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pep06 miku ishihara


poetry
ー ひかりひかり ー


essay
ー 時間 ー

美空にお会いしてから一年ほど経った今、彼女との時間を思い返しながら、あの日の会話をゆっくり文字に起こしている。初夏の香りと彼女の映像が、記憶の中でやわらかく結びついていて、彼女の話にはずっと爽やかさがあったような、そんな空気が思い出される。歩幅の感じや会話のテンポ、待ち合わせた街の音。一緒に過ごした数時間が、ふわっと軽やかなリズムに感じられたこと。彼女という存在の露光度のようなものが、記憶の中に広がっている。

そんな感覚的な記憶をゆっくりと辿って、もうすこし彼女について思い出してみる。白いシャツ。サンダルの足音。くるんと上を向いていたまつげ。まぶしい表情の人だったこと。きらきらとした眼差しだったこと。さっぱりとした物言いで、微笑みながら話す人だったこと。そう、ほんのり覚えている。声がとっても明るかったこと。聞いているこちらが、パーンと照らされるような心地がしていたこと。思い出せば思い出すほどに、彼女の朗らかな声の、そのトーンが頭の中で再現されていく。そしてだんだんと思い出すのは、目の前がぱあっと明るくなるような心地と、彼女の口から聞いた言葉。

「だって自分がいちばん面白いじゃないですか!」と、微笑みながら話してくれた。そう、あの言葉が、後にも先にも、彼女から聞こえた、いちばんその人らしい一節だった。その時ベンチで隣に座りながら、深く頷いた自分の動きも一緒に思い出す。行くところや会う人によって全然違う顔になる、そういう自分が面白いんです、そんな話からたどり着いた言葉だったと思う。新しく出会う自分に、前向きな態度で接する人なのだと知った。自分に対して愛情がある。そう、そう思った。どこかへ行って、誰かと会って、なにかを感じて、そして考える。これはどんな感情で、どの種類の感覚なのだろうかと、わかるまで考える。自分自身に対しての観察と分析を繰り返す、たゆまぬ好奇心を垣間見た気がしたのだ。でも、もしも、理解できないような「よくわからない自分」に出会ったらどうするのだろうか。彼女ならどう振る舞うか、想像してみる。「よくわからないこと」は、あくまで物事の余白部分として、心のどこかに一旦保管です、そしたらあとは気長に眺めると思います、美空ならそう言うかもしれない。彼女の落ち着いた座り方、目線の先の夕暮れ。少しだけ蒸し暑かった気温と空気の匂い。全然悩むこととかありますけど、それも含めて自分なので、と話してくれた声もよく覚えている。真剣な表情。その声のニュアンス。屈託のない様子でありながらも、淡々とした熱さがある人なのかもしれない。

「自分を知っていくみたいに、他の人のこともどんどん知りたいです。自分から見えていないだけで、誰にでも隠れた良さがあるはずで。それを覗きたくなっちゃうのかもしれません。」そんな言葉も印象的だった。とても驚いた。人の輪の中に飛び込んでいく彼女の、そのほどけた感じ。グーンと伸びて、どこにも力がはいらない感じ。知りたいと思ったら話しかけて、どんどん質問して相手の中身を明かしていく。そういうスピード感で人の中に入っていくのだろう。人との対話が、淀みなく、自分自身の価値観に変換されていく様。彼女の物差しが、変幻自在な道具としてどんどん人の中に溶け込んでいく。大人になって本当によかったなって思います、だっていろいろな人に会いに行けるじゃないですか、その先で新しい自分に出会えるじゃないですか、そう思うとこれからが楽しみなんです、歩きながらそう話す美空。その時にもやっぱり、彼女は頬を緩ませていた。笑った声、ものすごく明るかったな。眩しくて光の多い映像を何度も何度も思い出している。

人と話をしていて、頷くことしかできない時がある。返す言葉が出てこない会話、と表してもいいかもしれない。なんと言ったらいいのか、その場で思いつかない、感動して胸を打たれる心地。美空との会話は、まさにその良い例だった。最高だよ、と声をかけたい場面が沢山あったけれど、思い返せば、私は「うん」と頷いてばかりだった。言葉を探していた。頷きながら探していたのだと思う。あの時なにを感じていたか、手前に転がる言葉で取り急ぎ伝えることも考えたけれど、いいや、もうちょっとだけ丁寧に温めたかった。うん、と頷いた後に届ける言葉を、時間をかけて考えたいと思ったのだ。時間。そう、時間が必要だった。時間をかけて答えを出すということは、答えを受け取る人が、同じだけ長く待つということ。長く待つということは、これから先にやってくる時間を、少し大きく感じるということ。その時間の大きさを味わいながら待っていてくれる、美空はそういう人かもしれない。私にはそう見えた。

「言葉は難しいです。」と何回も美空は言っていたけれど、言葉にはたっぷり時間をつかっていいのだと思う。大切に大切に温めて、ゆっくりゆっくり育てたら、言葉はいつしか春の日差しのようにきらきらし始める気がするから。現に、今回のインタビュー記事は一年経ってやっと完成した。美空に待っていてもらいながら、私はたくさん時間をかけながら言葉を成形していった。あの日に彼女が教えてくれた、「人に出会って、変わっていく自分が楽しい」という、まさにその感覚を味わいながら。美空に会って私の気持ちがどう変化したのか、それを感じるのが嬉しくて、気がついたらこんなに時間が経っていたのだ。明るかった。そう、ずっとそうだった。だから、彼女に見合ったひかりでその人を示したくなった。そういう返事をしたかったのだ。彼女の素晴らしさが最も輝く言葉を探しながら、いくつもの自分に出会い続けた。その瞬間の連続が、どんなにきらめく時間だったことか。

みたら忘れない、ひかりがある。どんな情報よりも正確に、その人が何者なのかを示すようなひかり。他の誰ともかぶらない、その人にしかないひかりの粒。その人の瞳の中にあるひかり。歩く背中に見えるひかり。交わした言葉や、体温に差し込むひかり。なんにしてもひかりはひかりで、その人の通る道ぜんぶにふりまかれる。その人に出会ってしまった人間に、まんべんなく染み込んでゆく。ひかってひかって仕方ないひかり。そう、これが美空に見たもの。彼女という存在の露光度が、今やっと言葉になって、私の中できらめいている。思い出すのは、共に歩いた街の音。麦わら帽子の向こう側で、人も景色も静かに夜の時間に馴染んでいたこと。思い出すのは、街の色。夜になっても信号は変わらず色を示しつづけていたこと。そうだ、思い出した。暗い空の下で光る街が、夢を見ながら眠っているみたいだった。季節というものがあってよかった。時間と共に、温度が変わるから。温度が変われば、匂いが移ろうから。匂いと共に記憶が残るから。言葉というものがあってよかった。見えない気持ちも形になるから。形にしたら、言葉は届くから。人と人が出会うように、時間をかけて、私たちは言葉と出会ってゆけばいいのだから。もう夏ですね、と呟きながら前を歩く美空。返事をする代わりに私は頷いて、後ろから彼女の写真を撮った。
                                                                                                                2023.04.09



pep インタビューポートレート vol.06 miku ishihara
エッセー:「 時間」
詩:「ひかりひかり 」
話をきいた方 : 石原美空(いしはらみく)
インタビュー・写真・エッセー・詩 : 佐藤空       



ー編集後記ー

about guest : miku ishihara 美空さんと初めてお会いしたのは、都内某所で行われていた彼女の作品の展示でした。なんのきっかけだったか、SNS上で先に繋がっていて、その彼女の作品を見てみたいなあと、会場にお邪魔させていただいたのがはじまりです。実際に会って話してみると、とっても明るくオープンな方で。もっともっとたくさん話してみたくてインタビューのオファーをさせていただきました。インタビュー当日、彼女のどんなエピソードを作品に落とし込もうかと考えながら話を進めていましたが、作品にすべきは、もうその素敵なお人柄に尽きるなあと感じました。素晴らしかった。エッセーと詩では語りきれないくらいたくさん、チャーミングなエピソードを聞かせてもらったのです。それもあれも、筆者の胸に大事にしまっておくこととします。今回の作品づくりを通して、筆者にとっての「言葉」が明るくまぶしいひかりのような存在に変わった気がしています。このインタビューに協力してくださった美空さんのおかげです。心から感謝しています。記事公開まで、大変長らくお待たせしてしまいました。待っていてくださった美空さんありがとう!

about poetry : ひかりひかり 今回の記事を執筆しながら、美空さんのポートレート写真の編集を進めていて、その時に画像の露光度設定を最大値にしてみたら、光の中で彼女を見ているような写真が出来上がりました。光を多く取り込んだ写真と、屈託のない笑顔を向けてくれた美空さんの表情、そして存在そのもののピカピカ加減が相まって、だんだんと自分の中に「ひかり」というモチーフが湧いてきたのを覚えています。そこから生まれた、『ひかりひかり』というタイトル。つよい光に照らされて、くらくらと良い気分がして、からだがどんどん熱くなって、なんだかわからないけどたまらない気持ちになって、気がついたら涙が出ている。胸を焦がすだけじゃ飽き足らず、実際に日焼けまでして、そばかすが増えていって、肌の様子も変わっていって、目まぐるしくも恍惚とした状態が描かれています。詩の最初は細かく情景が描かれていくけれど、終わりに近づくにつれ、風景が大雑把になってゆきます。「なにがどう」という説明はもう無しにして、主人公がどんどんどんどん感覚的になってゆく様が、筆者としては心地よかったり。これは美空さんの詩ではあるけれど、誰もが感じる「まぶしくてたまらない気持ち」にも通ずると思います。嬉しい気持ちになったり、何かに焦がれたり、もどかしかったりするときに感じる感覚かもしれません。筆者自身もこの詩に近い心境を抱きながら日々を過ごしています。ひかって、ひかって、ひかって、ひかって、たまらなく素敵な人たちへ。過去の、未来の、今日の美空さんへ。これを読んでくれているあなたへ。どうかこの詩が届きますように。

about essay: 時間 時間をかけて何かを探すということについて、じっくりと書き上げたこのエッセー。美空さんへのインタビューが行われてから発表に至るまで、およそ一年の時間がかかりました。記憶の中の彼女と一緒に春夏秋冬を一周しながら、同時に筆者の私生活の変化に感覚を研ぎ澄ませながら、執筆を進めていました。どうしてこんな時間がかかったのか。美空さんと会って、その場で感じたことを「ちゃんと言葉にしたい」と強く思ったからだとおもいます。「ちゃんと」とは、「丁寧に」「納得がいくまで」という意味です。誰かと会話をしていて、その場でクイックに反応できなくても、その時に感じた感覚をゆっくり言語化できたら、こんなに嬉しいことはありません。もしかしたら言葉にしなくてもいいのかもしれませんが、言葉にすれば誰かに届けることができます。「言葉」という形/記号がひとまずあれば、それを持って渡しに行くことができます。もしその言葉がへんてこな形であっても、たっぷり時間をつかって探した形なら大丈夫。きちんと伝わる!と大きな声で言いたい。根拠はありませんが、「時間」と「言葉」はにおいが同じだと思っていて。時間を費やして生まれた言葉はいい香りがする、そんな気がします。だから、時間が好きな人は言葉と仲良くできるし、言葉を大切にしたいと思っている人は、時間で言葉/自分を育てることができると思うのです。もちろん、待っていてくれる美空さんがいなければ今回のインタビュープロジェクトは成立しなかったわけですが、筆者から見た美空さんを表現すべく、はやる気持ちを落ち着かせながらひとつひとつ言葉にさせていただきました。筆者がシャッターをきって締め括られる、エッセーのラスト。文章の下に続く写真、美空さんの笑顔をじっくりと眺めてみてください。白く光って輝く世界。思わず時間を忘れてしまうかもしれません。

2023.4.09