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物語をつくる(6)変容し進化するもの

物語をつくる」というテーマでいろいろご紹介してきましたが、今回は実際に「小説」という形で、物語をつくられている 作家の早坂類さん にいろいろお話をおうかがいしました。(インタビュー日時:2003/12/20 メールインタビュー)


早坂類書籍一覧(13冊)

ルピナス

2003年12月にWEBサイトを公開された早坂さんは、もともとは歌人として、何冊かの歌集を発表されてますが、2002年8月には『ルピナス』という小説も出版されています。

今回は「物語をつくる」というテーマで、いくつか質問させていただきました。以下、[gaucho] はわたくし、[hayasaka] は、早坂さんのコメントです。

早坂類インタビュー

[gaucho]
今回は、ふとしたご縁で小説『ルピナス』の予告編的ショートムービー(※以下 ↓  のサイトは過去のアーカイブログです。画面の真ん中あたりを一度クリックするとピアノ音がでます。次のページには飛びますが、ログが保存されていないのでみれません。)

を作らせていただいたのですが、「ことば」のもつ力のようなものをあらためて感じました。「短歌」という凝縮された言葉の芸術から、「小説」という新しい形式にシフトされたのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

[hayasaka]
ショートムービーでは、わがままな注文におつきあいくださって有り難うございました。一冊の本を六十秒のムービーに置き換えるという作業は、かなり力のいる作業なのだなと、やってみて改めて気付きました。良い体験でした。仕上がりも、わたしの周囲では、とても好評です。

[gaucho]
ありがとうございます。YhBさんから、いい曲を提供いただいたのも今回助かりました。映画の予告編ムービーはありますが、小説の予告編ムービーというのは、新しいパターンなので、今後増えていくかもしれませんね。

[hayasaka]
はい、これまでなかったのが、不思議ですね。YhBさんの曲はムービーにとりかかる直前に偶然聴かせてもらっていて、絶妙のタイミングでした。

で、ご質問ですが、よく、みなさんが「短歌」と聞いて想像されるのは、生活詠というか、歌人本人が体験したことをうたったものだと思います。もともと、短歌というものは、そういうものでした。

が、私がこれまで作ってきた短歌は、虚構の世界がまずあったというか、自分の経験を濾過した上での別のストーリーがすでにあって、それを短歌にしてきたというところがあったんですね。

ですから、私の中で小説作りと短歌作りは、別のものでは無いんです。

ただ、実際に小説を書く直接のきっかけとなったのは、信濃毎日新聞で書評を担当した2年間に、毎月、かなりの小説を読みまして、頭の中が小説モードになったというか、切り替わったんです。

些細なことですね。その些細なことが実はかなり大きかったかなと思います。ちょうどその時期に、書きたいテーマに巡りあって、思わず書きはじめてしまったというかんじです。

[gaucho]
「物語をつくる」上での、早坂さんなりの手順というか、方法論というか、もしそういったものがありましたら、さしつかえのない程度でいいので少しだけご紹介いただけますか。

[hayasaka]
まだ、整った手順や方法論というものは私の中にありません。『ルピナス』は物語構造がしっかりしているそうです。が、あまり自覚がありません。ただ全体のリズムには、気を使いました。「間」というか。これは、短歌でも、同じです。

[gaucho]
確かに読んでいて独特のリズム感のようなものを感じました。あと、主人公がピアニストという設定もあったかもしれませんが、文章のトーンからメロディアスな音楽的トーンも感じました。具体的に言うと、ブライアン・イーノのアンビエント・サウンドのような響きです。

[hayasaka]
もしかして、それって「THE PLATEAUX OF MIRROR」のことですか。

[gaucho]
ええ、確かそうだったと思います。「AMBIENT2」というタイトルもついてますが、正式には「THE PLATEAUX OF MIRROR」だったと思います。

[hayasaka]
実はそのアルバム、わたしも持っていて、『ルピナス』を書いているころよく聴いてました。

[gaucho]
えっ、そうなんですか。それはまたすごい偶然ですね。
でも、どこかそういった音楽的嗜好というか好みが近いからこそ、こうやってお仕事させていただくご縁があったのかな、とも感じます。

AMBIENT2 - THE PLATEAUX OF MIRROR

[gaucho]
話題が少しそれましたが、作品の舞台になる場所に取材に行かれたり、作品のディテールに関連することや登場人物のモデルなど、いろいろ調査されたりしていると思うのですが。

[hayasaka]
取材について、『ルピナス』に関していえば、服部達という評論家が秘かなモデルになっています。服部達は遠藤周作や村松剛と一緒に評論活動をしてた人ですが、これからという時に突然、冬の八ケ岳に入って自殺してしまったんです。

行方不明になった彼を追って、服部の親友でもある毎日新聞社の記者が地元の捜索隊と一緒に山に入っていて、そのルポを書いているんですが、それがとても切迫していて情熱的な良い文章なんです。

その昭和31年に書かれたルポが、実は『ルピナス』の下地になっています。小説にしようなどとは夢にも思わず、ただ、服部達への興味だけで古い記事を調べていたのですが、そのルポを読んだ時に、書こうと思いたちました。(勿論『ルピナス』はノンフィクションではないので、ルポの内容とは全く別物です)

服部達は、作曲もしていました。どんな曲だったのか、もう私達には知りようもない事ですが、そんなこともあってテーマは音楽に。

「我らにとって美は存在するか」という評論集が、後に、遠藤周作他、友人達の手で編まれています。服部の本はその一冊だけですが、今読んでも古臭くない、澄んだ印象の評論集です。どうぞ図書館で探してみてください。

[gaucho]
今回、「物語をつくる」 というテーマで自分なりに書籍を調べたりしながら、素人なりの物語の作り方的なものをまとめて来たのですが、最近ある本を読んで、自分が少し勘違いをしていたことに気がつきました。

その本は、さんの「書きあぐねている人のための小説入門
という本なのですが、その中で「テーマからの解放」という章があって、

「テーマのようなものを決めてしまって小説を書くと、
 作品のもつ自在の運動を妨げてしまうことになる。」

書きあぐねている人のための小説入門

「テーマは書き手が考えるものでなく、
 読み手が考えるものだ。」

書きあぐねている人のための小説入門


と書いてあり、なるほど~と思いました。早坂さんは、こういったテーマのとらえ方についてはどう思われますか。

[hayasaka]
ごめんなさい、保坂さんのその本は読んでいないのですが、小説だけではなく、ものを書きはじめるときに私が感じるのは、今、書こうとしているものが、実は何なのか、「はっきりとわからないから、書く」ということです。

ただ、書き始める時にはもちろん、小説ならばだいたいのストーリーや当面のテーマ、おおまかな構成のようなものがなければ迷走してしまいます。

その、とっかかりのテーマを、しっかり意識して、しっかり追ってゆくうちに、自分の中でそのテーマが成長したり変容してくるんですね。時には突然「解」がやってきたりする。そんなときは、ああ、そうだったのかと、吃驚してしまいます。自分が突然進化するのがわかる。(笑。

そうやって、書きながら自分の内側の変容を認めるというか、受け入れる姿勢が、自分を超えた作品世界を連れてきてくれるような気がします。(小説に限らず、詩に関してもそうです)

不思議なんですけど、自分が書いたものの深いテーマに気付くのは、作品によっては数年後だったりもします。書き手は、自分が書いているものの下に、常に、意識できていない部分があるということを、知っておくべきだと思います。

[gaucho]
無意識層にあるものが、何かのきっかけで浮かび上がってきているのかもしれませんね。

[hayasaka]
読み手の方が、書き手より先に、読み取ることもあると思います。保坂さんはそのことを「テーマは書き手が考えるものでなく、読み手が考えるものだ」とおっしゃったのかもしれません。

ただ、私は、どこか彼方にあるらしいテーマにはじめから作品を預けるのでなく、書き手が書く作業をする限りは、ぎりぎりのところまで当面のテーマを意識して、それに意味の光をあてようとすべきだと思います。大前提として「よくわからないから書く」という部分にきっちり光をあてるというか……。それが、言葉を使って表現するということだと思います。

その当面のテーマを推し進めたり変容させる「大きな力」は、自分がみつけてきた具体的な材料にいろいろな角度から光をあて、構成しようと躍起になっていないとやってこないんです。

そうしているうちに、意識されているテーマと、意識されていない深いところのテーマの葛藤がはじまるような気がします。

ストーリーはあるのにどうしても書き進まない時というのは、その葛藤がある時だと思っています。何故書き進まないのかを、考えるうちに、以前より深い展開が見えてくるんです。そしてどんどん方向が変わってくる。そこが、書くということの醍醐味のようにも思います。

そして最後までどうしても作品内にはっきりとした形で汲み上げきれずに残された「よくわからないもの」が作品の奥で仄かな光を発しはじめた時、読手や、書き終えた後の書き手を、はじめて、次のテーマへ、次の作品へ推し進めてくれる気がします。

わたし、こうして質問にお答えしていて気付きましたが、小説に関する整った「方法論」はまだ無いと、さきほど単純に言いました、これも考えてみたら書き手の中で自在に変化するものだと思っているのかもしれません。まだ無いのではなくて、きっと、何も決定的ではないんです。

[gaucho]
創作プロセスってホント流動的というか、とらえどころがなく、どんどん変容し進化していくものなのですね。

[gaucho]
今回は、ご多忙な中いろいろお話聞かせていただきありがとうございました。新作のほうも楽しみにしております。

[hayasaka]
はい。
gauchoさんも、何か書かれましたら、是非、お教えください。楽しみにしていますので。(初稿:2003/12/20)


▼バックナンバー

物語をつくる(1)テーマと設定
物語をつくる(2)テーマの背後にあるもの
物語をつくる(3)主人公のキャラクター
物語をつくる(4)ストーリーの構成
物語をつくる(5)対比、強調、省略
物語をつくる(6)変容し進化するもの

#物語をつくる #ショートムービー研究所

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