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鳳瑛一のコスプレをした人を撮影した話

 最初にお断りするが、その日、わたしには他の人の様子まで気を配るほどの余裕はなかった。なのでこれは、徹頭徹尾、わたしがコスプレ撮影を初体験した際の様子を描いた、わたしについての文章である。

 真崎さん、というコスプレイヤーさんがいる。大変お美しい方で、うたプリでは鳳瑛一のコスプレをされている。写真はいつも素人でも分かるほどの完成度で、鳳瑛一という存在をめいっぱい、身体ぜんぶで表現していらっしゃる。
 おもちさん、という字書きさんがいる。端正で読みやすく、時にほのぼのとし時には心を抉ってくる素敵な小説を書かれる方だ。おもちさんはコスプレ撮影のカメラマンとしても活動していらっしゃる。
 真崎、おもち、椎名くま、まひろひ、そしてわたしこゆびはTwitterで知り合い、同じ四国に住んでいると発覚したことをきっかけに、くまさんを発起人として、半年ほど前から定期的にオフ会を開いて遊んでいた。我ら五人がはじめて集った際、おもちさんが真崎さんに、いつかぜひ撮影をさせてほしいという話をしていた。
 10月18日に開かれた撮影会は、それが実現したものである。
 真崎さんは海にこだわりを持っておられ、かねてから海をテーマに撮影をされていたそうだ。というわけで、真崎さんといえば海、と、今回も海で撮影が行われることとなった。

 ところでわたしは鳳瑛一の顔面にすこぶる弱い。鳳瑛一のグッズが届くと顔面に耐えられないのでまず裏返して棚にしまう。直視できない。三カ月ほど寝かせて心が落ち着いてきた頃にようやく開ける。最近は、三カ月鳳瑛一を棚で寝かせないために、かねてからの友人であるまひろひさん(以下まひろちゃん)がグッズを開封し強制的に飾り付けるために我が家に通ってくれるようになった。
 まひろちゃんが飾ってくれるので寝室は鳳瑛一のグッズで溢れているが、その部屋にいたくなさすぎて、プリライのビッグタオルを壁に貼ったあたりから妙にすっきり目覚めるようになった。ビッグタオル以前は10分はベッドでだらだらし、ともすれば二度寝していたが、今は壁を見ないように即座に眠り、休日だろうがなんだろうが壁を見ないようにしながら3秒で起き上がる。毎日概算で597秒が節約されている計算になり、鳳瑛一の顔面に耐えられないことが、明らかにわたしの生活を正しくしている。

 鳳瑛一の顔が嫌いなわけではない。美しすぎて見れないのだ。鳳瑛一が絡んだとき、わたしは常に錯乱している。

 さて、真崎さんは大変にお美しいコスプレイヤーである。撮影が決まったあたりから、わたしはまひろちゃんと会うたびに、目の前に現れる美しい鳳瑛一に耐えられる気がしない、と訴えていた。
 不安はピークに達しており、
「真崎さんのお顔があれほど美しくなければよかった……」
 と一時ずっと言っていた。
「せめて真崎さんの鼻がちょっと曲がってるとかすればよかったのに……」
 真崎さんは鼻筋がきれいなお顔立ちをしており、横顔も斜め顔もとても美しい。まひろちゃんが言う。
「気持ちは分かるけど、真崎さんの鼻を曲げちゃ駄目でしょ」
 いつも優しく不安を受け止めてくれるまひろちゃんは、気持ちは分かってくれるが冷静だった。そりゃそうだ。己の不安のために、美しく生まれついた人の鼻よ曲がれと願ってはいけない。当たり前である。しかし不安は時に、当たり前のことを当たり前でなくさせる。
 わたしの不安は止まらない。
「そもそもこちらの存在レベルに対して真崎さんという存在が高すぎるんだよね……。わたしは十年前に真崎さんと出会って、コスプレ初心者の真崎さんと二人三脚で成長して行きたかったんだよね……」
 わたしは半年前に真崎さんと出会ったばかりなので、真崎さんのコスプレ歴をまったく知らない。真崎さんは十年前にはまだコスプレをしていなかったかもしれないし、十年前にはもう、完成された美しい真崎さんだったかもしれない。不安のあまり適当なことを言っている。
「もっとさあ、ミジンコのごときわたしに適した被写体があるはずなんだよ……すっぴんでコスプレ衣装だけ着てるわたしがピースしてるくらいのレベルからはじめるべき」
「いや、そのこゆびちゃんのすっぴん写真を撮る意味はなんなの?」
 まひろちゃんは冷静だ。わたしは地を這うような声で答えた。
「…………記念撮影だよ」
 記念撮影できないまま、撮影当日である。

 撮影当日、わたしの錯乱はマックスに達しており、以下はすべて、各人が記録していた動画によって確認したものである。
 我々は真崎さんが着替えられる適切な場所を確保し、撮影準備をはじめた。まひろちゃんとわたしはかねてから、「これがただのコスプレであると脳にたたき込むために、まず一回、即売会をすればいいと思う。現状を、『新刊全部下さい』『二千円になります~』という、コスプレイヤーのお客さんと売り子という関係性に落とし込めば耐えられる気がする」という話をしており、わたしは自分の本と、何故かくまさんとおもちさんの本、まひろちゃんは自分の本とポスタースタンドを持参していた。
 まひろちゃんは簡易ポスターも作った。サークル名は、わたしのサークル「鹿」とまひろちゃんのサークル「断崖絶壁」が合同した時のサークル名、「断崖絶壁の鹿」である。美しい鳳瑛一を前にして、鹿が断崖絶壁から落ちて儚く死ぬ様子が目に見えるようでとても不吉だった。
 わたしたちは、簡易即売会会場の設営を完了し、真崎さんを待った。
 おもちさんは、某観光地でロープウェーに乗った際、高所恐怖症の彼女が高さに怯える様をわたしが笑いながら写真に撮ったことを恨んでおり、コスプレした真崎さんが登場した時の他のメンバーの動画を撮ってやる、とずっと意気込んでいた。
 コスプレが完成したと告げられた時、おもちさんは、意気揚々とカメラを構えて待っていた。そのおもちさんがだ。
「ちょっと待って、ちょっと待って」
 と言いながら床に倒れた。比喩ではなく、文字通りずさーっと倒れた。それから「ちょっと待って」と言いながら赤子のように床を這った。嫌な予感がした。
 真崎さんが、他のメンバーの前にも登場した。わたしは、くまさんの背中に隠れていた。しかし、そのくまさんがまず倒れた。どうすることもできなくなり、わたしは床に座り込み、手近にあった椅子にしがみつく。
 おもちさんが、「ぜひあの人のところに……あの時の恨みを晴らしたいんですよ」と真崎さんをわたしのところに誘導している。わたしは椅子にしがみ付きながら、「来ないで下さい!」と叫んだ。マスコミにパパラッチされる芸能人のような、拒絶を感じる手の伸ばし方とともにだ。
 無理です、来ないで下さい、と三回くらい言った気がするがよく分からない。わたしはずっと椅子にしがみついていたが、まひろちゃんは果敢に簡易即売会に挑んで鳳瑛一に本を売っていた。次はこゆびちゃんの番だよ、とまひろちゃんがわたしを椅子から引き剥がしにかかってくる。
 無理矢理床から引き起こされたわたしが、よぼよぼ歩いている動画が残っている。完全に要介護……という声が飛んでいる。腰は完全に曲がっており足下はおぼつかず、床しか見たくない、といわんばかりの様子は、食事のために職員に手を引かれ机まで誘導される、老人ホームのおじいちゃんそのものである。
 背後でおもちさんが、「けけけけけけけ」とものすごい声で笑っている。化鳥のような声だ。化鳥のような、という例えを人生ではじめて使った。化鳥のような声である。
 よぼよぼしたり、妙にスタスタ逃げようとしたりしながらも、わたしは簡易即売会の椅子に座った。机と椅子の間に妙な距離がある。おもちさんが「ソーシャルディスタンスがすごい」と感想を述べ、真崎さんは机の前に立ち、全部下さいと言っている。
 わたしはまた、片手を拒絶の形で前に出して叫んでいる。
「お金いらないんで! 持って行ってください……っ」
 お金いらないんで、あげますんで、と繰り返すこゆび。お前はイベント会場でコスプレイヤーさんが買い物に来た時どうしていたのだ? と首を傾げる有様だ。売り子で入っていたら、スペース主にはったおされても文句は言えない。

 簡易即売会はまったく役に立たなかったが我々は海に移動し、無情に撮影はスタートする。

 コスプレ撮影に慣れているおもちさんと勇気あるくまさんが真崎さんの正面あたりの良い位置をキープし、わたしとまひろちゃんがその周りをうろうろしている、という配置が多かったように思う。
 おもちさんが、「全然撮れない! こんな撮影はじめてです! いつもはこんなんじゃないんです! ふがいない!」と自分のふがいなさを叫んでいたような気がするが、わたしの記憶は曖昧である。
 画面越しだと鳳瑛一に扮した真崎さんを直視できると気付いたので、逃げるようにずっとカメラの画面を覗き、えんえん無言で写真を撮っていた記憶があるが、逃避のように集中していたので撮影中の記憶はおぼろだ。
 ずっと俯いて集中しており、最近首をいためているわたしは、ものすごく首が痛かった。

 一つだけ、鮮明に覚えていることがある。
 真崎さんの側面にまわりこんだ時、撮られていると気付いたのであろう真崎さんがこちらに視線を向けた。
 わたしは恐怖を感じ、かろやかなステップで背を向けて、ぱたぱた……っと真崎さんから逃げた。冷静な部分の自分が、「なんか今座敷童みたいに逃げてんな」と思ったことを覚えている。
 真崎さんが言った。
「やっっっり辛い……」
 普段の真崎さんとちょっと違う口調だった。誰に向けたものでもない、素の声だと感じた。何も取り繕わない心の底からの「やり辛い」だった。
 真崎さんは普段、いつもにこにこしている、とても優しい聖母のような方だ。
 ほんとうに、ものすごくやり辛かったのだと思う。
 確かにわたしも、自分が撮られている立場なら、レンズを向けてくれたからと視線を投げた相手が座敷童のように逃げていったら、「なんでやねん」と思う。大変申し訳なかった。

 わたしはわたしで無言で戦っていたが、おもちさんも戦っていた。おそらく経験者であるが故に。四人の中で最も撮影に慣れている彼女は、時に呻き、時に叫びながら頑張っていた。
 時たま錯乱したのか、
「ママー! おっぱいちょうだいー!」
 と豊満なおっぱいを持つくまさんに助けを求めていた。くまさんは大変に、たゆんたゆんとしたおっぱいをお持ちの方だ。たゆんたゆんという擬音をはじめて使ったが、触らせてもらった時、本当にたゆんたゆんしていた。
「ママー!」
「はいはーい。おっぱいだよ~?」
 くまさんがたゆんたゆんとおもちさんに駆け寄る横で、段々慣れてきたわたしは、写真の明るさを調整すれば真崎さんの毛穴が写せると気付いてめちゃくちゃな萌えを感じ、ひたすら真崎さんの毛穴を狙っていた。
 真崎さんはずっと美しくポーズを取り続けてくれており、まひろちゃんはほがらかに笑いながらマイペースにそのへんでうろうろ写真を撮っていた。
 おもちさんが言った。
「真崎さん、この状況でよく笑わずにいられますね」
 どの口が……? と思う余裕もなく、わたしは完璧に鳳瑛一の顔をしている真崎さんの手がちゃんと働いている人の手があることに興奮しはじめ、もう手しか見ていない。
 くまさんも、時におっぱいを提供しながら真剣だった。そのまま入水してくれ……と呻きながら撮影を続けている。
 全体的に地獄の釜が開いたような様相を呈していたが、真崎さんは撮られる経験を積んだプロであり、延々と、海の中で、美しくポーズを取っていた。

 ところでわたしは撮影会のしばらく前に、ほぼはじめて一眼レフを購入しており、「とりあえず1000枚写真を撮れば内なる職人が目覚めて真崎さんに耐えられる気がする」とずっと言っていた。結果として、撮影までに1000枚写真を撮ることはできなかったが、当日は、980枚ほど写真を撮った。
 見直すと後半、明らかに内なる職人が目覚めていた。
 最初は、鳳瑛一に対峙するための逃避ツールとして液晶画面と向き合い、漫然とあらゆるシチュエーションの写真を撮っているが、後半明らかに、これを撮りたいという意志が目覚めている。集中していた時の記憶がまったくないが、ベールのひらひらが気になればベールばかり撮り、毛穴を狙い、真崎さんのくちびるが気になり、爪に興味が移って爪ばかり撮っている。選択したポイントはともかくとして、これが撮りたい、というものは段々明確になってきている。
 1000枚撮れば職人になれるという目標は、ある程度的を得ていたと思う次第である。

 阿鼻叫喚の余韻を孕みつつ、海の果てに夕日が沈むと同時、撮影は終了した。
 後日、それぞれの写真を送り合い見比べたが、四人ともまったく違う写真ができあがっており驚いた。
 おもちさんは光の描写がどこまでも柔らかで、神々しくも美しい鳳瑛一を儚くふんわりと撮っており、正しく清い美しさのようなものが満ち満ちている写真の数々が展開されていた。
 くまさんの写真は、撮影中ずっと「そのまま入水してくれ……」と呻いていた執念の通り、どことなくほの暗い雰囲気に満ちており、写っている真崎さんはそのまま入水しそうだった。
 まひろちゃんの写真は、海や風景と一体化している鳳瑛一が撮りたいという気持ちが感じられ、海には船が浮かび空には鳥が飛び、そして素敵なイラストを描くまひろちゃんの感性を反映したような、整った構図が多かった。
 わたしの写真は真崎さんの毛穴が気になったりくちびるに執着したり爪のことしか見えなくなったり、ずっとベールのひらひらを追っかけたりしている様子がよく分かった。
 多種多様だった。四人とも違う。
 真崎さんは一人だった。
 彼女は四台のカメラに囲まれながら、ひたすら美しく、誠実に海の中にたたずみ、その日もただ、事前に作品として拝見していた通りに、身体ぜんぶで鳳瑛一を表現なさっていた。

 表現というものは大変おもしろい。わたしたちは同じ被写体を見ていながらも、まったく違う光を追いかけ、まったく違う波立つ海を感じ、それぞれの世界を撮っていたのだ。

 記憶はほぼないが、撮影がとても面白かった、楽しかった、という印象は残った。わたしは普段は文章を書いている人間だが、真崎さんという最高の被写体の力を借り、いつもとまったく違う創作をするという体験は凄まじい興奮を呼んだ。
 一眼レフを買ってよかった、と心の底から思った。購入にあたり背中を押してくださったおもちさんには、心の底からの感謝を述べたい。
 今まで一眼レフで、ぬいと風景ばかりを撮っていたが、人間を撮るという体験は何か違う。面白い。できあがった写真を見せ合うのも、面白い。
 真崎さんはまた是非撮影をさせて欲しいと思うし、再びこういう機会を持てたら嬉しく思う。
 980枚の撮影を経たわたしの内なる職人はだいぶ目覚めている気がするが、二回目違う衣装のコスプレをした真崎さんを前にしたら、また要介護のおじいちゃんからスタートしてしまう気もする。
 とりあえず真崎さんは、世の中には近しくスキンシップをはかられるとプレッシャーで死んでしまう種類の人間がいるということを心にとめ、不用意に、怯えるわたしにのしかかってきたり、またがってきたりは避けていただきたいと、本心から訴えたい次第である。

 ここまで、とりとめもない自分語りを読んで下さり感謝する。
 最後に、要介護のおじいちゃんが撮った真崎さん(@yu10th0919)の写真を掲載し、このノートを締めようと思う。
 被写体となって下さった真崎さん、ともに苦しんだメンバー四人、ここまで読んでくれた方に最大限の謝辞を捧げたい。
 大変ありがとうございました。

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