「七実の卵」登場人物とその役割

「七実の卵」にはおおむねいつものレギュラーメンバーが登場するが、その振る舞いはまあまあいつも通りな者もいればどうも言動が不自然な(普段の彼ら彼女ららしからぬ)者もいる。
 このためこのエピソードのほぼ全編を「七実の夢」と仮定した場合、七実とのやり取りやそれぞれの言動から窺える「役割」をちょっと整理してみたい。


未熟・未分化(石蕗とウテナ)

 傍らに侍る石蕗から今日の予定として「女子だけが体育の授業が保健体育になった」などの報告を受けつつ学内を歩いていた七実に、ウテナが蹴ったサッカーボールが当たる。これを顔面で受けた七実は咄嗟に「割れたらどうしてくれるのよ!?」とウテナに食ってかかるが、七実が何か「割れ物」を持っているようにはウテナにも石蕗にも見えないため「『割れる』って何が?」とウテナは七実に訊ねる。しかし正直に「卵」と答えたらきっとこの二人に「人間なのに卵を産むなんておかしい、七実は宇宙人」とバカにされた上、ニワトリやカメやカエルと同じ檻に入れられるに違いないと思い込んだ七実は「アンタみたいな男女にはわからないわよ!」とウテナに叫んでその場を逃げ出してしまう。
 このエピソード中、七実は徹底してこの二人に「卵」の話を振らない。取り巻きの三人には一度は「卵」について相談しようかと考え、幹には「卵」の鑑定を依頼し、樹璃が持ち運ぶ「たま」のことを聞いた時には無条件に「(本人が生んだ)卵」だと思い込み、兄・冬芽には「女の子が生んだ『卵』」の話までしたのに(そして「『卵』を産むような女の子」を徹底的に否定されたのに)、「ボク、七実さんのためなら何でもしますから」と辛抱強く声を掛けてくれる石蕗には無理難題を吹っかけて「出来もしないことを軽々しく口にするんじゃないわよ」と拒絶する。
「男女」のウテナと「子ども」の石蕗は、七実から見て「性的に未熟・未分化=自分よりも幼く頼りにならない」存在である。裏を返せば七実はこの「卵」を「自分よりも幼い(性的に未熟な)相手にはどうしようもない・無関係なもの=性的成熟と深く関わりのあるもの」とみなし、かつ「割れたらどうする=割ってはいけない、大切にしなくてはいけない」と思いつつ持て余しているのだ。
「大切なものだけれど、自分一人ではどうしたらいいかわからない。誰かに正しい扱いを教えてほしい」という気持が「体育の授業が保健体育になった」という点に表れ、同時に「性的成熟と無縁で天真爛漫なウテナと石蕗が羨ましい」という気持ちが表れているのではないだろうか。

現実・理性(幹と莢一と男子3人組)

 七実に頼まれたらしい幹は理科室と思しき部屋で「卵」を調べながら「卵は鳥・爬虫類・両生類が産むもので、少なくとも人間の子どもとしては産まれない」と言い、昼休みに「茎子たちは卵が生まれちゃったらどうしてるのかしら……まさか」と疑問を感じた七実が顔を上げた時には男子3人組がテラスの別な席でちゃっちゃかちゅるちゅると溶き卵を食べ、「月が綺麗だったから」という理由で森の中でキャンプをしていた莢一は「『卵』を食べちゃうなんてこの人でなし!」と七実に食って掛かられて「卵は普通食べるものだ」と平然と答えた。
 七実が抱える「この『卵』はわたくしが生んだものなのでは?」という不安に対して、幹と莢一は形は違えど「そんなはずないだろう(人間が産む子どもは『卵』ではなく『胎児→乳児』であるはずだ)」と突き付けるのだ。
 まずは「人間が卵を産むはずない」と言いながら「卵」を調べていた幹の姿で「『卵』という非現実的な表現で誤魔化すのではなく、自分の不安にちゃんと向き合って調べてみましょうよ」というメッセージが無意識から迂遠に与えられるも、「現実に抱えている不安」を直視する勇気のない七実はあくまでも「人間から『卵』が生まれてしまった」という問題にすり替え続けてしまう。現実の不安から目をそらし続けた結果発生した「産まれた『卵』をどうすれば」という悩みを抱える七実の前で卵を食べる3人組は「『卵』はあくまで人間にとっては食べ物に過ぎない(「人間なのに卵を産んでしまった」という文脈で誤魔化しているから、不安に対する正しい解決方法が見いだせないのだ)」という、よりアグレッシブなメッセージである。それでもまだ「わたくしが不安なのは『人間なのに卵を産んでしまったから』であってそれ以外の何でもないの」から離れられない七実に対して、ついに「卵は普通食べるものだ」という莢一の姿によって端的に「人間が卵を産むはずない=おまえは(今現在子どもの母)親ではない(のだから少し落ち着け)」というメッセージを表していたのではないだろうか。

同世代の同性・自分より成熟度が高く信頼できる女性
(取り巻き3人と樹璃)

 いつもの取り巻きの3人に「卵」について相談しようかと悩む七実だが、もし打ち明けて「『卵』を産むのがこの年頃で初めてだなんて七実さまは遅れてる、宇宙人の七実さま」とバカにされるのを恐れて結局「卵」のことを相談しない。その後何か重たい鞄を抱えた樹璃にぶつかり、その中身が「傷がつく」「7歳の頃から」「少しずつ大きくなっていった」「家にもまだまだたくさんある」「私(樹璃)のたま」「結構気持ちいい」「キミもやってみるといい」と聞かされて、七実は「樹璃ってやっぱり大人だわ」とつぶやき、「樹璃もやっぱり『卵』を産んでいた」「『卵』は少しずつ大きくなるらしい」「早くて7歳から産むものなのか(やっぱり誰かに「わたくし今日初めて『卵』を産んだの」と言わなくて良かった)」と早合点すると同時に安心する。正常性バイアス(異常な事態に直面した時、それが「異常」であると認められず「たぶんこれは自分が知らなかっただけで世間的には普通なことで、それほど危険ではないに違いない。自分はたまたま今までそれに遭遇する機会がなかっただけだ」と事態を過小評価する)と確証バイアス(自分の考え・仮説に都合が良い情報だけを無意識に集め、都合が悪い情報を無視・軽視すること)との合わせ技だが、でもこういうの、日常的にも確かによくあることではある。
 七実と別れた後の樹璃は、鞄の中から取り出した「球」でボウリングをし、華麗にストライクを決める。七実が「(樹璃の産んだ)卵」だと思っていたのは「ボウリングの球」であり、当然「性的成熟」とは一切全く欠片も無関係である。奇しくも(?)序盤でウテナが七実に当てたサッカーボールだって「(球技の)球」であり、やってみれば「気持ちいい」という点も共通するのに、ウテナの「球」は「男女(まだ性的に未分化な「子ども」)の無邪気な球遊び」で樹璃の「球」は「経験豊富な年上の女性の大切な『卵』」という解釈になる。
 このエピソードの全てが「七実の夢」であると仮定した場合、七実は樹璃の言う「球」が「卵」ではないことを理解していながら「自分の悩みを小さくしてくれる答え」を樹璃から得たと自分に言い聞かせようとしていることになる。翻って「取り巻きの3人には『同世代の平均的な同性(同じ年頃でほぼ同じ経験を共有している存在)』として振る舞わないといつ掌を返されるかわからず信用できないが、樹璃が大丈夫と言うならきっと大丈夫だ(身の周りにいる誰よりも樹璃の言うことが信頼できる、樹璃に「大丈夫だ」と言ってほしい)」と、無意識に樹璃を信頼し素直に頼りたい本心の表れでもあるように見える。
 それでいて「樹璃の『球』は、自分の『卵』よりもウテナの『サッカーボール』により近いモノである」ことも七実は無意識に悟っている。樹璃を「(性的に未熟に見えるウテナよりも)頼りになる年上の女性」として頼りたい反面、その本質が「性的なことや異性関係に無関心」であることも、恐らく七実は既に無意識下では理解しているのだ。
 だから七実は樹璃に正直に「卵」のことを打ち明けられず、言葉の真意を確認せずに切り貼りして自分に都合のいいところだけを拡大解釈、時には曲解までして無理やり自分を安心させる。「樹璃の言うことなら信頼できる、樹璃はわたくしをバカにしたりしない」というのは、少なく見積もっても半分程度は七実の「願望」であって、実際には「樹璃はこういうことに無関心だから訊ねるだけ無駄。訊ねて戸惑われたら自分がつらい、耐えられない」という答えが、七実の中では出てしまっているのだろう。

性的に成熟した年上(アンシーと冬芽)

 幹や莢一が「卵=人間が産む子どもではありえない(ので「人間の子ども」のように扱う必要はない)」というスタンスであるのに対し、アンシーと冬芽の言う「卵」は、七実の言う「卵(=わたくしの産んだ子)」と、恐らく同じものを意味している。
「信頼できる年上の女性」である樹璃も「卵」を産んでいたと思い(込み)、安心した七実はそれまでの困惑の一切を捨てて「『卵』の母」となる。授業はもちろん浴室まで「卵」を手放すことなく連れ歩き、楽しそうに幸せそうに「卵」の成長を望む。心配してもヒステリックに突っぱねてくる七実の異常を相談しに来た石蕗に「ひょっとしてマタニティブルーだったりして」と何気なく言うウテナ、こともなげに「私のペットの(ニワトリの)ナナミも、最近卵を産んだ後にそうなるんです」と言うアンシー。ニワトリといっしょにしちゃ七実が気の毒だと言うウテナと石蕗を尻目に、アンシーはのんびりと「それにしても、(もし本当に「卵」を産んだのだとしたら)父親は一体誰なんでしょう?」と口にする。この疑問は「『卵(=子ども)』は父親と母親がいて初めて生まれるものである」という前提の上にしか成立せず、「その『卵』が本当に『(七実の産んだ)子ども』ならば、七実には異性(「卵」の「父親」)との接触があったはずだ(なかったならばその『卵』は『(七実が産んだ)子ども』ではないのではないか)」という、幹や莢一とは違う意味での「現実」を突きつけるものであるが、当の七実はこの言葉を聞く機会がなく、居合わせて聞いたウテナと石蕗はまさか本当に七実が「卵」を産んだとは思っていないので(そもそも「卵」で思い悩んでいるとも知らないので)困惑しつつスルーしてしまう。
 一方その頃、すっかり「『卵』の母」となる心づもりの七実はご機嫌で朝の食卓に着き、手の中に「卵」を収めて兄・冬芽に「お兄さまは(『卵』が孵化して生まれる子は)男の子と女の子、どちらがいいですか?」と唐突に尋ねる。質問の意図がつかめていないらしい冬芽は「決まってるじゃないか、(恋愛対象にするなら)女の子だよ」と即答するが、「良かった、わたくしもです」と七実も賛同してしまうため、冬芽は困惑して「七実は女の子が(恋愛対象として)いいのか……?」と訊き返し、「神」まで持ち出して「男と女が一番(生殖においては)いい組み合わせだ」と何とか説き伏せようとするのを、七実は「七実にはお兄様しかいません」と遮る。冬芽が「(性愛・生殖を含む)パートナー」の話をしている(自分の質問を兄が誤解している)のがわかっていて、その齟齬を訂正せずに「自分のパートナーとなるべきは兄しかいない」と主張するのである。
 ついに覚悟を決めた七実が「卵を産むような女の子ってどう……」と言いかけた時、冬芽はそれを遮って突然「なぜこうやって楽しく日々を過ごせるかわかるか? それはおまえが、卵を産むような女の子じゃないからだ。可哀想なのはその女の子に裏切られた家族の方だ」と断言する。もしも冬芽が幹や莢一と同じく「卵=人間が産む子どもではありえない」と考えているならば、「『卵』を産むような女の子」という表現をそもそもするはずがない。まして「卵(=食べ物)」を「現在の楽しい日々を破壊するもの」「家族への裏切り」とまで非難するのはもはや論理破綻である。となると、冬芽もやはり「女の子が『卵(=子ども)』を産む=『卵』の『父親』たる異性との接触があった証拠」と理解している、ということになるのではないか。

登場しない人々

 このエピソードには若葉(ウテナの友人)、梢(幹の双子の妹)、枝織(樹璃の親友)、暁生(アンシーの兄、学園の理事長代理)などは登場しない。
 若葉と枝織はいずれも「上級生の関係者」であるため七実からすると確かに距離のある相手ではあるが、幹の双子の妹である梢は七実にとっても同級生で、実際の異性交遊が豊富であることも周知のようだ。性的成熟と切っても切れない存在であることを確信しつつも不可解で持て余している「卵」について悩みながら、なぜか七実は「性的に早熟な」梢に相談しようとは思わないし、梢も現れない。
 暁生は兄・冬芽との個人的な交流を持ってはいるが一応「学園の教員」であり、何より異性である。幹・莢一・冬芽と男性陣はことごとく「卵」の存在に否定的であり、年下である石蕗には七実自身が語らない。
 そして冒頭で「保健体育の授業」があるという話だったのに、七実はその授業に出た様子はなく、保健体育の教師が現れたりもしない。そして桐生の両親が現れることもない。
 なのに「性的に未熟・未分化=幼くて頼りにならない」とみなされているウテナや石蕗、「自分がまだ『卵』のことをよく知らず怖いとすら思っていることを知られてはならない」と思って正直に相談できない「同世代の同性」である取り巻き3人や樹璃、最初から「卵」の「(七実にとっての)価値」をわかってくれる様子のない「異性」である幹や莢一や男子3人組、「性的に成熟していそうな先達」でありながら七実に共感的に声をかけてくれるわけではない冬芽やアンシーは登場する。
 このキャスティングから考えられることとしては

  • 「卵」についての七実の悩みは「性的成熟」と無縁ではないが、「享楽的な(コミュニケーションとしての)性交」では参考にならない

  • 異性は「卵」に対して否定的

  • 「大人」にも「子ども」にも「卵」のことを相談できない

 という3点が七実の中にはあるのではないか、ということだ。


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