なずな_2

妄想執筆家と人形職人のおはなし

【ちょっと変哲の日常1】

私の最近の日課は2限の授業を受けて、昼休みに学食のサンドイッチを片手に、出された課題を適当に済ましてチャイムを待つことだ。
チャイムが鳴ったら混雑の波が落ち着くまで空を眺めて待ち、空いたところで学食を出る。
行く先は言うまでもない、月夜里さんがいる505号室だ。

「やましたさーん?」

ドアを開ける。
普段なら月夜里さんが人形を作る姿が視界に入ってくるはずだ。
だが、今日その部屋で待っていたのは三白眼でこちらを睨んでくる仁王立ちのメルヘンの国の住人だった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「貴様が大原香か」

女の子にしては少々低いアルトな声で私を威嚇する。
薄茶色に黄色を強く混ぜたような色の髪をおでこをまで出し、耳から下の髪は縦ロールにされていた。
頭のてっぺんに大きなリボンのカチューシャをしており、あどけなさが残る顔立ちと、良く言うならば子供らしくて可愛らしい、悪く言えば未発達な体にフリルがあちこちに装飾されたドレスワンピースをまとっている。

どこからどう見てもメルヘンの国の住人だ。
だが、私の知り合いにメルヘンの国出身の子はいない。

突然の出来事に色々と頭が追いついていないのだけど月夜里さんと一緒にいるせいおかげだろうか。
奇怪なことにどうやら耐性が出来ているようで嬉しいようなそうでもないような…、なんとも複雑である。

「え、はい…、そうですが…、どちらさまですか?」

彼女は胸を張って私に堂々と言った。

「僕は月夜里恵様の婚約者だ!」
「へぇー、月夜里さんの下の名前って『めぐみ』なんだ」

思わず率直に思ったことが口から出てしまった。
だって…、あの人自分のこと何も教えてくれないし…。

「…まさか知らなかったのか」
「あはは…」

恥ずかしさと気まずさで苦笑を漏らすと背後からがちゃりと誰かがドアノブを捻る音が聞こえた。
その人物は長い黒髪に泣きぼくろに無愛想な顔、そして手にはいつものように人形を抱えている月夜里さんだった。

「なんだか騒がしいな、どうした?」
「あ、月夜里さん。実は…」

言葉を言い終える前に私の背後から疾風の如く影がすり抜け、気付けばに少女が月夜里に抱きついていた。
少女は月夜里の胸にすりすりすりと幸せそうに頬擦りをしている。

「恵さまぁあん!最近会いに来てくれなかったので寂しかったんですよぅうん!」

私は唖然とした、なんだこの異常なまでのツンとデレの差は。

「なんだ、なずなか」
「はふぅん、恵さまの温もりだ、にゅふふふっ」
「えっと…、月夜里さん。この人は婚約者さん?」

月夜里さんのことだからストーカーや隠れ熱狂ファンの一人や二人いなくてもおかしくなさそうだし、この子が言ってる通り婚約者かもしれない。
そう思っていた時期が私にもありました。

「いや、種違いの弟だ」

おっと、予想のはるか右側にいったよ!
予想外による逆転ホームランだよ、なんてこった!

「弟なの!?」
「なんだよ貴様、さっきからうるせぇぞ」

先程までの天使のような笑みから般若のような表情でこちらを見る。
もうやだ、この子すごくこわい。

「えっと…、なずな君は」
「名前で呼ぶな、馴れ馴れしい」
「え、えぇー…」
「なずな、許してやれ」
「恵さまがいうなら!」

月夜里にそう言われて体をくねくねさせるその姿はハートが飛び散るエフェクトがさぞかしよく似合いそうだ。

「えっとじゃあ…、なずな君はなんで女物の服を…?」
「は?貴様は性別でしか物を見れないのか?」

あれなんだろこれ、デジャブ?

「ま、まぁ…、そうだけどさ…。ほら、例外もあると思うんだけど…」
「僕は着たいものを着てるだけだ。まぁ今日の服は恵さまに合わせたんですけどね。似合いますか、恵さま?」

子供のようにはしゃぐなずな君に月夜里さんはうむと頷いた。

「まぁまぁだな」
「ほんとですかー!?よかったぁ、お母様に相談しただけありました!」
「だがもう少しこのエプロンの部分のリボンのところが大きくても良かったな」
「はっ!た、たしかに…!でしたら…」
「それならこう…」

あー…、駄目だ…。
この二人の会話の間に入れる気がしない…。
この様子だと長くなりそうだなぁ、討論加速してるし。
しかたない、私は昨日思いついたネタのプロットを書きだすとするか…。

二人の会話をよそに私は原稿用紙を取り出した。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

二人が会話しだしてからどれくらい経っただろうか。
プロット用に書いた原稿用紙が二枚目に取りかかろうとしているところだからおおよそ1時間ぐらいだろうか。
「ふふふ」と、なずな君が月夜里さんに目を細める。

「久々に恵さまに会えたので元気でました。そろそろ時間なので帰りますね」
「あぁ、母さんによろしく言っておいてくれ」
「ええ。それと大原っ!」
「は、はい!」

なずな君の怒鳴り声に思わず直立状態で立ち上がる。
彼はいかにも脅していますよという眼差しで私を見上げる。

「貴様、恵さまに何か変なことしたら許さないからな!」
「え、は、はぁ…」
「返事ははっきりしろ!」
「は、はいぃっ!」

ふんと鼻を鳴らすと月夜里さんに向き直り、スカートの裾と裾をつまんで持ち上げて会釈をした。

「それではまたいつか会いましょう、恵さま」

そういうと華麗な足取りでその場を静かに去った。
ぱたんとドアが閉まった音がしたのを確認して私はへなへなと椅子の上に腰を下ろした。
なんだろう、この全身にずっしりくる疲労感は…。

「…ずいぶん濃い弟さんだね」
「そうか?」
「普通弟とかに婚約者なんて言われないでしょ」
「あれはただの冗談だ」
「それもどうなんだろう…。なんだか嫌われているみたいなんだけど…、もしかして月夜里さん何か変なこと吹き込んだ?」
「『最近、私の知り合いに大原香というのがいて、自慰目的で小説を書いている奴がいる』としか言ってないぞ」

はい、間違いなくそれですね。
だからあんなに警戒されてたのか。
てか…、されて当然じゃないか、もう!

「だから自慰小説じゃないってば!嘘、駄目、絶対!」

私は必死に意義を唱えるが、月夜里さんは聞く耳を全く持たなかった。
おかげで原稿用紙の二枚目は、私の趣味に対する偏見がどうしたらなくなるかについて埋め尽くされていた。

そして、未だその解決法は見つからない。

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