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BUZZ FEITEN TUNING SYSTEMとフレット楽器の音程について

 現在46歳の私よりと同じか上の世代のギタリストの皆様はバズ・フェイトン・チューニングシステム(以下BFTS)のことを多少なりともご記憶かと思う。
 一方で現在の20代より下の世代は、ギターやベースのヘッドの裏にBFTSのロゴを見つけたとしてもピンとこないことであろう。
 なにぶん特許技術であり詳細はあまり明かされていないのだが、今回はこのBFTSについて差しさわりが無い範囲で書けることを書き綴ってみたい。

 なお、バズ・フェイトン・チューニングシステムとその考案者バジー・フェイトン、BFTSレトロフィッター、BFTS採用の楽器およびそのユーザー、オーナーの名誉を棄損する意志は無いことを先におことわりしておく。



(画像クリックで公式HP)


 先にも軽く触れたが、バズ・フェイトン・チューニングシステムは特許技術であり、楽器にインストールするにはその許可を受けたレトロフィッターという有資格者が行う。

 私事になってしまうが、私がかつて勤務していた楽器店でこのBFTSレトロフィッターを抱えておくべく、私に技術認定のためのプログラムを受講させる計画が出されたことがある。2000年代初頭のことだった。
 結局これは当時の私のギターエンジニアリングの師匠の反対によって立ち消えとなってしまい私はレトロフィッターになり損ねたが、そのことを恨む気は今の私には無い。その理由は後で述べたい。




 

 英語でfretted instrument、フレット楽器と表現される、フレットがネックに打たれた楽器ではフレットを弦に押しつけ、振動させる弦の長さを変えることで音程を決める。

このフレット‐正確にはフレットの位置決めと仕込み加工法のことをフレッティングと呼ぶが、

①弦のゲージ(太さ)の違いによる音程の変化量は想定されていない
②フレットは弦との距離がゼロの状態で規定する音程と実際の音とのズレが最小になる位置に打たれている


ということを理解しておかねばならない。
 このふたつの事実が、ギター系弦楽器の、特に和音の音程が合わない‐弦ごとの音程の変化幅を完全に近いところまで同調させることが困難であるという特性に大きな影を落としているのである。


 フレッティングのこのふたつの構造のうち、①については可能なかぎり弦ごとの音程変化量を揃えるべく過去にもいくつかの手法が投入されてきた。
 古いところでは60年代後半に登場したマイクロフレッツ(MICRO FRETS)ブランドと、そのギターに採用された可動式ナットがある。

弦のゲージや好みの弦高にあわせてナットの位置を細かく調整することで弦ごとの音程の変化の差を軽減するというものだった。

 この画像だけ見るとあまりの大げさな構造に呆れる向きもあるかと思うが、ナット上での弦の位置の調整による音程の補正という手法は一定の効果が認められているのである。
 製品に純正採用されている例としてはミュージックマンのコンペンセイティット・ナットが挙げられる。


 ナットだけでなくフレットも位置の補正が有効なのだが、こちらは個人オーダーによる一点ものは別として、量産品への導入はあまり例が無い。どうしても加工コストがかさんでしまうからである。
 その中でも2000年代にヤマハがフランク・ギャンバレのシグニチュアモデルに採用したフレッティングは、効果のほどはともかく果敢なるチャレンジといえるだろう。





 では改めて、バズ・フェイトン・チューニングシステムとは何か。
 強引にひと言で表現すれば

計算式

である。

 考案者のバズ(バジー)・フェイトンは60年代末から活動を続けるギタリストであり、チューニングシステムの開発にあたってはピアノ調律用の高精度なチュー二ングメーターを用いて綿密な計算を繰り返したという。
 
 そうして割り出された計算式を基に、弦ごとの音程変化量をあらかじめ考慮したうえでのブリッジおよびナットの位置を調整する、というのがBFTSの骨子である。

 ナットとブリッジのうち、ブリッジについては多くのエレクトリックギターでサドルの位置調整による音程補正‐オクターヴ(ピッチ)調整が一般化していることもあり、それほど難しいことではない。
 アコースティックギターやウクレレ等の、牛骨や樹脂による削り出し型のブリッジサドルの場合は正確な位置を測定したうえでの作り直しが必要になる。
 といってもブリッジサドルは高さ調整を含めた加工や、消耗や破損による換装が想定されているパーツであり、作り直しといってもそれほど大ごとではない。

サドルの位置補正の例 ※BFTSインストールのギターのものではないのでご注意を


 ナットの位置については先のマイクロフレッツやミュージックマン等の例を思い出していただければご理解いただけるものと思う。
 BFTSでは弦のゲージごとにナットの、溝の深さやブリッジサドルからの距離を割り出して加工することで音程を補正しているのだという。


 ただし、忘れてはならないのだが、BFTSのギター/ベースの音程調整であるチューニングの際にはBFTS対応のチューナーが必要なのである。

 BFTSは弦ごとの補正を念頭に置いた独自の計算式を用いていることもあり、BFTSがインストールされているチューナーを用いて音程を合わせなければその効果が十全に発揮されないのだ。

かつてコルグ(KORG)からはBFTS対応のコンパクトなデジタルチューナー、DT-7が販売されていたが現在は生産完了している。

これも生産完了品だがプラネット・ウェイヴズ(PLANET WAVES)からもペダル型チューナーでBFTS対応のモデルがあった。
 ただし、このチューナーは楽器屋時代に何度か初期不良で返品を食らった苦い思い出があるため、私はあまりお勧めしない。

 調べてみたが、結局のところ現在入手可能なチューナーでBFTS対応のものとなるとピーターソンのStrobo Stomp HDあたりが現実的なようだ。

(画像クリックでHP)





 過去に存在したチューニング補正システムと比較してもBFTSは非常に実用的であり実戦的である。これは私も認める。

 だが、問題はその先‐BFTS採用のギターがギタリストの手に渡ってからのことなのだ。





 ここからはBFTSからやや離れたハナシになるうえに長くなってしまうがご了承願いたい。フレット楽器の原理原則ともいえる要点なのでスキップ出来ないのである。

 フレット楽器である以上はネックの状態‐反り具合で弦高は多少なりとも変化する。これはギタリスト/ベーシストであれば程度の差はあれ経験があるだろう。
 
 ここで先にフレッティングについて述べた際に挙げた②を思い出していただきたい。ネックは出来るかぎりストレートで、かつ弦高は設計が許すかぎり低めに合わせたほうが弦ごとの音程の変化量の差は減る。

 フレットは弦との距離がゼロの状態で音程の、理論値と実際の音とのズレが最小になる位置に打たれている。これはフレッティングの加工精度が向上した2020年代の現在でもほとんど変わっていない。
 とはいえ実際にギターとして演奏するのであれば、弦が振動するスペースとしての弦高は必ず必要になる。

 そして、弦高を上げることでフレットと弦が離れることで、実際に弦をフレットに押しつけて弾いたときにフレットが決める音程よりもシャープする(うわずる)ほうに音程がズレるのである。

 これはフレット楽器が構造的に抱える宿痾であり、過去に多くのエンジニアが挑んだものの完全には克服されていない。もちろん、私ごとき半端者にはとてもではないが手に負えない難題である。

 この、根源的な音程のズレを防ぐには
○ネックの反り具合を適正な範囲に収めるべく、トラスロッドによる調整を適宜行う
○弦の疲労によるいびつな振動で音詰まりが発生せず、低い弦高でも明瞭な弦振動を得るために弦の鮮度に注意し、弦はこまめに交換する
○主にブリッジサドルの上下調整による弦高の調整を行う際は上のふたつに十分留意したうえで、ギターの設計上適正な範囲に収める

という3つを心掛ける必要がある。

 これらの調整について、メインテナンスが得意な知人やバンドメンバーに頼んでいるというケースもあるだろうし、もちろん定期的に楽器店や修理業者に有償の調整作業を依頼するという方もいらっしゃるだろう。
 しかし、おそらく多くのギタリスト/ベーシストは、必要なのは判っているが自分ではとても手に負えないと、上記の調整事項について半ばあきらめているものと思う。
 そうでなければ楽器屋店員時代の私が仕事で引き受けた調整作業の仕事の量や、お預かりしたギター/ベース達の言葉を失うぐらいにひどい状態についての説明がつかないのである。



 ここで話を戻すと、かりにBFTS採用のギターが手元にあり、ちゃんと対応のチューナーを用いてチューニングしていたとしても、ギターそのもののセッティングを最良に保っていなければ効果は帳消しになってしまうのである。

 言い換えればそれがBFTSの限界でもある。インストールされれば完全無欠、というわけではなく、むしろそのパフォーマンスを活かすためにはギター本体のセッティングを疎かにしてはならないのだ。

 これがギタリスト/ベーシストであれば自身の所有する楽器についてのみ留意しておけばいいのだが、これが楽器屋店員となればまたハナシが変わってくる。

 再びかつての私のことになるが、2000年代初頭あたりはBFTSが注目を集めた時期でもあり、今よりも多くの製品に

このロゴを見つけたものである。
 だが、BFTSがどれほど優れた技術だったとして、それをインストールされた楽器そのものの加工精度がイマイチなケースも少なくなかった。これは日々多くの楽器に触れる楽器屋店員ゆえの発見でもあった。

 まして、かりにBFTSレトロフィッターの資格を取得できたとして、主にお客様からの持ち込みの楽器にインストールする際の、楽器の不具合の修整から取りかからなければならないときの手間は、もう想像するだけで気が滅入ってくる。
 貴方のギター/ベースは状態が悪すぎて、元の加工精度が低すぎてBFTSを仕込んでも効果は帳消しになってしまいますよ、とお客様に面と向かって宣告する役割など誰だって引き受けたくはないだろう。

 もちろん、レトロフィッター候補とされた私のギターエンジニアとしてのスキルが当時はまだ未熟だったのもあるが、師匠はこれらの事情を加味したうえで私のBFTSレトロフィッターの研修送りに反対したのである。


 といっても、私はBFTSそのものに否定的なわけではない。
 BFTSのインストールを請け負う会社や、製品に採用するギター/ベースカンパニーは現在も有る。ギタリスト/ベーシストがその恩恵を受けられることは素晴らしいことだと思う。
 
 それに、ギターの構造的な弱点に気づきつつも、可能なかぎり現実的な手法により最良の効果を得るよう研究を重ねたバジー・フェイトンの功績は決して小さいものではないと考えている。
 なにより、製造時に施す特殊な加工法ではなく、既存のフレット楽器へのインストールが可能というのは大きなメリットであり、ギタリストとしての長年の経験が反映されているものと思う。

 ただし、BFTSの効果を最大限に活かしたいのであればギターそのものの状態に無関心なままではダメなのであり、少なくとも考案者のバズ・フェイトンが意図するのと同水準のセッティングを実現し、さらにそれを保つための楽器のケアや心配りが必要であることを忘れないでいただきたい。






 最後になったが、ギター系弦楽器の音程の変化量の差という事象は、断言してもいい、底無しの沼そのものである。
 その全容を理論的に把握するのはなかなかに大変だし、ギターエンジニアリングに携わる者ならともかく、演奏者であるギタリスト/ベーシストは必要以上に足を踏み入れることはないと思う。

 ただし、自身の所有/演奏する楽器の状態やセッティングに配慮できておらず、楽器屋店員や修理業者に調整を依頼する際に「フレット音痴」だの「ピッチが悪い」だのといった抽象極まりない言葉でしか表現できないのは考えものである。

 私が今回の記事で「狂い」「狂う」という表現を一切使っていないことにお気づきだろうか?
 ギタリスト/ベーシストにとっては避けたい、または許容しがたい音程の狂いは、しかし、フレット楽器の特性という一面でもあり、同時に楽器に搭載の調整によって可能なかぎり補正できるズレでもある。

 

 専属のテック(調整技術者)を雇用できるのであればハナシは別だが、それまでは、せめて自己所有の楽器ぐらいは最良の状態とセッティングを保てるよう、最低限の知識と心構えを持っておいてほしい。 

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