妄想執筆家と人形職人のおはなし
【ちょっと変哲な日常2】
今、私はとある男子校の校門前で傘を差しながら立っている。
天気は曇天、雨はしとしとと降っている。
それにしても、暇だ。
槍でも蛇でもいいから降ってこないだろうか。
何故、私がこんなことをしているのか。
それは数時間前にこんなことがあったからである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なずなが傘を忘れたらしい」
月夜里さんが携帯をぱたりと折る。
何かを探しているのか、月夜里さんが鞄の中を漁っている。
「なずなって、確か以前会った子だよね?」
「そうだ」
以前月夜里さんのせいで悪い印象を植えつけられ、すっかり嫌われてしまったフリルの子、それがなずなくんである。
正直、あのツンツンな態度はトラウマになりそうなレベルである。
「母さんに『なずなに傘を届けてほしい』と頼まれた。断るわけにはいかない」
「そっか。お母さんって、なずなくんのお母さん?」
「今はそうだ。昔は私の母さんだった」
「そっか。――――ん?」
月夜里さんが至極当たり前のように、私の手に上品そうなレースが周りについた赤色の折りたたみ傘を乘せる。
待て待て待て、嫌な予感がするぞ。
これはまさかの「お前行ってこい」ってやつなの?
いやいや流石にそれはないよね!?
だってさ、月夜里さん見たじゃん!
なずなくんが私に向ける敵意丸出しの姿!
うん、ないない!!
「頼んだぞ。私は忙しいのだ」
ですよねー。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
というわけである。
全く…、人使いが荒いから困っちゃうよ。
「なにしてんだよお前」
「うお!」
この声はまさになずな君だ、間違いない。
すっごくショートヘアーになってるけど、間違いない。
化粧もしてないし、学ラン姿だけど間違いない。
これはなずなくんだ、少し違和感あるけど。
「えっと、なずなくん?」
「見りゃあ分かるだろ」
相変わらず冷たいね、うん。
「えっと、月夜里さんが傘を届けてくれって」
「あっそう」
預かっていた傘をなずなくんに差し出す。
なずなくんは傘を見て、嫌そうな顔をこちらに向ける。
殺気のオーラなんか見えない見えない、気のせい気のせい。
「おい」
「ごめんなさい。こっち使ってください」
私は月夜里さんの傘を引っ込め、自分の紺色の傘を差し出す。
「いらね」
こ、このやろう!人の親切をなんだと思ってるんだ!
こうなったら意地でもこの傘を使わせてやる!
「で、でもさ!ほら濡れちゃうよ!」
「少しくらい濡れたって気になんねえよ」
「そ、そう…」
駄目だ、勝てる気がしない。
なずな君、恐ろしい子…!
「てか、なんでついてくるんだよ」
「せっかくだから一緒に帰ろうと思って…」
露骨に嫌そうな顔をされたけど、気にしない。
私、気にしない。
「そういえばなずな君って学校では女そぐふっ!」
「お前空気読めよ」
いきなり腹パンはないだろ…。
この子、容赦ないぞ…。
「いや、気になったからつい…」
「あの人がそういうの好きだから付き合ってやってるだけだ。学校では普通の男子校生だ」
「あの人って…?」
「母さんに決まってるだろ」
「そ、そっか…。お母さん好きなんだね」
「……。」
あれ、なんだろう。
なずな君の顔がこわばっているような気がする。
もしかして…、触れちゃいけない話題だったのかな。
怒らせちゃうと悪いし、ちょっと褒めておこうか。
「でも、あれだね。なずな君って可愛いよね、羨ましいよ。私さ、フリルのなずな君も今のなずな君も好きだよ」
「………。」
なずな君が何故かこちらを凝視している。
…しまった、「可愛い」って言っちゃ駄目じゃんか!
だってなずなくん、男の子だもん!
「ごめんごめん!今の間違い!かっこいい!うん、かっこいいよ!」
慌てて訂正をする私に、なずな君がため息をつく。
「傘」
「かさ?」
「その傘だよ、地味なやつ。貸せ、もしくは入れろ」
「あ、うん。どうぞ」
なずな君を傘の中に入れてあげると、いつもの仏頂面を前に向けた。
駅に着くまでこちらを向くことはなかった。
駅に着く頃には雨も止み、傘の必要性がなくなった。
なずなくんは傘を私に返すと、颯爽と人ごみの中に消えていった。
なずな君ってよく分からない子だなぁ。
多分悪い子じゃあないんだろうけど。
思春期だし、仕方がないのかな。
ため息をつき、空を見上げると赤い夕日が眩しく光っていた。
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