妄想執筆家と人形職人のおはなし
【私達の日常7】
私は女である。
繰り返す、大原香は女である。
「私って、男に見える?」
月夜里さん、そんな気持ち悪いものを見たような顔をしないで下さい。
「なんだいきなり」
「いや…、ねぇ…」
月夜里さんがフェルトを刻んでいた鋏を机に置き、こちらを向く。
顎に手をやり、うーんと唸っている。
月夜里さんってやっぱりまつげ長いんだなぁ。
こうまじまじと見れる機会そんなにないと思うから、今のうちに月夜里さんのまつげを拝むことにしよう。
ご利益もありそうだ、ありがたやありがたや。
「確かに見えるな」
きっぱり言ってくれたね、このやろう。
ちょっと傷付くぞ、このやろう。
「そ、そっか…。昔ならともかく今もそう見えるとは…」
「大原よ、まずは服装をなんとかしたらどうだ」
「原因はこのジャージなの?」
「『整形するしかない』と言ってほしいのか?」
「整形はひどくない!?」
私が何故このようなことを気にするのか。
それは先週から私達の後ろで繰り広げられている会話を聞いてしまったからなのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「きゃー、今日もいちゃいちゃしてる!」
「しー!声をもっと小さくしなさい!」
すみません、二人とも丸聞こえです。
私は心の中でツッコミを入れる。
後ろの二人は、私の一つ下である大学一年生の双子のお嬢さん達である。
三次元の同性愛の妄想をして喜び、昂ぶりのあまり口から妄想が垂れてしまっている残念な人達である。
妄想で生きているところは私と似ているので、あまり否定できないのがなんとも辛い。
このお嬢さん達はこの大学では結構有名な人達のようで、大学に来たばかりのほやほやなのに大学の珍名物となりつつあるから怖い。
「どっちが攻めなんだろうなぁ。やっぱり体格的に大原先輩かな。ヘタレ攻めってやつかなぁ。いや、案外月夜里先輩が攻めでもいいなぁ。放置プレイとかマニアックなの好きそうだなぁハァハァ!」
なんでだよ!?
すぱーんとハリセンが鳴る音が頭の中でした。
こちらは妹さんのほうで、名前は惟親晴香(これちか はるか)というらしい。
男性同士の恋愛、所謂BLが好きなお方のようだ。
黙っていれば茶色のショートヘアーがよく似合う、ボーイッシュで可愛らしいお嬢さんなのに。
ちなみに私は女である。
大事なことなのでもう一度言う、私は女である。
「あなたねぇ…、大原先輩は女の方よ。勝手に性転換させていかがわしい妄想をしないで頂戴」
あなたも人のこと言えないと思いますけど!?
本日二回目のハリセンが頭の中で鳴り響く。
こちらはお姉さんのほうで、名前は惟親貴子(これちか よしこ)というらしい。
女性同士の恋愛、所謂GLが好きなお方のようだ。
黙っていれば黒色のミディアムヘアーがよく似合う、アンニュイな感じの綺麗なお嬢さんなのに。
「大原先輩が何時『自分が女だ』ってことを告白したのよ、お姉ちゃん!」
「告白しなくたって分かるでしょうそんなこと」
「ふんだ。お姉ちゃんだって百合妄想してるくせに」
「あなたと違って私はプラトニックで、且つ高尚な禁断の愛を所望しているの。あなたみたいな精液飛び交う汚らしいものとは違うのよ」
お姉さんの方、まだお昼ですよ!
そんな言葉使わないで下さい、頼みます!!
「なんだとこのー!」
「なによー!」
いつの間にか二人の討論は自主規制の嵐となり、私は耳をシャットダウンさせた。
私は聞いてない、聞いてない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さっきから後ろが騒がしいな、事件か?」
周りのことに無関心な月夜里さんが、何事だと振り向こうとする。
私は月夜里さんの頭を両手で固定させ、それを阻止する。
「月夜里さんは知らなくていいよ。一生知らなくていいよ」
世の中、知らなくても良いことは沢山あるのである。
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