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宝塚歌劇花組「アデュー・マルセイユ」(2007年9月)

 サヴォン・ド・マルセイユ(マルセイユ石鹸)とは、うまいこと考えたものだ。ジェラール(春野寿美礼)とシモン(真飛聖)の少年時代の思い出と共に語られるその工場は、かつてマリアンヌ(桜乃彩音)の父が経営していた。マリアンヌとジェラールは、経営者のお嬢様とその工場で働く女性工員の息子という微妙な関係にあるのだが、二人ともあまりそのことに屈託を見せない。そんな七面倒くさいことは、石鹸の泡がさっぱり流してくれるのかもしれない。実際、キャトル・レーヴではマルセイユ石鹸を売っていて、けっこう多くのファンが買い求めていたようなのだ。石鹸の香りと共に、ファンは春野の甘い思い出に浸ることになる。…
 冗談はさておき、この設定は、うまい具合に劇の舞台がマルセイユでなければならない理由ともなった。筋のひねりが利いていて、それなりに理屈も通り、何となくいい香りが漂い清潔感がある。暗い過去を持ちながらも本当は誇りとすべき無実であって、密輸の前科のあるギャングを装いながら実は国際刑事機構の捜査官であるというジェラールという存在の清潔感、そして多くのファンは春野の王子様のようなノーブルな雰囲気に重ねることもできただろう。
 ただ、ちょっと清潔すぎたか、ジェラールとマリアンヌの関係は淡すぎる。その関係の微妙さは、いよいよ別れの場面でジェラールがマリアンヌを押し出すように行かせる時に、さてどこに触れるのかと見ていたら、ちょうど腰骨のあたりだったことにも現れたように思う。実に中途半端で何ともいえないスキンシップである。口づけは交わしたが、まだ兄妹のような関係だったのだろうか。絶妙だと思った。
 桜乃は、世間知らずで頭でっかちな愛らしいお嬢様役をうまくこなした。市会議員で家庭教師を務めてくれているモーリス(壮一帆)の下心の見え透いた誘いかけをためらった末に断ったり、女性の参政権を主張する一方でやはり男の手助けがなくては女は自立できないのかと苦悩したりするあたりで、もう少し陰翳が見えれば、深みも出て大人の女を演じられるようになるだろう。
 表の顔は清潔そうな街の浄化委員だが、裏では密輸に関わりマフィアに手を貸す黒幕だったというモーリス(壮)だが、役柄が『DAYTIME HUSTLER』のヘイワードとずいぶん似通っていたのには、がっかり。表の顔でマリアンヌに接する時にも人間的な魅力に欠け、黒幕としても中心人物ではない、損な役回りだった。その秘書か助手のロベールを、扇めぐみが案外かわいらしくアクセントをつけて好演。未涼亜希がマフィアの富豪ジオラモ、やや小柄ではったりがきつそうで容赦がない、本当に悪い奴、という感じをうまく出せていたようだ。
 アルテミス婦人同盟の面々は、花組の若手娘役のホープを集めた形で見ごたえがある。中でも眼鏡をかけてひときわ堅物らしさを出した花野じゅりあが傑作だった。回想の石鹸工場の場面は長くはなかったが、梨花ますみ、絵莉千晶らのきっちりとした演技で時代の雰囲気を感じさせた。病弱のイヴェット(絵莉)が倒れ、そこから母を思うシモン、シモンのために罪をかぶるジェラール、と物語の起点になっていく説得力と味わいがあった。
 愛音羽麗が女役に回って、シモンの愛人ジャンヌ。大胆で気っぷがよくて人情肌のいい女を快演。『舞姫』の好演のせいもあってか、余裕と大らかさが出てきたように思う。次は本来の男役に戻った、大きな役で魅力を全開してほしい。
 これで退団となる鈴懸三由岐がマフィア側のクラウディアで、これもどこかで見たような役どころ。確かにはまり役ではあるのだろうが、最後ぐらい人のいい役でもよかったようにも思う。石鹸工場で一踊りしてくれてもよかったのに。嶺輝あやとは取調官でしっかりと場面を作った。
 次期トップの真飛は、夜の帝王としてのクールで厳しい表情、ジェラールの旧友としての人なつっこさ、酔っぱらい、ジャンヌの尻に敷かれたり石鹸の彫刻を見せたりするコミカルな表情、ジェラールを疑い決別を告げようとする苦悶の表情、と様々な魅力を見せてくれた。ショー『ラブ・シンフォニー』では娘役を従えての花盗人など、舞台の中心となる大きさを存分に見せてくれた。
 ショーで他に目立ったのは、真野すがたの動きのキレ、朝夏まなとのスケールの大きな動き、花野の美しさ、ロケットガールなど野々すみ花の華やかさ、未涼の歌の魅力、絵莉のカゲソロの膨らみと厚みのある声。春野が歌いまくり踊りまくる姿からは、ある種のがむしゃらさを感じさせられ、トート(『エリザベート』)にもエリック(『ファントム』)にも、ぼくは春野の中にこんながむしゃらできかん気な姿を見てきたな、と微笑ましくうれしく思えた。

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