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スペースにぬいを七体並べたこと

 グッズがない。

 ということがあの頃のわたしたちの一番の悩みの種だった。八月、わたしとまひろちゃんはマジLOVEキングダムに萌え狂っており、毎日毎日毎日毎日、キングダムを見ることだけを楽しみにして映画館に通い詰めていたのだが、本格的にはまった頃にはもうHE★VENS GARDENの事後通販は終了。アニメイトは店舗も通販もHE★VENSに関して本土爆撃後の焦土である、という状況を見せており、我々はこんなにも熱くヘヴに萌えているのにグッズを買うことができない、という状況に日々悶え苦しんでいたのだ。
 そんな時に、ぎふぬいの予約のお知らせがTwitterにまわってきた。ぬいである。未知の領域のグッズだ。
 前ジャンルでは、ツヤツヤしている硬かったり透明だったりするグッズを中心に愛好しており、綿のつまった柔らかいものにほとんど執着を見せなかったわたしである。
 グッズが欲しい。しかしわたしは綿のつまった柔らかいものを愛することが出来るのか……? アクリルではない、布でできた柔らかいものをわたしは愛することができるのか。
 悩みながら、キングダムを見るために映画館のあるイオンに集まった際、わたしはまひろちゃんに相談した。
「ヘヴのぬいがさあ、予約始まったじゃん……?」
「うん、始まってた始まってた!」
 笑顔で答えてくれるまひろちゃん。
「あれさあ、どうするか迷ってるんだよね……」
 お前にとってぬいを予約することはそこまで人生の一大事なのか? というほど深刻な顔で尋ねたわたしに、まひろちゃんは迷いのないきらきらした瞳で言った。
「えっ、誰のぬいを予約するかっていう話?」
 えっ、うん……とわたしは言った。何か頷かざるを得ないオーラが、その時のまひろちゃんの澄んだ瞳には溢れていた。
 そうだよな、こんなに狂おしいほどグッズを求めていたんだものな。ヘヴに金を落としたくて仕方なかったんだものな。今その機会が訪れているんだものな。そのグッズがちょっと柔らかくてふかふかしていて綿が詰まっていたからといってなんだというんだ……? 誰にでもはじめてという時はある。今がその時なんだ。今がわたしが、はじめてぬいを手にする瞬間なんだ。
 そこまでの思考を光の速さで流しながら、わたしは言った。
「まあ、買うとしたら兄弟なんだけどね……」
 その次に、映画館でまひろちゃんと集合した時である。いつものように仕事を終わらせてイオンに集合し、キングダムに備えて食事をしている時、まひろちゃんがきらきらした瞳で言った。
「私さあ、イベントに出る時にこゆびちゃんの兄弟と並べたくて、結局HE★VENS残りの五人のぬい、全員分予約したんだよね!」
 えっ、うん、マジで!? と、思わず爆笑しながらわたしは言った。そう言わざるを得ないオーラがその時のまひろちゃんの瞳にはあった。まひろちゃんの瞳はいつも澄んでいて、キラキラしていた。彼女のまなざしにはいつも迷いがなかった。
 その時まで、まひろちゃんとわたしは、一緒にヘヴでイベントに出ようね、という話をしたことが一度もなかった。しかしまひろちゃんの中でわたしがヘヴでイベントに出ることは決定しているらしい。
 だがしかしだ。考えてみろ。お前は今こんなにも萌えているんじゃないのか。お前はHE★VENSで何かを書きたくて仕方がなかったんじゃないのか……? お前は本を出したくないのか出したいのか。出したいに決まっているだろう。そうだ出す時は今なんだ。
「イベント楽しみだね! うたプリオンリーいつあるか調べよ!」
 光速で思考を流した後、わたしは言った。
 まひろちゃんとわたしが、二人でイベントに出ることが決まった瞬間である。
 イベントに申し込みをする際、わたしたちはスペースを合同で取るか、それぞれ取って隣接にするかじっくり話し合った。
「イベント、ぬいを七体並べないといけないわけだよね。サークル一つじゃ足りなくない?」
「なんたって七体だもんね……。よし、隣接にしよう」
 じっくり話し合った結果、わたしたちは、机にぬいを七体並べるために、合同サークルではなく、二人それぞれスペースを取って隣接でイベントに出る女になった。
 隣接をするためにはカプを揃えなければならない。21のわたしとやまシオのまひろちゃんが隣接をするための選択肢は一つしかなかった。
 オールキャラである。
 わたしたちはぬいを七体机に並べたかった。
 そのためにわたしたちは、自カプを封印し、オールキャラ合同誌を出すことを目論む二人になったのである。
 合い言葉は、合同誌の新刊が絶対一冊はあるから!
 しかし、わたしたちにも理性はあった。
 ぬいを七体も並べると、本を置く場所がないのではないか問題である。
 ぬいを七体並べることを意地でも諦めないあたり、今から考えると理性はなかったかもしれない。
「いや、ぬいが七体もあるとさ……本を渡したり受け取ったりする時邪魔じゃない? さすがに本は前に出しとかないといけないから、ぬいは後ろだよね。ぬいをこう、越えて本やおつりを渡したりしないといけないわけだよ。大変だよ」
 真剣な顔で言うわたし。大変なのはお前の頭だ。
「そうだよね……。ぬい七体はかなり場所を取るよ」
 まひろちゃんも真剣な顔で返してくれる。彼女は彼女で、ぬいを七体スペースに並べることになんの疑問も抱いていない。
 その悩みをTwitterで吐露したところ、とあるフォロワーが言った。
「本を七冊出して、ぬいに持たせればよくない?」
 それだ! とわたしは思った。それだ、ではない。しかしわたしは、しばらくは真剣に、二月に新刊を七冊出すことを考えていた。まひろちゃんが冬コミに当選し、じゃあ本を委託するね! とうっかり百五十二ページある新刊を書き始めたあたりでその計画は霧散した。冬コミがなければぬいに七冊新刊を持たせている狂気のサークルが誕生したかもしれないと真剣に考えてしまい、若干残念ではある。

 ところで合同誌だ。

 わたしたちの隣接はあくまでも「2スペースを限界まで使い、机上にぬいを七体並べる」ための隣接であり、何かこういう本を出したいね、という計画の元に為された隣接ではなかった。本に対して、わたしたちはまったくのノープランだった。
「合同誌どうする? とにかくメンバー全員が出てくる本を作らなければならないよね……」
 と話し合いがスタートするほどのノープランである。当然だ。オールキャラスペで取っているのだから、オールキャラが出てくる本が机上になければ困る。カプ本メインに置かれていたらとんだ詐欺サークルである。
 わたしたちはまず、一般的な合同誌についての話をした。わたしが言った。
「合同誌って二種類あるじゃん。話がばらばらのやつと、小説と漫画で話が繋がってる感じのやつと……」
 いきなり内容ではなく合同誌の構成についての話をスタートするわたし。まひろちゃんがにこやかに返してくれる。
「あるある。繋がってるのも合同誌っぽくて面白いかもしれないよね!」
「だよね、普段あんまり出来ないしね。ゆるやかになら話を繋げることもできるんじゃないかな。例えばさあ、今五秒で考えた例えで恐縮なんだけど、ヘヴが子猫を拾って保護する話があるとしたらさあ、猫を拾うパートと猫を飼い主に返すパートで前後分けるとかは可能だよね」
 まひろちゃんが秒が言った。
「いいねそれ! もうそれでよくない!?」
「おう、ありがとう。いいって、こう、構成が?」
「いや、猫。もう、ヘヴが猫拾う合同誌でよくない?」
「待ってさっきのは五秒で考えた適当な例えだが!?」
 しかし、何度考えても猫とHE★VENSの組み合わせは可愛かった。猫は可愛い。猫は正義だ。ドラマでも視聴率を取りたければ動物か老人を出しておけばいいと聞く。猫はかわいい。猫と遊ぶHE★VENSはもっと可愛い。
 最終的に、五秒で考えた合同誌の内容で、わたしは折れた。
「猫でいこう」
「いいと思う! 可愛い!」
「ところでわたしは原稿のページ設定の仕方が分からなくて、五ページからしか原稿を始められない女だから、最初のパートを書かせて欲しい。わたしが猫を拾うから、まひろちゃんは理想の猫との別れを書いて欲しい」
 突然妙に細かい要望と内容に関する要求を始めるわたし。まひろちゃんが悲鳴のような声を上げる。
「理想の猫との別れって何!? 考えたこともないけど!」
「じゃあ今から考えて欲しい……ちなみにわたしが後のパート書くなら、まずは猫が最後生きてるのか死ぬのか考えるところから始めるけど……」
「落ち着け! 私たちが出すのは! 可愛い! 合同誌!」
 あっ……とわたしは言った。そうだった。わたしたちが出すのは可愛い合同誌。ほのぼのした合同誌。HE★VENSと猫の可愛さを愛でるための本。
 わたしは拳を握って言った。
「ごめん! 猫! 死なない!」
 何故か突然のカタコトである。よし、とまひろちゃんが笑ってくれる。
 この後、作業中わたしは、めっちゃ可愛い! これはほのぼのだよ! なんたって猫死んでないし! と言い続ける謎の女になる。
 本のほのぼのさを猫が死ぬかどうかで測るのはやめた方がいい。

 ところでタイトルの話をする。
 わたしたちは合同誌のタイトルの付け方というものがよく分からなかった。そしてわたしは英語というものがまったくできなかった。
 わたしは英語があまりにもできないので、英語のタイトルを本に付けたことがほとんどない。付けても単語である。
 本当に英語が分からないので、カタカナのタイトルすらほとんど付けたことがない。何故なら間違っていたら恥ずかしいからである。
 タイトルについて、わたしたちは悩んだ。合同誌の内容を話しあっていたレストランから、スタバに場所を移して悩んだ。これは長丁場になるぜ、と場所を変えたのだ。
「子猫……子猫か……」
 コーヒーを待っている間、呟きながら、「猫 英語」というアホ丸出しの単語で検索をかけるわたし。
「猫……キャット……なるほど……」
 なるほどではない。キャットが分からないとなってくると社会人として生きていく能力にすら疑問が出てくる。しかしわたしは真剣だ。
「子猫 英語、ならどうだ」
 検索をかけて呟く。
「キティ……ははあ、キティ……なるほど」
 キティになるとキャットに比べてかなりの英語力が必要とされる。わたしはキティを知らなかった。
「キトゥンとも言うらしい……」
 ひたすら英語辞典を読み上げるわたしに、まひろちゃんがなるほどと頷いてくれる。ここにも英語ができない人がいる、と思ったが今から考えるとわたしに合わせてくれていただけなのかもしれない。
「子猫 かわいい 英語、ならどうだ」
 わたしのスマホの検索履歴がどんどん駄目な検索で埋まっていく。そしてわたしは、そのページを見つけた。
「うちの子猫、とてもかわいいのよ! ははあ。なんか可愛くない?」
 My kitten is very cute! という例文の後に、うちの子猫、とてもかわいいのよ! という訳文が付いていた。何かかわいさを感じたわたしはそれをまひろちゃんに見せた。
 まひろちゃんが頷いた。
「めっちゃ可愛い! もうそれでよくない!?」
 この人すぐ、もうそれでよくない!? と言うな、とわたしは思った。しかし、確かにこれ以上ふさわしい合同誌のタイトルが思いつかない。
「これでいい!」
 わたしは言った。そのタイミングで、頼んでいたコーヒーがようやく出てきた。場所を変えたが、タイトルは既に決まっている。
 わたしたちは、別に長くならなかったね……コーヒーいらなかったね……と言いながら、楽しく無駄なコーヒーを飲んだ。時刻は夜の十時にさしかかろうとしていた。

 そのようにして合同誌の内容が決まる前、満を持してぎふぬいがうちにやってきた。わたしたちが隣接するきっかけとなったあのぎふぬいだ。とてもかわいい。段ボールをあけると、にっこり笑った兄弟が頬を寄せ合うようにしてこちらを向いて入っていた。もう駄目である。気が狂う。
 めちゃくちゃ可愛い。メロメロである。ほんとうにめちゃくちゃ可愛い。
 わたしはぎふぬいの置き場所を作るために、元々うちにいたぬいぐるみを一体手放した。綿の詰まったものを愛でられるのだろうか……と悩んでいたお前はどこに行ったのだ、という話である。
 ぎふぬいが届いてしばらくした頃、残りのぬい五体を連れて、まひろちゃんがわたしのアパートに遊びに来た。
 満を持して七人が揃うHE★VENS! とても! 可愛い!
 大はしゃぎするわたしたち。しかし問題が一つあった。
「安定が悪い……」
 そう、ぎふぬいたちは頭が大きいのでものすごく安定が悪い。そしてうちにいる瑛二は、元からの仕様なのか分からないが、明らかに小首を傾げている。小首を傾げた方向に向けて、彼は猛然と倒れようとする。もの凄く安定が悪い。
「これは……本の受け渡しなどすると、ぬいが猛然と転げ回るのでは……」
「えっ、うん。それにめっちゃ幅取るね……予想以上だ」
 安定の悪い七人を横一列になんとか並べて、まひろちゃんが言う。確かにもの凄く幅を取っている。そしてでかい。予想外にでかい。
「待って、そもそも机一つに七人並ぶか、これ」
 根本的な疑問である。できればここに至る前にその疑問を抱いてほしかった。
「いや、っていうか、七人並べたら本置けるのかなこれは」
 それもまた根本的な疑問だ。ここに至るまでに以下略。
 まひろちゃんが言う。
「でもまあ、とりあえず、連れていこう!」
 彼女にはいつも迷いがない。五人分のぬいはかなりの荷物になると思うがまひろちゃんの瞳はまっすぐだ。
「よし、それでいこう!」
 小首を傾げているもの凄く安定の悪い瑛二を片手にわたしは言った。もう迷いはない。ぬいを持って東京に行こう。荷物の量など知ったことか。わたしたちはぬいを七体机に並べるのだ。
 わたしたちはそのために、隣接でスペースを取ったのだ。
 もはや我々は本を売りに行くのではない。人様の本を買い漁り、そして机に置いた七体のぬいを見せびらかすために東京に行くのである。
 これを書いている段階で、わたしはまだ、カートに兄弟のぬいを詰めていない。けれどきっとわたしは、ぬいを詰めるだろう。
 まひろちゃんもきっと、ぬいを五体分、荷物に詰め込むはずだ。わたしはそう信じている。
 合同誌は無事に脱稿した。まひろちゃんの漫画は素晴らしかった。合同誌を作ってよかったと心の底からわたしは思った。
 あとは当日だ。
 当日我々のスペースの上にぬいが七体並ぶのか。その時机の上はどうなっているのか。
 これを読んでいる貴方はもう答えを見たのであろうが、書いているわたしはまったく状況の予測が付かない。
 この無配を読んでいる方がもしいるのなら、ぬいを七体机に並べるために2スペースを取ってイベントに出てしまったサークルがいたことを、心の片隅にそっととどめて置いて欲しい。もしくはすぐに忘れて欲しい。
 もしこのイベントで、ぬいと本を両立させることに成功したのなら、わたしはこれからも積極的に、安定の悪い兄弟を、机の上に並べていくつもりである。

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