バグ報告」への柔軟対応を完全にやめたわけだからもちろん一般ユーザーからは「どうして以前のような(異常に)手厚いサポートをしてくれないのか」「以前は対応してくれたのに」という苦情が殺到する。これが「世界の悪意」にさらされる「薔薇の花嫁」ということなのだろう。
「世界の果て」姫宮暁生の誕生
さて妹により「王子様」の力を剥奪された兄はその後どうしたか。
妹としては恐らくそのまま「普通の男の人」として暮らしてもらえればそれで良かったのだろう。普通の男の人として暮らして、寿命を迎えて穏やかに死ぬ。その頃には人々も「王子様」の存在を忘れて「今はもうないお伽話」と諦めがつき、幸せで平穏に人生を閉じた兄の姿に安堵すれば妹だっていつまでも自分を責めたりしなくて良かった。「自分の判断は正しかった、兄が幸せで良かった」と思いながら、アンシー自身も自分の生を終えることが出来たのかもしれない。
しかし、そうはならなかった。
なぜそうならなかったのかはわからない。暁生だって一度は普通の人間として生きて寿命を迎えられると思ったのになぜか全然死ねなかったので正気を失ってしまったのかもしれないし、そもそも「王子様」だった自分が普通の人間のように額に汗して働き年老いて死んでいくなんて耐えられなかったのかもしれない。あるいはアンシー自身の「いつかのように戻ったディオス=暁生が、いつか私を助けに来てくれる」という願いが、「暁生がいつかのディオスに戻るまで」生かし続けてしまったのかもしれない。いずれにしてもいつの時からか暁生は「妹が自分から『王子様』の力を奪ったのが全ての原因だ、何とかして妹から『力』を奪い返さなくてはならない」という思考に至ったのだろう。
暁生は「かつて世界中の女の子を『お姫様』として救う『王子様』がおりましたが、唯一彼の『お姫様』になれない妹がそれを妬んで『王子様』を城に閉じ込め、世界から『王子様』を奪ったのです(つまり悪いのは妹=魔女であって、『お姫様』を助けに行けない『王子様』に非はない)」という物語を流布することによって
かつてこの世に「王子様」がいた
「魔女」の手から救い出せば「王子様」は復活する
世界が救われない怒りは「魔女」にこそ向けられるべき
という情報を絶えず世界に流し続けたと考えられる。こうすることによって人々は「王子様」の再臨と「魔女」への処罰・排除を望み続け、「暁生」はただの人間ではなく「待望される『王子様』の器」として、「力」を取り戻して「王子様」に復権するまでこの世界に留まり続けることが出来た、ということなのかもしれない。
「人間」として生を全うする兄を見届ければそれで終わるはずだったアンシーの苦難は、兄が「『王子様』への復権」を望んで世界に留まり続ける間続く。「『王子様』が助けに来てくれない」という人々の怒りや憎しみは本来「『王子様』をやめ(て一人だけ生きのび)た」ディオス=暁生にこそ向くべきものだが、それが暁生の流布した「お伽話」によって全て「王子様を奪った魔女」アンシーに集中する。「『王子様』が戻れない」のが「魔女のせい」であるならば、姫宮暁生が「王子様の復活(自分が復権する、または「アンシーから取り戻した力」を受け継ぐ後継者を見つけること)」を望み続ける限り、「それを妨げる魔女」アンシーの退場も認められず、その苦痛もまた終わらないのだ。「魔女」がいなくなったならば「王子様」の力を封じる者は存在しなくなり、それでも「王子様」が現れないとしたらその「力」は世界から永久に失われた(=もはや暁生にも取り戻すことはできない=暁生が「王子様」になることはもう二度とない)ということなのだから。
「王子様」ディオスが「お姫様を救う」という物語は、「元王子様」暁生が「魔女に奪われた力を奪い返して打倒する」物語に変質してしまったのである。
鳳学園の「決闘広場」
「王子様」としての力を剥奪された暁生は当初、アンシーの居場所(=「ディオスの力」が封じられている場所)もわからなかったのだろう。なにせ「世界」に影響を及ぼしうるような「場所」なのだから、普通の人間となってしまった今では知覚することすら難しい。生まれた時から「普通の人間」であったならそんな「場所」の存在すら想像することなく一生を終えてもおかしくはないが、暁生にとってはかつて自分がいつでも気軽に行けた場所でもあっただろう。何とかもう一度あの場所に行きたい、それだけの力が欲しい、というのが、恐らく最初だったはずだ。
現在の鳳学園は全体的に前方後円墳のような形をしており、特に決闘広場がある(=「城」が現れる)場所は前方後円墳でいうなら最も重要度の高い墓室(=遺体を安置する小部屋)の位置にあたる。「城(=「薔薇の門」への入り口)」を出現させる方法を確立したのは根室教授だが、それを「あの場所」でやろう(ここならできる、ここでやると効率がいい)と暁生が判断したのは、いわゆる「霊脈」とか「パワースポット」的な何かがあの土地にあったからなのかもしれない。作中で度々語られる「永遠」というのが「長く続く」という形容詞的な意味合いだけではなく、「時が停まってしまったかのように同じ状態を保持し続けるだけの巨大なエネルギーの塊」であるとしたならば、他の場所に比べて不思議な力が湧きだしてくる場所は「永遠」の間欠泉のようなものなのかもしれない。間欠泉を掘り進めていけば源に辿り着く。「永遠」につながる場所であると判断して、暁生はこの場所に「鳳学園」の「決闘広場」を作ったのかもしれない。
「薔薇の刻印」とは何であるか
仮に鳳学園の場所が暁生にエネルギーを充填しうる「パワースポット」であったとして、そこで得たエネルギーと合わせて自分の中に残る「王子様」の残滓を取り出したものが、恐らく「薔薇の刻印」ではないだろうか。
「薔薇の刻印」に「決闘広場」が反応して「城」が出現する、つまり「ディオスの力」を封じた「薔薇の門」への通路が開く。また「薔薇の刻印」を持ったまま死んだ者の遺体から生まれる「黒薔薇の刻印」を用いれば、自分と関わりの深い他者の胸から「剣(=精神を具現化し使用者に記憶を一部転写するもの?)」を引き出すことができる。「剣」を引き出すことも、「剣」の元となった誰かの記憶を使用者に転写する(例:ディオスの影がウテナに降りた瞬間動きが良くなる)ことも、本来なら「薔薇の花嫁」アンシーにしかできなかったことのはずだ。そしてアンシーにそれができるのも、彼女の中に眠る「ディオスの力」によるものと考えられる。
「薔薇の刻印」は「世界の果て(=暁生)」から冬芽に預けられて決闘者に渡されていたらしいことからも、作り出しているのは暁生でまず間違いないだろう。
黒薔薇会時代の暗躍
「城」への道を開きやすい「パワースポット」を見つけ、そこで得たエネルギーを使って「鍵」となる「薔薇の刻印」を作り出した暁生は、安定して「城」にアクセスする方法を探すことにした。
アンシーは「暁生にディオスの力を再び渡さない(暁生がディオスとして復活したら今度こそディオス=暁生が世界にすり潰されてしまう)」というつもりで「ディオスの力」を封じているので、暁生が「薔薇の刻印」を使って「城」への道を開けようとしても恐らく反応がないのだ(ある種のアカウントBAN措置とも言える)。そこで暁生が考えた次善策が「たくさんの人間に『薔薇の刻印』を渡して、誰かを『ディオスの力』を預けるに足る『後継者』としてアンシーが認めて『ディオスの力』を手放す」ことだったのだろう。
そのために百人の学生を集めて「黒薔薇会」を結成し、「城」の出現方法を研究しつつ「どうやって『薔薇の花嫁』に『後継者』を認めさせるか」を探っていたのが黒薔薇会時代の暁生ということになる。この時点で選定方法に「決闘」を既に採用していたかどうかは不明だが、暁生の中では「まあ候補者は決闘で選ぶのがいいだろうな」という次の構想はできていたんじゃないだろうか。
根室教授によって「永遠」へのルート(「城」の出現方法)を確保することができた暁生は、これ以上の研究は不要である、また事情を知っている者が邪魔であると考え、時子との関係を見せつけることで根室教授を絶望させて根室記念館に放火させる。「王子様」の残滓でできているであろう「薔薇の刻印」は高潔・強靭な精神の持ち主でなければ扱えないのに対し、それを変質させた「黒薔薇の刻印」は強い怒り・憎しみ・欲望に容易に反応するという特性があり、使い捨てにはなるが扱いやすいので、ついでに大量生産したかったのかもしれない。
姫宮アンシーの登場
「暁生の妹」姫宮アンシーという存在が初めて鳳学園に登場したのは、どうも本編開始の一年前かそこらと思われる。
というのはこの記事でちょっと語ったのだが、暁生は冬芽と10年来の付き合いらしいのに対し、その妹同士である七実のアンシーに対する嫌がらせの仕方が浅いというのか、姫宮アンシーという人を10年前から知っている人間がやるには浅はかなのである。同じ部屋に暮らして数か月のウテナが知っている・思い当たることに七実はことごとく思い当たらない。もし暁生と冬芽が知り合ったのと同じくらいの頃からアンシーと知り合いだったとしたら、まずありえない失敗が続いているのである。このことから、アンシーは鳳学園の中等部に去年入学し、桐生兄妹と知り合ったのもそれからだろうと考えられる。
姫宮アンシーとは、ディオスの妹アンシーの現身である。本体のアンシーは「ディオスの力」をその身の内に封じたままで「城」の中で世界の悪意に突き刺され続けており、そこから動くことすらできない。アンシーをここで一人ぼっちにしたままだと「『ディオスの力』をこのまま保持し続けなくていい」と思わせることができないので、何とかアンシーの気持ちを変えうるような体験をさせる必要が暁生にはある。そのために本体のアンシーからどうにかして分離させたのが姫宮アンシーという「端末」なのではないだろうか。
「永遠」へのルート(「城」の出現方法)は根室教授によって数十年前には確立している。根室記念館が焼失した頃には暁生は候補者を「決闘」で選ぶことを考えていたと思われるので、その時から「薔薇の花嫁」姫宮アンシーを生み出して候補者複数名に「決闘」を何度もさせていた可能性もあるが、その場合ウテナが現れるまで「ディオスの影」も出現しなかったわけで、数十年間はただ「薔薇の花嫁」の取り合いに終始してしまうことになる。「永遠」へのルートが確定した途端根室記念館を燃やして関係者をほぼ全員葬り去った暁生が、効果も得られないまま関係者が年々増え続けるような「決闘」を何十年もやっていたとは考えにくいので、やはり暁生の思う「条件」が揃ったのが本編開始の一年程前くらいで、「『決闘者』計画」が始動したのもその頃なのではないだろうか。
では暁生の思う「条件」とは何か。恐らくだけれど「心酔者(冬芽)の育成」と「アンシーを知る者(ウテナ)の登場」、そして「心酔者(冬芽)を通して集めた決闘者たちとアンシーを知る者(ウテナ)が一堂に会するタイミング」だったんじゃないかなあと思っている。
自分の「駒」であり「代理人」として実務を取り仕切る「心酔者」を時間をかけて育成する。これは時間をかけて刷り込みのようにしないと自分の思った通りに動かないので、たぶん最初から10年くらいはかけるつもりだっただろう。何だったら自分の都合よく育つ「心酔者」を探すのに時間がかかっていたのかもしれない。
アンシーのいる「城」へ連れていくのは、極端なことを言えば結構誰でも良かったんじゃないかと思う。何せあの「城」もアンシーの姿もショッキングなものだし、出ていけば記憶の大半を失う。しいて言えばアンシーの境遇に強い印象を無意識下に抱いて、うっすらとでも「指輪」と「鳳学園」の関係を気にしていずれ来てくれればそれで条件は満たしていると言っていいだろう。何なら最悪来なくても「心酔者(冬芽)」を自分の後継者にすればいいから別に大した期待はしていなかったかもしれない。「アンシーを知る者」の存在は、「永遠」に興味を持つ者をちょっと増やして多く決闘させることで最終的な勝者の純度を高める程度の意味しかなかった可能性が高い。いわばディオス(暁生)の気まぐれだ。
事態は予想外の方向へ
ところが実際のウテナはアンシーの姿に人生が変わるほどの衝撃を受け、記憶が曖昧なままだというのに「苦しむ人を救う王子様になる、ならなくてはいけない」と強く意識するほどになった。そしてその姿にアンシーもまた「かつてのディオス」の面影を見出し、ディオスの力を部分的にウテナへ憑依させるほど肩入れする。奇しくも暁生が望んでいた「ディオスの力を決闘者へ降ろす」という事態が発生したのである。ただしその対象となった決闘者が、暁生の用意した冬芽ではなく「そういえばそんなこともあったかもしれないね」程度の扱いであったろうウテナだったのは恐らく暁生にとって予想外だったはずだ。
ディオスの力を降ろされたウテナは決闘に勝ち進み、黒薔薇の刻印を着けた者たちも打倒し、暁生が自ら選んだ「決闘者」と「花嫁」のペアも全て倒した。十分に研ぎ澄まされその強さを遺憾なく示したウテナの「心」の剣を奪うため、ディオス=暁生は自らウテナの前に立ち、ウテナから「心」の剣を奪い彼女を「王子(救う者)」ではなく「王女(守られるべき者)」にしてしまう。
救おうとしていたアンシーに後ろから突き刺されて「心」の剣を奪われ、しかも「薔薇の門」を無理やり開くために乱暴に扱われた「心」の剣は折れてしまうが、痛みに呻きながらもウテナは自分の手で「薔薇の門=棺の蓋」を開き、中にいたアンシーへ手を差し伸べる。その心に打たれたアンシーはウテナの手を完全に取ることはできなかったが、彼女を苛み続けた「世界の悪意」は彼女を離れた。「世界から王子様を奪った罪」によって自らを責め苛んでいた心が解放され、「かつてのディオス」への執着も手放すことができたのだ。「かつてのディオスがいつか私を助けてくれる」という今までの願いがなくなり、「我が身を投げ出してまで自分を助けようとしてくれたウテナにまた会いたい」という新たな願いが生まれて、暁生とその王国である鳳学園から離れることができるようになった。ディオス=暁生への執着がなくなった以上、アンシーが「ディオスの力」をディオス=暁生に返すことはなくなったのだ。
アンシーが「いつかディオスが私のことも王子様として助けてくれる」と思っている間に助けに来ていたら、もしかしたら何かが違ったのかもしれない。けれど、それはもうあり得ない未来なのだ。
サポートをいただけると、私が貯金通帳の残高を気にする回数がとっても減ります。あと夕飯のおかずがたぶん増えます。