大原香

妄想執筆家と人形職人のおはなし

【私達の日常1】

私には変わった知り合いがいる。
3限以降の505号室に人形を抱えて現れるという謎の人物。
苗字は月夜里、名前はまだ知らない。

「ねぇねぇ」
「なんだ」
「お話してもいい?」
「かまわんが」
「そっか。じゃあ一回その忙しい手の動きを止めよう」

黙々と手のひらに収まるぐらいの小さい人形の頭に今まさに茶色い糸を縫いつけようとする手をがしっと掴む。
月夜里さんは一瞬眉間を寄せたがすぐにいつものポーカーフェイスに戻った。

「分かった、ちょっと待て」
「うん」

手を離すと月夜里さんは先程の人形の植毛作業に戻る。
糸を通した針を頭に指し、そしてそれを人形の頭部から取り外されてうつ伏せの状態になっている胴体の上に乗せた。

「待たせたな」
「人形の頭に針が刺さったままだけど大丈夫か?」
「問題ない」

なんでもないことかのように月夜里さんは大きく頷いてみせる。

「えぇ…、なにこの新種の嫌がらせ。山盛りのご飯に箸をぶっさしたような不気味さがあるから全部済ましてよ。そんな短気じゃないよ、私」

苦笑いをする私に、月夜里さんは小さく唸る。
本当にもうこの人はめんどくさがりというかなんというか…。

「で、なんだ」

…その状態を直す気はないのね、月夜里さん。
まいっか、手を止めてくれたし。

「新作出来たから読んで!」

私は先程まで妄想を練って練って書き上げた出来たてホヤホヤの原稿を渡した。

「また例の自慰小説か?」
「私がいつそんなの書いたというの!?」
「違うと誓えるのか?」
「…お願いします読んで下さい、土下座しますから」

椅子の上に乗ったまま、このとおりと土下座をする。
月夜里さんは溜息をつくと仕方ないといわんばかりに原稿に手を伸ばす。

「しかたないな」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【僕はフェイスに恋をする】

僕は一本の針で遮られた境界で一大決心を固めていた
僕の前には彼女がいて
彼女の視線の先には僕がいる
僕らを隔てていたであろう黒い糸でさえ運命の赤い糸と見間違えてしまうぐらい見つめ合う
あぁ、僕には喋る口はないけれど
魅惑の微笑みも出来ないけど
彼女を抱きしめることなら出来るはずだから
さぁ、一緒になろう
僕は線の前へと足を踏み出した

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「やはり自慰じゃないか」

やはりいつものように鼻で笑う月夜里さん。
まあ予想はしていたけどさ。
でも、自慰って…。貴方、自慰って…。

「えっと…、私がそんなに不純に見えますか?」
「見える」
「さいですか…」

がっくりと肩を下ろす私に月夜里さんは原稿を見つめる。

「これは顔が女、体が男というのでいいんだな?」
「その通りでございます」
「で、最終的に合体する…で解釈は当たっているな?」
「その通りでございます」
「で、最終的にこいつらの性別はどうなる?」
「その通り…、はい?」

予想外な質問を投げかけられて、思わず聞き返す。

「だから最終的にこいつらの性別はどうなるんだ?」
「え…、ちょ…、か、考えてないよそんなこと…」
「なら今決めていい」

月夜里さんは何が気になるんだろうと疑問に思いながら私は答える。

「さいですか…。そうだなぁ…、両方、かな?」
「両方とは?」
「男でもあって女でもあるって言えば伝わる?」
「つまり男でもなければ女でもない、曖昧なものだと?」

いや、と私は否定の意味で首を振る。

「曖昧ではないかな。断定ではあるよ、中間っていうね」

月夜里さんはその答えにフッと笑った。

「なるほど、面白いな」
「面白い!?今面白いって言った!?!?」

思わず椅子から転げ落ちそうになったがなんとか大丈夫だった。
その姿を見た月夜里さんは心底不思議そうに顔をしかめた。

「何故そんなに驚く?」
「えっと、理由としてはそれは意外だったからで大丈夫か?」
「解せぬと返すべきか?」
「あ、それ面白い」
「針刺すぞ」
「ごめん」

そんなこんなで一日は流れていく。

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