ロウゲイン(low gain)の道を進むなら
ピックアップ(PU)のなかでもロウゲイン(low gain)に分類されるのは主にオールドギターに搭載されていたもの、およびそのレプリカである。
ギブソンのハムバッカーの、中でもPAF(パフ)の通称で知られる最初期仕様は特に知名度が高く、たいていのPUビルダーや量産メーカーはPAF系モデルをラインアップに加えている。
ロウゲインと対をなすハイゲイン(high gain)なPUがエレクトリックギターの主流を占めたのは80年代後半までだろうか。もちろん以降もディマジオやセイモアダンカン等のPUカンパニーからは高出力なモデルがリリースされているが、90年代以降顕著になった市場のヴィンテージギターブームと、それが引き連れてきたオールドレプリカの浸透は2020年代の現在も進んできているようにみえる。
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問題はロウゲイン系PUの、文字どおりの低い感度‐主力の低さである。
ギタリストの皆さんに問いたいが、ヴォックス(VOX)AC30は出力が何ワットあるかご存じだろうか。
モデル名が示すとおり、出力は30ワットである。
通称「4スピーカー」のフェンダー製ベースマンは?
出力45ワットである。
出力50ワットを下回るアンプをステージに配してオーディエンスにギターサウンドを聴かせていたのも今は遠き60年代初頭までのハナシであり、マーシャル(MARSHALL)は70年代までに200ワットの大出力モデルを製品化して大音量化するロックシーンの先頭を突っ走った。
90年代にはソルダーノやメサ/ブギー、リヴェラ等のアンプビルダーが競って製品をリリース、2000年代にはヒュース&ケトナーやディーゼル等も出揃ってオールチューブ(全段真空管)の100~120ワット級モデルが当たり前のように手に入る時代が到来した。
2020年代の今となっては、20年ほど前のチューブアンプ全盛期はもはや恐竜時代のように遠く思える。50ワット以上の出力のチューブアンプを個人所有し、1~2年ごとの真空管交換のコストも惜しまない、というギタリストも今ではグッと減っていることだろう。
だが、実際にライヴハウスで鳴らしてオーディエンスを圧倒する、そのサウンドや音量までグッと抑えめになっただろうか?会場の規模によるだろうが、ドラマーがスネアをバシン、ベーシストが4E弦をドゥオンと鳴らしただけであっという間にかすんでしまうような線の細いギターサウンドでは、とうていハナから勝負にならないのではないだろうか。
自宅の機材につないで小さな音で録音するだけであれば問題はないが、実際にステージで鳴らす音量で、オーディエンスを黙らせるぐらいのディストーションを得たいのであれば、ロウゲイン一本槍では限界があるのだ。
それを、YouTube動画で観たら良い音してたから、とか、やっぱヴィンテージサウンド一択っしょ、などという理由だけにすがり、実際に実物を鳴らしたことのないPUを購入するというのは、あまり勧められたことではない。
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先に名の出たディマジオやダンカンがハイゲインPUを相次いで市場に投入したのも、ひとえに70年代から続くエレクトリックギター用機材の高出力化に対応する必要があったからである。ハイゲインPUの開発においてPUカンパニーは製品に多くの改良の余地を見出し、地道な改善を積み重ねてきた。
かつてPAFのみならず50年代の多くのPUのマグネットに採用されたアルニコ(alnico)の、品質が安定しないデメリットに見切りをつけたディマジオは多くの製品にフェライト(セラミック)マグネットを採用したし、ダンカンはコイルに使うワイヤーや巻き付ける際のテンションの研究を重ね、モデルごとに大きく異なる個性を持たせた。
これがEMGになるとコイルそのものの巻き数を減らしたうえで電池駆動の増幅回路(プリアンプ)を組み合わせ、それらを樹脂で本体内部に封入するという手法でフィードバック(ハウリング)を防ぎ、同時に比類なき耐ノイズ特性を獲得したのだからすごい。もっとも、発売当時の70年代末はなかなか市場に受け入れてもらえず売上は低迷、スタインバーガー製品に純正採用されてやっと注目されるようになったらしいが。
ロウゲイン系ハムバッカー、特にオールドレプリカを選ぶということは、すなわちノイズやハウリングへの耐性が低いPUをギターに搭載することでもあり、特に大音量時に厄介なトラブルに見舞われるリスクを抱えることでもある。
ギター以外の、エフェクトペダルやそれに電力を供給するパワーサプライ、シールドケーブルに至るまできっちりと対策をとったうえでPU交換に踏み切るのであれば問題はないが、そこまでちゃんと自分の機材やセッティングを俯瞰できているギタリストのほうが少ないだろう。じっさい、本腰を入れて機材を見直すのは面倒なことだし、第三者の眼や手を借りなければうまくいかないことも多いのだ。
もうひとつ、私が特にオールドレプリカ系PUに辛口なのは理由がある。
価格である。あまりにも高額ではないか。
極言すればPUはコイルとマグネット、金属のカバーとベースプレートだけで構成された電磁石である。金やプラチナを使用しているわけでもなければBluetooth経由のワイヤレス接続に対応しているわけでなく、勝手にOSがアップデイトされるわけでもない。メーカーHPには何かにつけて「こだわり」という文言が並ぶが、私にとってはそのこだわりとやらに払う金額をとっくに超えている。
もしここにギブソンまたはその系統のギターをメインで弾くギタリストがいて、ストック(純正)のPUのキャラクターに物足りなさを思えているとする。
私ならそのギタリストにひととおり尋ねる。弦のゲージ、メインの歪み系ペダル、ケーブル、そのいずれも自身でトライ&エラーの末に決めたかどうか。ES-335やL-5等のアーチトップ・ホロウボディは除くとして、レスポールやSGのようなソリッドボディであれば回路内の、金属箔や導電塗料によるノイズ対策は施してあるか。そして、ギターアンプを自己所有していて常にそのアンプで最終的なサウンドを決めているのか。
以上の問いに対する答えが全てイエスなのであれば、セイモアダンカンのセス・ラヴァー(Seth Lover)SH-55を選ぶよう勧める。
もちろんこのPUとて決して安価ではないが、少なくともハンドメイドによる少数生産と希少性ばかりが先行する他のPAF系よりはずっとリーズナブルだ。それに、すでに10年以上製造されており市場の流通量も多い。ネット通販やオークションが普及した現在であれば状態の良い中古も見つかりやすいであろう。
世の中のギタリストがPAF系に求める要素のほとんどをSH-55は備えている。高音域の伸びやかで透明感あるタッチ、タイトな低音域、マイルドで適度な厚みを感じられる中音域、いずれも非常に高い水準をクリアしている。
あとふたつ、これはギタリストおよびそのギターに負うところなのだが、まず、ギターが「鳴って」いるかである。
同じギターを長く弾きつづけた経験がある方なら何となくでも実感しているだろうが、ギターは「弾きこみ」‐大切に弾き続け、必要に応じて調整修理することで弦振動へ敏感に反応するようになり、音にヴァイタルな感触が出てくる。
この「鳴り」が十分に出たギターであればSH-55を搭載しても、アンプから出てくる音にガッカリすることはないだろう。むしろ、やたらブオンブオンと唸っては音の輪郭をにじませてしまっていた低音が落ち着くことで音像がシャープになったことに驚かされるはずだ。
もうひとつ、ギタリストが歪みのセッティングをどれだけ細かく詰めていけるかである。
SH-55もまた系統としてはオールドレプリカであり、先述したようにノイズやハウリングへの耐性は低い。ストックのPUであれば問題なく鳴らせた歪みのセッティングでも、ジージー、ムームーというノイズがかなり目立ってしまう可能性がある。
さらに音量を上げると今度は弦を抑えていてもピィー、フォーというノイズが発生するかもしれない。この、空気の振動である音がPUのコイルを強引に揺らすことで起きるマイクロフォニックノイズに直面したときの焦りは相当なものだろう。
だが、PU交換にあわせて、必要であればペダルを買い替え、アンプのセッティングを見直すことで、やみくもなヘヴィディストーションの追求からトーン重視、タッチの強弱が感じ取れるサウンドへ移行したとき、SH-55はその中でも小さくないウェイトを占めるようになっているはずだ。
それに、もっと高額なPAF系モデルへの買替えの誘惑にさらされることもなくなるだろう。浮いたお金で弦やピック、新しいギターケースを買っておけばいい。