大原香

妄想執筆家と人形職人のおはなし

【私達の日常8】

てるてる坊主てる坊主、あした天気にしておくれ。

「非道いよ、こんなのあんまりだよ・・・」

私は、鏡の前で跪いていた。
まるで世界の終わりを目の前にした勇者のように立ち上がる気力を失う。
実際には、私の目の前にあったのは世界の終わりなどではなく、とても可愛らしい白いポンチョだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「あんた、大学生になってからずっとジャージばっかじゃない!少しは女の子らしい格好をしなさい!」

母親に押し付けられた、この白いポンチョ。
フードがついており、首元にはポイントとして大きな赤いリボン。
しかもこのリポン、取り外し可能なのだ。

確かに可愛らしい。
可愛いのは認めよう。
だが、似合うか似合わないかは別の話だ!

しかし、「いらない」って言ってみろ。
他の可愛い服を買ってくるに決まってる。
高校時代のとき、「いらない」の一言でクローゼットの中がフリルのスカートやワンピースだらけになったトラウマが蘇る。
あの日々を繰り返さぬためにも今回は耐えろ。
耐えるんだ、大原香!

まずは、この服を受け入れることが大切だ。
よし、やってやろうじゃないか。
この決意によって後々、私は後悔することになる。

「いえーい、私ったらしゅっごくきゃわい!」

自画自賛という名の暗示をかけようと鏡の前で、普段しないような笑顔を鏡の前で作る。
最近の女の子らしくきゃぴきゃぴしてみた。
・・・あれ、意外にいけるんじゃないか?

「カオタン、きゃわたん!」
「・・・何をしてるんだ、大原」

月夜里さんの冷めた声が聞こえた気がして、ふと我に返る。
やっぱり似合わない!
気持ち悪い!
あまりの似合わなさに鳥肌が立ち、今の状態に至る。

「こ、こうなったら奥の手だ・・・」

私は携帯を取り出した。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

待ち合わせ場所は、とある高校の最寄り駅。
私は、そこで救世主と待ち合わせをしていた。

人ごみの中で必死に探すこと、5分。
自販機前にて、茶色と黄色の中間の髪色をしたロリロリ娘を発見。
間違いない、あの子が私の救世主だ。

「おーい」

私が声をかけるとあっちも気付いたのか、駆け足でこっちに向かっていく。
そのスピードは私に近づけば近づくほど速くなっていく。
そして、彼女は飛び上がった。

「遅い」

飛び蹴りだ、しかも綺麗に決まった。
さすが救世主さま、容赦ない。

「蹴るなら存分に蹴るがいい!私を救ってくれるなら!どんな仕打ちも受けましょう!!」
「きもい」

かかと落としが入る。
なんてバイオレンス救世主だ。
ガシガシガシと踏まれ続ける私。
そ、そろそろ止めてくれないと体がもたないかな!?

「ちょ、ギブ!やめっ、やめてくださいおねがいしますなずなくん!!」

なずなくんは、はぁとため息をつく。
ゴミムシを見るような目でこちらを見た。

「何の用だよ、せっかくの休日に。お前と違って僕は暇じゃないんだぞ」
「実はさ」
「あ、そうだ。そんなことよりさ、いつの間に僕のアドレスを登録しやがった。今すぐ消せ、さもなければお前を消す」

本題に入る前に、そんな殺人予告されても。
いいじゃん、減るもんじゃないし。
もっとお姉さんと仲良くしようぜ、少年!

「また蹴られたいのかしら?」

天使の笑顔を向けるなずなくん。
声も可愛らしく、アルトボイスがソプラノ寄りになる。
逆に怖い、それ逆に怖い。

「すみません、後で消しておきます」

咄嗟に土下座してしまった。
なずなくん、恐ろしい子。

「で、用って?」
「実はね、なずなくんにこれを貰って欲しくて」

私は悪魔の白いポンチョをなずなくんに差し出す。
なずなくんが「うわ・・・」って顔をしかめる。

「地味だな、これ」
「え、いや、地味じゃあないと思うけど」
「いや地味だろ。で、これをどうしろと?」

こんなに地味地味言われるとは・・・。
私の女子力の低さが見えて切なくなってくる。

「あの、あのですね・・・、その、それを貰って欲しくて・・・」
「却下」

早い、早すぎるよ!?
少しはためらう姿も見せてよ!?

「ど、どうしても駄目?」
「だって、僕の好みじゃないし」
「そこをなんとか!」
「諦めろ」

なんて無情な言葉の嵐だ。
希望が絶たれた。
私に救いはないのか。

私の落ち込みようが相当だったのか、なずなくんが少し慌てているように見えた。

「・・・ま、まあ、僕は駄目だけどさ。でも、恵さまなら大丈夫だろ」
「・・・え?」

その発想はなかった。
ていうか、その発想はしても大丈夫なのか?

「でも、月夜里さんってなずなくん以上に服にこだわり持ってなかったっけ?」
「あー・・・、意外とそうでもないよ。あの人に言われた服を好んで着ているだけだから」
「お母さん?」

「お母さん」という単語にぎょっとした後、先程の表情を押し殺すように顔を真っ赤にして黙り込む。
その姿が少し可愛らしかったが言わないでおこう。
彼はわざとらしく咳をし、にやっと笑う。

「100%断られない方法がある」
「それほんと!?」
「あぁ、命もかけられる」

自慢げに語るなずなくん。
さすがなずなくん、そこに痺れる憧れる!

「その方法は!?」
「まあ、あとでメールで送ってやるよ」
「でもさっき消しとけって・・・」
「こ、細かいことは気にすんなよ!また蹴るぞ!」
「いたっ!もう蹴ってるし!!」

なずなくんってやっぱ頼りになるなぁ。
たまによく分からないけど。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

次の日、白いポンチョは無事、月夜里さんのものになりました。
なずなくんが言っていた通りに「てるてる坊主みたいな服があるんだけど、良かったら貰って。そういえば、てるてる坊主って雨の人形ぽいよね」って言ったところ、人形大好きな月夜里さんは見事に釣れました。

「ふむ、雨の人形か。面白いな、気に入ったぞ」

表情はさほど変わってないけど、嬉しそうな感じが全身から溢れ出ているのが見て分かる。
まあ、気に入ってもらえたようで嬉しいよ。

しかし、私なんかより、数倍似合ってるというね。
なんていうか複雑な気持ちだな。
べ、べつに嫉妬してなんかないんだから。
涙なんか出てないんだから。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

そのまた次の日、学校の怪談に「てるてる坊主」というのが新しく追加されていたことを知った。

その正体が月夜里さんであることを知っているのは、おそらくこの学校では私だけだろう。

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