大原香

妄想執筆家と人形職人のおはなし

【私達の日常3】

私には変わった知り合いがいる。
青い長袖セーターにYシャツに明らかにサイズが大きすぎているカーゴパンツ。
顔と同じく中性的な恰好、悪くいえばだらしない。

場所は変わって学外へ。
冬になると大学の教室も廊下も寒く、暖房が部屋に行き渡るまで何か温かいものを食べて熱を取り込んで凌がないと凍え死んでしまう。
このままではまずいと思い、私と月夜里さんを連れてコンビニに行くことにしました。

「一つ聞いていい?」
「なんだ」
「月夜里さんってさ、実は重い病を患っていたりする?」
「…は?」

手を必死に息を吹きかけて温める月夜里さんが怪訝そうな表情を浮かべる。

「何処からその発想が出たんだ」
「いや…、その格好とか性格とか世間外れなとことか」

ああそういことか、と月夜里さんは口には出していないが納得したようだった。

「それは私がものぐさなだけだ。病など患ってはいない」
「そっかぁ、まぁそうだよねぇ」
「なんだその溜息は」
「安堵と落胆の中間が混ざったもんが出ただけ」
「そうか」

月夜里さんが手を口に当てて、ふうと息を吐く。
白い息が、もわっと彼の手のひらから漏れて宙を漂った。

「安堵と落胆が何かは聞かないんだね」
「落胆は私をネタに出来なかったことにたいしてだろう」
「…あはははは」

あれおかしいな、なんでバレたんだろう。

「図星か」
「反省はしてます」
「なら、そのジャージの一つでも寄越すんだな」

私の服装を彼が恨めしそうにじっと見つめる。

上から、耳あて付き編み上げニット帽子にマフラー、いつもの茶色のジャージでその下には白の長袖のタートルネック。
下はジーパンだが普段穿いているものより厚めの生地だ。動きにくいがとてもぬくい。
さらにそのジーパンの下には黒のハイソックス、手袋も装備している。

Yシャツに青いセーターを着て、下はカーゴパンツのみだけの月夜里さんからしたら私の恰好が羨ましいのはまあ至極当然のことだと思う。

「よっぽど寒いんだね、その格好。もっとあったかい格好をしてくればいいのに」
「…余計なお世話だ」

それは鼻水を垂らしてまでいうことなのかな。
まあ言ったところでこの人は直さないだろうからべつにいいけどさ。

「はいはい。じゃあ私のジャージ貸すからこれで我慢してね、月夜里さん」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「もしもだ」

私が貸したジャージと、私から強奪したマフラーと手袋でぬくぬくしていた月夜里さんは突然口を開いた。

「ん?」
「私がそうだと言ったらどうした?」

最初、何について言っているのか分からなかった。
しばらく考えた後に「ああ、さっきの話か」と思い出した。

「うーん、やっぱ納得しちゃうかなぁ。そっちのほうがなんていうか現実味があるというか、しっくりくるというか」
「漫画や小説、ドラマ等の見すぎだな」

ごもっともです、月夜里さん。

「でもまあね、健康で良かった。そっちのほうが私の知っている月夜里さんっぽいよ」

私はそう言うと両手で持った肉まんを頬張る。

「…ていっ」
「んぐ!」

見事に月夜里さんの膝カックンが決まった。

「ちょ、肉まんを喉につまらせるとこだったよ!?」
「いやすまん、ついやりたくなった」

月夜里さんは真顔で答えた。
くそう、申し訳なかったという表情ぐらい欲しかったよ。

「…まったく」
「それより何を一人で食っているんだ。私にも一つ寄越せ」
「えー、あんまんでいい?」
「つぶあんなら許そう」
「…普通あんまんはこしあんしかないんだよ」

肉まんとあんまんを頬張りながら今日も一日が過ぎていく。

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