月夜里2

妄想執筆家と人形職人のおはなし

【私達の日常5】

私はよく変わり者だといわれる。
だが知っておいてほしい。
上には上がいるものだ。

「ん?」

頬に一瞬何か違和感を感じ、思わず足を止めて空を見上げると、大粒の雪が上から降っているではないか。

「どうしたの?」

私より数歩先に歩いていた大原こと、夢見る暴走物書きがこちらを振り返る。
私が上を見てみるように首で促すと、彼女は不思議そうに上を見上げ、そして「うげぇ」と悪態をついた。

「うわぁ、雪が降ってるね」
「結構大きいな」
「このまま降り続けたら積もっちゃいそうだね」
「なんだ、嫌そうだな」

正直、彼女が嫌そうな顔をする理由が思いつかなかった。
むしろ、「小説のネタにしよう」とはしゃぐのではないかと想像していた。
彼女は私の問いに苦笑しながらこう答えた。

「そりゃあ嫌だよ。積もったら動きにくいじゃん。靴下まで入ってきたら気持ち悪いし」

なるほど、意外にも一般人と同じ思考も持ち合わせていたか。
好んで私の近くにいるものだから、変な思考回路しか頭にないと思っていたがそうでもないようだ。

「そうだな」

私は言葉とは裏腹に積ってくれないだろうかと祈っていた。
雪を見るなんて何年ぶりだろうか。
昔は雪が降ると母さんとよく雪だるまを作ったものだ。
昔の思い出に浸っているとだんだん雪だるまが恋しくなってきた。
空をもう一度見上げる、まだ雪は降りやまなさそうだ。

―もしも、もしもの話だ。
この雪が積ったら大きな雪だるまを作ろう。
この大学はコンクリート部分が多いから綺麗なのが作れるだろう。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

翌日、朝起きてカーテンを開けるとそこは銀世界だった。
正直ここまで積るとは思っていなかったが多いに越したことはない。
私は早速大原にメールを送った。
流石にこの量を私一人で相手するのは厳しいものがある。
あの大原のことだ、きっと来るに違いない。

「学校前に来い。手袋必須」

これでよし、と。
メールを送信し終えた私は早速暖をとれる服を探した。
流石にいつものあの服装では凍えてしまうだろう。
興奮するあまり思わず笑いがこみあげそうになる。
いったいどんな雪だるまが作れるだろうか。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

大学から私が今住んでいるところからは至極近い。
父の計らいか、それとも何か他の意図があるのかは分からないが私がこの大学に入ることになってからはずっとこの近辺で暮らしている。

学校で待つこと数十分、大原がいつものジャージではなくウインドブレイカーに厚手のズボンという恰好でこっちに向かってきた。
彼女が予想していた時間より早く来たことに、表情にまでには出さなかったが驚いた。
家から大学まで5分もかからない私と比べて、大原は一時間以上かかる位置に家があるはずだ。
―実は私と同じく楽しみにしていたのではないだろうか。

「うわぁ、凄い量の雪だね。で、なんの用?」

彼女はなんだか嬉しそうに私に問う。
なんだそんなに楽しみだったのか。

「雪だるまを作るぞ」
「え、はい?」
「大原は胴体を頼む。私は頭をやる。泥はつけるなよ?」
「あ、うん…」
「どうした?」
「いやなんでもないよ…」

なんだか落ち込んでいるようにも見えるがおそらく気のせいだろう。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

雪を触り始めてから数時間後、すっかり日も暮れてしまっていた。
辺りを見渡すと一面真っ白だったグラウンドは3分の2ほど元の地面の色を取り戻していた。
隣では、ぜえぜえと肩で息をしながら大原がへたりこんでいる。

そして、正面には私が小さい頃から夢見ていた砂の一つついていない綺麗で大きな雪だるまが立っていた。

雪の大きさ、目と鼻と口の位置に埋め込んだ石、腕の枝、バケツの帽子、何一つ欠点がない。
私はこの完成度に大変満足していた。

「完成だな」
「やっと…、やっと終わった…」
「素晴らしい出来だな」
「うん…、そうだね…。雪だるまを作るなんて久しぶりだったから疲れたよ…」
「そうか」
「ところでさ」

大原がこちらを見上げて私に問う。

「なんで雪だるまを作りたかったの?さっきまで作ることに必死だったから聞きそびれたけど」

普段なら愚問だと思わず鼻で笑うだろうが、今は機嫌が良かったので彼女の問いに答えた。

「雪だるまも立派な雪の人形だからな」
「あぁなるほどね…、そういう理由だったんだ…」

彼女は苦笑いを浮かべたが、ふっと溜息をつく。

「月夜里さん、今日は楽しかった?」

私は雪だるまと彼女を交互に一瞥する。
私は素直な気持ちを彼女に伝えた。

「あぁ、楽しかった」
「そっか。ならよか…、はっ!」

彼女の疲れきった表情が大きく変化する。
あの爛々とした目の輝き。
おいまさか…。

「うおぉぅっ!ネタが、ネタが今私の元に舞い降りたぞぉお!くそ、何故私の手に紙と筆が今此処にない!こうなったら家に帰ったら早速書かなければ!いや雪の上に書くのも」

荒ぶる彼女に「駄目だなこれは」と私は大きく肩をすくめた。
いつもなら呆れてさっさと帰るところだが、もう少しだけ付き合ってやろう。
今回は特別だ。
なに、たまにはこういうのもいい。

夕日に照らされた雪だるまを見ながら、私は少しだけ笑みを浮かべた。

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