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トンツカタン 森本さん


気持ちの良い晴天だ。
キレイなグラデーションの青い空。
いつも、この空を見て思い出すのは彼のこと。


私は急いでスマホを取り出し、意中の相手に電話をかけた。

「…もしもし、さきぽん?」

今起きたばかりなのであろう、電話の向こうから聞こえてくる寝ぼけ声は、森本晋太郎のもの。
トンツカタンというトリオのツッコミ担当で、私の事務所の先輩。
私たちは三ヶ月前から付き合い始めた。

「森本さん!すごく良い天気ですよ!デート日和です!」

「本当だ。良い天気だね。」

電話の奥から、カーテンを開ける音が聞こえる。
彼の生活音ひとつ聞こえただけで、私の心臓は高鳴り始める。
鼓動を落ち着かせながら私は話を続ける。

「私ワクワクしすぎてもう外出てきちゃいましたよ!」

「え!?早すぎない!?」

集合の4時間前、私は久しぶりのデートに心踊り、森本さんに褒められたい一心で身支度をし、そして居ても立っても居られずに外に飛び出た。今は集合の2時間前。


「お前、『遠足前の小学生』かよ!」


…出た。二重鉤括弧。

彼はTwitterで呟く際に、パワーワードに二重鉤括弧を付けることでツイートにインパクトを持たせており、その特徴的な呟きはファンに留まらず芸人たちにも親しまれている。

ずっと森本さんに憧れていた私は、彼の発する一言一句に常に注意を向けていたため、いつのまにか彼の発言の中にある二重鉤括弧にまで気づけるようになった。

「ひとりじゃ暇なんで早く来てくださーい!」

「すぐ行くから!良い天気つっても暑いんだから、ちゃんと涼しい喫茶店とかに入って待ってて!」

私の我儘に応えてくれるだけでなく心配までしてくれる。
こんな彼が、私は大好きだ。



電話を切って一時間も経たない内に、息を切らした森本さんが喫茶店に入ってきた。自分のために走ってきてくれたことに胸を打たれながら、満面の笑みで森本さんを呼んだ。

「森本さーん!こっちこっち!」

私の声に気づいた森本さんと視線が合った、と同時に彼は少し目を見開き、走って来たために紅潮していた頬を更に赤らめた。

今日のデートは、森本さんが忙しかったために二ヶ月ぶりとなり、私も気合が入っていた。
普段は私服で着たことがないような、小さなフリルがついた、丈がヒザ上の、ちょっと攻めた可愛い白いワンピース。髪の毛のブローも化粧も、通常の3倍の時間をかけた。
はっきり言って、今日の私は100点満点だ。

「どう?可愛い?」

近づいてきた彼に、イタズラな笑みで聞いてみる。
少し間があった後に彼は目の前の椅子に座りながら言う。


「…まあ、『馬子にも衣装』だな。」


聞こえてきた二重鉤括弧に胸に靄がかかるのを感じながらも、私は引かずに彼の本音を引き出そうとする。

「ちょっとなんですかそれー!可愛いでしょ!ね!ね!」

「はいはい、『可愛い』よ。」


望んでいた言葉は引き出せた。しかし釈然としない。


「…ねえ森本さん。私のこと、好き?」

私は突然何を言っているのだろう。そうは思ったが、言ってしまったのだからもう遅い。目の前に座る森本さんは、少しびっくりした顔を見せた後に、目を伏せて言った。


「そんなの…『付き合っている』んだから『好き』に決まってるだろ。」


その言葉を聞いた途端に、私は勢いよく立ち上がった。


「そうじゃなくて…!」


怒りなのか不安なのか、感情がごちゃごちゃになり自分でも制御することが出来ない。

「私は、今日のために…っ、ひとりの彼女として!ここに来たのに!私と話すときまで、芸人でいないでよ…!!」

隣の椅子に置いていた、ワンピースといっしょに奮発して買った小さなポーチを掴み、私は入口へと走った。

「二重鉤括弧馬鹿野郎!」

後ろから私を止める森本さんの声が聞こえたが、無視してそう叫んだ私は喫茶店を飛び出して走った。




着慣れないワンピースの走りにくさに苛立ちを覚えながらもがむしゃらに走る私の足を止めたのはスマホの通知音。

…森本さんからのLINEだったら無視しよう。

そう思いながら画面を見ると、通知音の正体は「トンツカタン Official YouTube Channel」のアップロード通知だった。

「新しいネタ、あがったんだ…。」

疲れた私は、その通知に誘われるようにのろのろとイヤホンを付け、トンツカタンの新ネタを観始めた。


…おもしろい。設定も、展開も。そして、大好きな森本さんの大好きなツッコミ。彼のツッコミひとつで、画面の中の会場は笑いに包まれ、心なしか彼の演技も会場と共にノッていく。


私の、一番好きな彼の姿。


「馬鹿野郎は私だ…。」

ずっと憧れていた森本さんと付き合えたことで、二重鉤括弧の内に入れた気がしていた。でも森本さんが私と話すときまで二重鉤括弧を使うことで、二重鉤括弧の外に閉め出されている気がしていた。二重鉤括弧の重なる二つの線が、私には大きな二重の壁に感じていたのだ。

「それでも、いいじゃない。」

森本さんはいつだって優しく、勤勉で、誰のどんなに小さな行動にも笑ってツッコみ、瞬時に場を温める。そんな彼に養成所時代からずっと憧れ続け、そして今私は、彼の隣にいる。これが、どれだけ幸せなことか、どうして忘れていたのだろう。

二重鉤括弧を壁に感じるならば、その壁を越える努力をすべきは私だ。


森本さんに、謝らなきゃ。


そう思った矢先、背後から大好きな呼び声が聞こえてきた。

「さきぽん!!」

「森本さん…!」

そこには息を切らして額に汗を浮かべる森本さんがいた。

ああ、今日は彼を走らせてばかりいるなあ。

心の内で己の我儘さに悪態をつきつつ、謝罪のために口を開こうとする。しかしそれよりも先に森本さんが話し始めた。

「さきぽん、俺の話を聞いて…。」

切れた息を整えながら私を見る森本さんの目は、賞レース前ぐらい真剣なものだった。


「ごめん、さきぽん…俺、俺は…


さきぽんのことが………



好きだ。」


「…っ!」


今…二重鉤括弧が…無かった…?


「森本さん…っ、もう一度、もう一度聞かせて…!」

息を整え終えた彼は、改めて私の目を真っ直ぐに見る。


「さきぽんが、好きだ。」

そこに、確かに二重の壁は感じられなかった。
"森本晋太郎"というひとりの男の言葉。


「もう…私、もっと我儘になっちゃいそうだよ…。」

「え?なんだって?」

「なんでもなーい!」


ごまかすように私は森本さんの胸へと飛び込んだ。森本さんの慌てるような声が聞こえたが、すぐに私を優しく抱き締め返してくれた。

はじめて感じる二重鉤括弧の内側を私は心ゆくまで堪能した。もしまた、二重の壁が現れてもきっと大丈夫。

「森本さん!!愛してます!!」

「!!」

私はどんな手を使ってでも二重鉤括弧を登りきってみせるし、きっと森本さんは、登りきった二重鉤括弧の上から飛び降りてくる私を受け止めてくれる。


「マジ…勘弁勘弁なんですけど…。」


真っ赤な彼の顔の向こう側にある空を見上げる。
キレイなグラデーションの青い空。
いつも、この空を見て思い出すのは目の前の大好きなアナタのこと。

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