テラハで学んだ「俯瞰」の視点

前回の投稿に味を占めて。。
再び、最近思っていることを言語化しよう!という試みです!!良ければ読んでみてください!!

今回書きたいことは、「テラハで学んだ『俯瞰』の視点」です。
なにそれ?って感じだと思いますが、
まず、「俯瞰」とは何か、というところから書きます。

(これはうちの会社でもよく言われていることなのですが)
この世には「3つの視点」があるとされています。

1つ目は、「主観」です。
これは、まさに自分から見ている視点です。自分が見えている景色を指します。

2つ目は、「客観」です。
これは、相手から見える視点です。自分が他の人からどう見られているか、を想像することとも言えます。

3つ目は、「俯瞰」です。
これは、「主観」と「客観」をズームアウトして見える、神の視点のようなものです。
そもそも、自分の言動がその場において成立しているか、ズレてないか、を想像することとも言えます。
一例を挙げると、
昔フジテレビで放送されていた、バナナマンやバカリズムが出演していた「そんなバカなマン」という番組で、
「ノーリアクション柔道」というコーナーがありました。
これは、バナナマンとバカリズムが、罰ゲームを受けながらも、いかにリアクションせずに無表情でいられるかを競う企画です。
その罰ゲームの内容が死ぬほどしょーもなく(詳細は割愛しますが...)、
バナナマンとバカリズムが果敢に挑戦するのですが、
醜態を晒している中でも無表情でいる自分自身を俯瞰して見たときに
「死ぬほどしょーもない罰ゲームを受けている自分」と「無表情でいる自分(更に言うと、世間的にもセンスがあると評価されている自分)」が成立していなくて、
思わず吹き出してしまう、ということが頻発していました(本人たちはそれを「客観入っちゃった」と表現してましたが)。
こんな感じで、一歩引いた視点から自分のことを見る視点を「俯瞰」の視点と呼んでいます。

仕事でもプライベートでも人間関係でも何でも、
この「俯瞰」の視点を持つことは非常に重要だと思います。
少なくとも、本当の意味で仕事が出来る人は、
漏れなく「俯瞰」の視点を持てていると思います。

そういう人は、どんな状況においても、自分を俯瞰して見ることができ、
その場において自分が取るべき行動や発言が何なのかを的確に把握し、
相手にとって気持ちの良いコミュニケーションを取ることが出来ていると感じます。

ですが、この「俯瞰」の視点を持つことはとても難しく
多くの人はこの「俯瞰」の視点が足りず、「主観」の視点ばかりが強くなってしまっていると思います。

例えば、仕事中、上司から「話聞いてる?伝わってる?」って言われたこと
彼女/彼氏から「気が利かないね」と言われたことはないでしょうか。
このように言われるとき、自分が相手からどう見えているのかという「客観」の視点であったり、
自分の言動がその場に照らし合わせて成立しているか(ズレていないか)、という「俯瞰」の視点が足りておらず
自分から見えている景色のことしか考えられていないんだと思います。

逆に、
上司に対して、「この人の言い方まじで鬱陶しいな」と思ったこと
彼女/彼氏に対して、「いやその反応なんなの?」と思ったことはないでしょうか。
この時、その相手は「客観」や「俯瞰」の視点が足りておらず、自分本位のコミュニケーションになってしまってるんだと思います。

自分はどうだったか??と言うと
昔から、とにかく主観しかない、
見え方なんて1ミリも気にできてないような人間でした。

(どんな感じだったか、黒歴史を晒すと...)
中高時代、好きな女の子に対して脇目もふらずアプローチし続けて、気付いたら周囲からドン引きされていたり
大学時代にアカペラをやってたときも、いかに自分が気持ち良く歌えるかということしか考えてなかったり
入社1年目時代も、ホスピタリティが微塵もなく、先輩から「気が利かない」「コミュニケーションが不快」「考え方がズレてる」といった指摘を散々受けてきていました。
こんな感じで、周りからの見え方を一切気にせず、自分が気持ちよく生きることだけを考えるような、本当に未熟で幼児性の高い人間でした。

社会人になってから、「主観が強いばかりではいけない」「客観や俯瞰の視点を持てるようにならないといけない」とは思っていたものの
何せ25,6年間そのスタンスで生きていたので、それが染みついてしまっており、なかなか改善することが出来ずにいました。
むしろ、「俯瞰ってなんだよ!自分から見えている視点しか普通分からんだろ!」ぐらいに思っており
俯瞰で自分を見るイメージが全く湧いていませんでした。

そんなとき、数ヶ月前にある友人から「テラスハウス、NETFLIXで副音声付きで観るとめっちゃ面白いよ」と紹介をしてもらいました。

「テラスハウス」とは、一つ屋根の下で複数の男女がシェアハウスする様子を記録したリアリティ番組で、
男女のリアルな恋模様を描く、という内容です。
僕はそれまで、この番組に対して、めちゃくちゃ安っぽい印象を持っており
他人の恋愛なんて観て何が面白いんだよwと思っていました。

ただ、NETFLIXは「副音声付き」のテラスハウスを提供していました。
副音声では、演者の男女の様子だけでなく、
それを見ているスタジオメンバー(チュートリアル徳井/YOU/アジアン馬場園等)の反応もリアルタイムで聞くことが出来ました。
それを聞いて、「確かに、厳しい芸能界を生き抜いてきたあのプロの面々がそういう恋模様を観てどういう感想を持つんだろう」と気になり、半分好奇心で副音声付きで視聴することにしました。


・・・・・これがもうとにかくめちゃくちゃ面白くて、完全にドハマりしました。笑
演者たちのぶっ飛んだ行動に対して総突っ込みが入ったり、
誰も気づかないような些細な発言や行動からその真意を読み取ったり、
1回30分とは思えないほどの満足度と発見を得ることができ、
70話くらいあるシリーズを数日で一気見してしまいました。笑

その中で、途中から、とにかく自分の思いを伝えるのが下手で相手をイラつかせてしまうトラブルメーカーな女性がテラスハウスに参加していました。
毎回場を引っ掻き回すような発言をしていて、
スタジオメンバーからも相当な突っ込みを貰っていたのですが、
その女性に対してあるスタジオメンバーが、「この人、いつも自分が自分が、ってなってて、結果周りと考え方がズレちゃってんだよね」と呟いていました。

その時、僕は思いました。
「あれ、、、もしかして俯瞰って、この『スタジオメンバーからの視点』っていう風に言えるんじゃないか??」と。
つまり、「俯瞰」の視点=「主観」と「客観」をズームアウトして見える、神の視点=テラスハウスにおけるスタジオメンバーからの視点なんじゃないかと。
つまり、俯瞰の視点を持つということは、いわば自分の心の中にスタジオメンバー(第三者)を作ることなんじゃないか、という考えに至りました。

これに気づいてから、
友達などと過ごしている時は、
「あ、今ここでこんなこと言ったら徳井に叩かれそうだな。」とか
「あ、今ここでこんな行動したらYOUに認めてもらえそうだな。」とか。
仕事中であれば、
「あ、今自分が作っている資料、社長が見たら何て言うかな。」
「あ、今自分が報告しようとしている内容、上司が見たらどう思うかな。」

みたいに、心の中に第三者を作り、やりすぎるくら上記を意識するようにしました。

そうすると、面白いもんで、
今まで何にも考えずに行動していたところが、
実際に行動に落とす前に
「いや、これしたらだめだ。確実に叩かれる」とか
「この言い方は微妙だな。こっちの言い方にしてみようか」とか
「今俺表情大丈夫かな、死んでないかな」みたいな感じで、
ある意味「俯瞰のブレーキ」がかかった結果、ズレた行動をすることが少なくなり、
社内でも「主観が強い」という指摘を受けることも急激に減りました。

逆に、後輩や同僚がズレている行動をしているときも、
それを検知し、伝えてあげることが出来るようにもなりました。

一方で、それだけ意識していても「資料が分かりづらい」とか「その話の聞き方、おかしいよ」などと指摘を貰うこともまだまだ全然あります。
でも、それはそれで、「そうか、確かにそこまで考えきれてなかったな」などと気付くことが出来、自分の中の新たな知見として蓄積されます。
なので、結果的にズレた行動をしてしまったとしても、
自分なりに俯瞰の視点を持つこと自体が糧になると思っています。
(主観だけで生きている限り、次の改善には一生繋がらないので)

・・と長々書きましたが、要は、
「今、自分はズレていないだろうか」
「今、自分は失礼な言動をしていないだろうか」と、常に心の中に第三者を作りながら考えることが、
俯瞰の視点を鍛えることの第一歩
だと思います。

ひいては、それがまともな人間になるための第一歩になるんじゃないかと、
僕は信じています。

僕は結構これで仕事ぶりが劇的に変わった(まだまだ主観が強く、改善が必要ではありますが)ので、
もし自分も主観強いな、と心当たりがある人は、
是非意識してみて貰えればなと思います。

正直、テラスハウスからこんな学びを得るなんて思ってもいませんでしたが、
紹介してくれた友人には感謝しようと思います。笑
(ただ、、、南海キャンディーズの山ちゃんは、、あれこそ主観の塊だな、、良くない部分も多かった、、、)

また何かあれば、こんな感じで言語化したいと思います。
お読み頂き、ありがとうございました!

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