スラムダンクを「スラダン」と略す時代の到来

学生時代、某商業施設の周年イベントの警備のアルバイトをしたことがあり、その際ゲストで来ていたロバートが見に来ていた客の女の子に「今日何を買った」的なことを問いかけると、その女の子が「スラダン」と答え、ロバートの3人がその回答を理解できず聞き直していた光景を目にしたことがある。理解した馬場が「スラムダンクのことスラダンなんて略すの青森の人だけだから」と笑って突っ込んでいたが、スラムダンクを筆頭としたジャンプ黄金期ど真ん中だった上に、ミッシェル・ガン・エレファントと「ミッシェルガン」と略し、キングオブファイターズを「ザッキン」と略す独特の文化を持った辺鄙な山間深い農村の育ちの私でさえ、幼い頃スラムダンクを「スラダン」と略していた記憶はなかった。

昨年末、あのスラムダンクが「THE FIRST SLAM DUNK」と銘打った映画作品として数十年ぶりに復活した話は私が話題にするまでもなく、大きな社会現象になっていたことは記憶に新しいと思う。最近は中国や韓国でも上映され話題となっており、当時を知る30代以上の世代だけでなく、様々な世代・国から愛されている作品だということを再確認することとなった。ちなみに私は未だ観ていないし、今後観る見通しも立っていない。教科書のごとく単行本も当時家に全巻あったのでストーリーも概ね熟知しているが、そこまで思い入れがあった作品でもなく、どちらかといえば同時期に連載していた幽遊白書BØYの方が思い入れがあったりする。

ワイドショーなどでもこのスラムダンク旋風を取り上げたりするが、まさかのワイドショーが「スラダン」という言葉をテロップに表示し、それが定着しつつあることに驚愕した。これは近年X JAPANの名曲「Silent Jealousy」が「サイジェラ」と略されるようになったことと同じくらいの衝撃である。確かに「THE FIRST SLAM  DUNK」という映画タイトルに関して長いので略したのかもしれないが、その略が日本語史の変遷によるものだとしたら、あの時ロバートに「スラダン」と満を持して言い放った女の子の感性に、2023年の日本が追いついたということになるのだろう。

人間という生き物は何でも言葉を略しがちである。人間の言葉の歴史は常にスクラップ&ビルドを繰り返して発展してきたが、この略称に関するルーツはいつから始まったものなのかを考えてみるとなかなか興味深いものである。wikipediaなどで詳細を探せば簡単に出てきそうだが、そこは敢えて詮索せずに考えてみる方が理解が深まるような気がする。思えば日本史の教科書とかで出てきた「モガ」「モボ」などは日本語略語・略称史において最古クラスの可能性がある。あくまで俗文化における略語・略称の話であり、当然ながら明治の頃から外国地域の名称や公的機関を略すことは当然あったと思うが、そこも混ぜた話にすると面倒臭くなるので、真面目にこのことを調べたい奴はそれっぽい学者の文献とかを図書館で探して読んで欲しい。

しかしながら昔の人は雑だ。「モガ」「モボ」とは大正時代に使われた所謂「モダンガール」「モダンボーイ」の略語であるが、モダンの「モ」とガールの「ガ」のみを残し、「ダン」と「ール」を切り捨てるという荒技を当時当たり前に使っていたというのは今の時代ありえない話で、この時代の手法が現在もスタンダードだったとしたら、冒頭のスラムダンクさえ「スダ」と略され、さよならエレジー感強めな内容になっていた可能性が高い。

「モガ」a.k.a モダンガール。そもそも現代で「モダン」という言葉を多様しているのもGLAYぐらいである。

「モガ」などと同時期に使用されていた「ハイカラ」に関しても「ハイカラー」から伸ばし棒を取っただけの略語・略称であり、なかなか当時は工夫を施す術がなかったのだろう。

前述の「モガ」「モボ」のような単語の頭文字だけを掬う略語スタイルの中で、たまに春闘の時期などによく聞く「ベースアップ」の略称である「ベア」という表現もかなり酷い。聞こえ方によっては熊であり、確実に見当違いだが、昔当地に同名の中華料理店があったのだが、仮にその店の名前が「ベースアップ」の意を汲んでいたとしたら、しかも中華料理とくれば赤に染まっていたかもしれない。
おそらく当時、RIP、BBQなどのように単語の頭文字を取る欧米のスタイルを模倣して、「この略し方がモダンじゃね?」と考えたことが全ての始まりだったのだろう。実際に私も欧米のような頭字語略を使いがちであり、世間的にも各シーンなどでも専ら使われているが、アルファベットの頭字語略だからこそしっくりくるものであり、日本語五十音順の頭字語略称など陳腐でチープというか単純にダサい、ただそれだけだと思う。

以降は古くは「エノケン」そして日本語略称代表作である「キムタク」のように人の愛称に冒頭二字を用いた略称が用いられるのが一般的となった。私はこれまで「きむらたくや」という名前の人間2~3人と邂逅したことがあるが、いずれも皆「キムタク」と呼ばれていた。そのぐらい「キムタク」という略称は一般社会に溶け込み、世の中にある「木村タクシー」という会社でさえも「キムタク」と呼ばれている(はずである)。しかし、なぜかつての国民的アイドルSMAPについては木村拓哉以外のメンバーが略称で呼ばれなかったのかが気になる。例として「イナゴロ」以外はそれなりに響きも良いと思うのだが、そこを敢えて「キムタク」一つで勝負した辺り、ジャニーズ事務所が木村拓哉のキャラを定着化させるための方針だったのかもしれない。木村拓哉本人は昔「キムタク」と呼ばれることに抵抗があったらしいのだが、長期的に抱かれたい男として君臨し続けたのは、その「キムタク」という老若男女が覚えやすく言いやすい呼称の功績が大きいと思われる。

但し、令和の時代に突入し、これまでの「キムタク」「ハセキョ―」「ハイスタ」のような頭二字略語の概念を覆すあるバンドが頭角を現した。所謂「Official髭男dism」 a.k.a 「ヒゲダン」である。これまでの概念でいけば彼らは「オフィダン」という略称に落とし込まれるのだが、まさかの「髭男」という漢字部分のみを誇張し、かつ中の部分をチョップする手法で新しい時代を切り開いたのだった。もしかしたら何十年か後に「THE TWELVE SLUM DUNK」などとして続々々々々々々々々々々々編みたいなのが制作された頃にスラムダンクが「ラムダン」などと略されてしまうのかと思えば、本屋帰りの翔陽・長谷川に凄んだ三井寿ばりに世の中を凄むしかない。
ちなみに私自身Official髭男dismをテレビで最初見かけた時「へぇ~オフィダンか」などと思っていたのだが、考えてみれば「オフィダン」という呼称はダサい。ビジネス向けの服装をオフィスカジュアル略して「オフィカジ」等と言うこともあるが、あれも極めてダサい。というかビジネス語は基本なんかダサい。稀に弊社社長とかが繰り出すよくわからん横文字ビジネス語も至ってダサい。ビジネスの世界に横文字や略称を取り入れる行為そのものにダンディズムが感じられないというか、まさに「Pretender」そのものである。

と、今回の件に関しては自分でも何について話しているのかよくわからず困惑気味である。思えば「困惑」という言葉はその字の通り「困り惑う」という意味だったりする。日本語ははるか古から言葉を略してきたと思えば何もかも腑に落ちる話であった。

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