洞窟に潜った記録

3年ほど前に洞窟に潜った記録です。

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別にこんなこと誰も知りたくはないと思うけれど、これからの話を語るに当たって私自身のスペックを記す。

身長154センチ小柄な体格。
趣味は読書と小説を書くこと 運動経験、運動習慣、一切なし。
運動部に所属したこともなくジムは一週間で通わなくなった。
しばらく前まではまともに歩くことすらおぼつかず、フォロワーと初めて会った際、
「顔は知らなかったが歩き方がよろよろしているという噂を聞いていたので、歩いてくる姿を見てすぐに分かった。本当によろよろしている」
と言われたことがある。
よろよろ歩く問題については、大人になったので、金の力にものを言わせて解決した。金は偉大だ。

しかしよろよろ歩かなくなったからといって運動能力が向上するわけではない。

職場の男性から、洞窟に潜るのが趣味だという話を聞いたので、へーー洞窟おもしろそう、と短絡的に飛びついた。
話はとんとん拍子に進み、洞窟に連れて行ったくれることになった。初心者向けの洞窟があり、彼が外部顧問をしている探検部の一年生が潜る日程にあわせて連れていってくれるという。

さて、貸してもらった装備の中に、ウェットスーツが入っていた時点で何か想定外の事態になっているのではないか、という予感はした。
皆さん、着たことがあるだろうかウェットスーツ。全裸の上に着るウェットスーツ。
着用すると、エヴァのパイロットみたいになれるのでテンションが上がる。
が、ものすっごく動きにくい。関節の可動域が40%くらい制限される感覚がある。
その上からカットソーなど着て、膝パットを当て、ツナギを着て安全靴を履く。
ヘルメットもかぶる。ライトがついているので死ぬほど重い。
脆弱な首がヘルメットに悲鳴を上げており頭痛がする。入る前から頭痛である。先が思いやられることこの上ないが、ひとまず洞窟に入った。

整備されていない洞窟がどういう状態か、というのは少し想像力を働かせればなんとなく想像はつく、と思うのだけど、大自然というものは人間の想像力なんか軽く超えていて、溶け合って生き物みたいになった岩、水に流されて石灰に固められ、真珠のようになった小石、ごうごうと流れる地下水など、実に神秘的であり、薄暗いヘルメットの灯りの中、溶け合って柱を形成しあう石灰岩が浮かぶ様相はあたかも神殿のようであり、感動することしきりではあるのだが、ここで問題になってくるのがごうごうと流れる地下水である。
洞窟はそこらの川みたいに、親切に河原なんか作ってくれない。床一面水であり、当然水の中を進んでいくことになり、靴に思うさま水がしみこんできて歩きにくいことこの上ない。
そして洞窟の中はどこもかしこも湿っていて、それはまあ大変よく滑る。
それでも普段見ることのない地下の大空洞に感動しながら、なんとか歩いていた。

男性が言う。

「さて、ここからが難所です」
難所……難所とは……。
目の前には、ものすごく斜めになっている巨大な岩がある。斜めになっている先は暗闇であり、まったく何もないように見える。
「この岩を超えないと先に進めませんが、落ちると横は何もないので落ちないようにしてください」
やっぱり何もないのか。何もないとはどういうことか……。まあ、何もないんだろうな。
「とりあえず、ここを掴んで身体を支えつつ、この岩の上に腹ばいになりながら、あの岩と岩の隙間に身体をねじ込んで安定させながら、じょじょに身体を、何もない方とは反対の方向に滑らせてください。間違っても体重を何もない方にかけないように。落ちたら死にます」
死にます、と言われるまでもなく、これは落ちたら間違いなく死ぬな、というのがわたしにも分かった。だって真っ暗だ。どれだけ高さがあるのかまったく分からない。
一つ大変気になったことがあったので尋ねた。
「ねじ込めという隙間、大変狭いですが、太っている人はどうするのですか」
「…………太ってる人は、端から入らない方がいいね」
太っている人は洞窟に向かない。一つ賢くなった。

さて、普段事務椅子に固定されている股関節を攣りそうに痛めながら腹ばいになった。身体をねじ込むこともできた。岩を掴む手がぶるぶる震える。
このあたりで、平和にふやけたわたしの頭にも、こいつは一歩間違ったら本気で死ぬな、という思いが芽生え始めた。
命綱もない。支えるものは手のひらと足だけ。たぶん落ちたら、一瞬で死ぬ。
なんとか岩を超えた。しばらく歩いた。
続いて男性が言う。
「あと三カ所降りる場所があります。続いてここで、こう、手と膝を両側の壁に突っ張って身体を固定しつつ、背中を岩に押し当てて、摩擦を利用して、徐々に降ります。ちゃんと突っ張ってくださいね、落ちるから」
男性が、手と膝を使って見事なつっぱりを見せた。
忍者かよ……とわたしは思った。

結論から言って、男性の手助けを借りつつもその穴は降りた。しかし次の穴は駄目だった。
「さっきと同じ要領で突っ張るんだけど、手で突っ張って身体を支えて、ここで空中に身体を浮かせるイメージで前に出て、腹筋を利用し向こう側の壁に足をついて、それで身体を支えるんだ。滝になってるから、滑らないように気をつけてね、落ちたら危ないから」
というところでギブアップした。男性が言う。
「そうだねえ、無理はしない方がいいね。降りたら登らないといけないし」

そうなのだ、そういえば、降りたら登らないといけないのだ。ごく当たり前のことだけど、必死になると忘れがちになるこの真理……。
この段階で、わたしの身体は既にずぶ濡れだった。滝はくぐるわ匍匐前進はするわで、靴はずぶ濡れて重くなり、綿のツナギは水を吸って鉛のように身体にのしかかっている。
水は冷たい。身体は冷える。
ウェットスーツも水を吸い、ますます身体に貼り付いている。
もはや足が上がらないのだ。とにかく靴が重いし膝が曲がらない。
そして洞窟は狭い。
色々よじのぼっていると、頭の上のヘルメットががんがん頭上の岩にぶつかり視界がふさがれていく。
その状態でも、帰りたいなら、横に何もない例の岩をよじのぼらないといけない。
死ぬ気で降りたのだから死ぬ気で登るしかない。真理だ。

わたしはカエルのように岩を登った。
足が短く股関節が硬いため、安定した岩に足が届かないので、不安定な岩の壁面をなんとか足の支えにして死ぬ気でのぼった。岩の上にかけているこの手が力尽きたら間違いなく死ぬという直感ばかりあった。まったく足が動かせない(動かそうという指令は身体に伝わっているのに、衣服が邪魔をして結果に結びつかないイメージ)。力技で身体を引き上げて、最後は死ぬ気で身体を岩の上端におりまげて、尺取り虫のように身体をすべらせた。着地地点に水流があることは知っていたけれど、死ぬよりマシだと思ったので顔から水に突っ込んだ。水はむしろ気持ちよかった。耳の中にまで水が入ってきたけど、そんなことはどうでもよかった。
よく物語で、生きるか死ぬかの時に、いっそこの手を離した方が楽になれる、なんて思うシーンがあるけれど、賭けてもいいけどあんなの嘘だ。
離したら死ぬんだ。考えることなんて、とにかく早く上に戻りたいっていうことしかない。力尽きる時はたぶん、早く上がりたいと思ったままぽろっと手が離れる。それで何が起こったのか分からないまま、あっけにとられたみたいに死ぬんだと思う。

難所を越えたらあとは戻るだけで、上がらない足を引きずってそれでも歩くことができた。途中で休憩して、ヘルメットの灯りを消したら、あたりが真の闇になった。いつまでたっても目が慣れない。そもそも一片の灯りも入ってこない所なのだからそれで当然で、何も見えないということはこういうことなのかと生まれてはじめて思った。
灯りを消した闇の中に、入り口の形がぼんやりと、薄紫に浮かび上がった時は感動した。生きているってなんて素晴らしいことなのだろうと柄にもなく思った。

ところで降りたら登らないといけないのと同じように、着たものは脱がないといけない。
ウェットスーツを脱いだことがあるだろうか……。水に濡れて身体にへばりついたあいつはもはや第二の皮膚だ。
なんとか二の腕まで剥いたところで途方にくれた。ここから先、何をどうやっても動いてくれない。
根性入れて力技で剥いたら、ウェットスーツの全身が見事に裏返った。そして私は上半身全裸である。着替えるところはないので道の端で着替えている。とんだ痴女だ。
タオルくらい巻けよというご意見もあるだろうが、そう言うお前に、タオルを巻いたままウェットスーツを脱いでみろと声を大にして言いたい。ウェットスーツ経験者には、はじめてウェットスーツを着た時のことを思い出してみろと叫びたい。
無理だよあれは、乳も丸出しになるわ!

ところで着替えながら、カエルのように岩にしがみつく私の横を、大学生男子たちが、ためらいもなくのぼっていったことを思い出した。
不安定な岩にひょいひょい足をかけ、何の躊躇もなく身体を動かしていた。死という恐怖心をまったく感じていないように見えた。
多分私と彼らの違いは、身体能力だけじゃなく、己の身体に対する信頼にあるような気がする。
人に見分けられるほどよろよろ歩き、珈琲を入れれば粉をぶちまけ、走る速さとジャンプ力以外体育の成績を全滅させて生きてきた私には、己の身体能力に対する信頼がまったくない。
自分の腕に力がないことも、自分の足がよろよろしていることも知っている。劣悪環境でそんな身体に命を任せなければならないとなった時、私にはもう、死のイメージしか浮かべることができない。
けど彼らはたぶん、そうではないのだと思う。私が死のイメージで妄想をいっぱいに膨らませている時、彼らはひょいひょいと岩を登る自分を想像している。そういうことなんじゃないかなと思う。
そして多分、彼らはそれを当たり前のこととして生きているから、世の中にこんなにも身体能力がひよこ並の人間がいるのだということをあまり想像できないんじゃないかな、という気がする。
私も世界にあんなにナチュラルに、壁に両手を突っ張って忍者できる人間がいるなんて、そしてひょいひょいそれについて行ける初心者がいるなんて、想像したこともなかった。忍者は別に、特殊技能ではないのだ……。
世界にはいろんな普通があって、世界はナチュラルに分かたれている。
世間の人はもっとシンプルかつスムーズにウェットスーツを脱ぐことができるのかもしれないが、そうでない私は道の端で乳丸出しの状態になる。
そういうものだ。それでいいのだ。私にしかできないことも何かはあるであろう、きっと。自分の身体は信頼できないということを自覚しているだけまだマシだ……多分。

洞窟、体力がない方にはおすすめしないが目に映るものはすべて偉大で感動的であり、色々な意味で違う世界を目にすることができる。
帰宅してのち洞窟体験について調べたところ、同じ洞窟を皆さん、ロープなどを使って命綱をつけ安全に降りていたので、もっと気軽に楽しむ道もあるのではないかと思う。
自分が生きる領域とは別の常識で動いている世界に、気軽に飛び込もうとしてはいけない。
私はまだ、命綱がついている世界から飛び出すことはできないな、と思った。

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