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はかなげなのにドラマティックな魅力~『MIND TRAVELLER』の華城季帆と突然の退団

 華城季帆の退団は本当に残念だ。しかも集合日付けということで、ファンに別れを告げることなく退団というわけで、控えめに言っても、あまり尋常なことではない。同組の若手娘役のホープ、澪乃せいらと同時ということもあって、巷では様々な憶測も乱れ飛んでいるようだ。

 それにしても『MIND TRAVELLER』のパメラはよかった。彼女の歌のすごいのは、歌っている間にどんどん高まっていくのが遠目からも耳からも手に取るようにわかることだ。声そのものは、珠か鈴でも転がしているように軽やかなのだが、それをドラマティックで魅力的なものとして厚みを与える表現力がある。透明感のある歌声なのに、様々な色彩や濃淡を見せてくれる。ただ声が美しいというのではない。一つひとつの言葉が、その意味を一つひとつの音譜に乗って確認されるようにメロディに乗り、その美しい身体の内奥すべてからにじみ出てくるようなすごさがある。

 特別室に入れられてしまったマックスを訪ねたパメラ、自尊心を失わないようにとマックスを勇気づける。しかしその言葉は、本当は自分自身に言い聞かせるようなものだったのかもしれない。それに続くパメラの歌は、呟くように揺れのある声で、朗々と歌うのではなかった。そのことによって、マックスを勇気づけているパメラこそが、本当は淋しくて悲しくて勇気づけてほしくてたまらないということがわかるのだ。パメラの瞳はキラキラとライトに輝いて、「無垢な魂はよみがえって再び歩み出せる…」「あなたの魂が立ち直るのと一緒に、歩んで行ける」と希望につながっていく言葉と共に、歌がどんどん昂揚して、絶唱となっていく。ほんの二、三分の短い歌だったかもしれないが、言葉で綴られた歌詞を何倍もに増幅し、言葉になっていない感情や、感情として意識されていない心の深いところまで表現しえたのは、楽譜にも決して記されることのない、声の揺れの魅力であった。本当にすごい歌が聴けたと、感謝している。

 どんどんマイペースで進んでいくマックス(真飛聖)に、おろおろしながら急速に引かれていくのも、よくわかったし、何よりそのおろおろした感じが本当にリアルで素敵だった。可笑しかったのは、夜の街に一人で出てしまって朝まで帰ってこなかったマックスを、その病室で待っているパメラのいびき。大胆な演出で、いささか微妙な感じもしたのではあるが、それを率直な愛らしさに見せるだけのナイーブな魅力と、正直に言うが、放り出すような脚線の美しさがあったというわけだ。

 パメラは、その経歴や専門分野から、時折驚くような深い含蓄のある言葉を口にする。マックスに対して「生きてる人間として大切だから、言ってるのよ」「あなたは悪いことのできる人じゃない」と、あくまで相手を信じ、共感していることを伝える言葉である。

 医師リチャード(未涼亜希)のいささか変わったプロポーズを「ついていくことはできない」と静かに断るのも、短い時間の間によくよく考えたことをわからせることのできる表情をしていた。何か選択を迫られれば、必ず堅実なほうを選び取るような、そういう女性であるようにも思われた。

 パメラが市民病院へ移るというのも、今から思えば、退団を意識してのことだったのか…いや、そこまでの意識はなかっただろうし、暗合ともいえまい。ただ、そういう道を選ぶような女性であったという人物造形は、華城にふさわしいものであるように思われた。

 ジュディ(野々すみ花)が仲間に促されて去るまで、声をかけられずにいる時の表情、ジュディが「あぁ」というように去ったときのちょっとあわてたような表情も、すばらしい。マックスが「一人じゃできない」と言って人生のパートナーであってほしいと言外に匂わせるのに対して、「誰、それ?」とためらいがちに尋ねる時の表情は、演技とは思えないような迫真のものだった。自分に自信がないわけでもないだろうが、人生に対して臆病で、不安で、選ばれることに自信がなく過ごしてきたのかなと、そういう歩みの長さも思わせるような表情、声音だった。

 そして、泣く。これまでの緊張がすべて解けたような、ほどくことがやっとできたことで、泣く。それを目にしてぼくたちは、あぁよかったな、と安堵する。一歩間違えれば、少しタイミングがずれればどうなるかわからなかったような事態の連続だったが、一貫していたのはパメラがマックスを信じ、勇気づける心だったな、それがようやく報われたな、と本当に共に安堵する。

 思い返せば、『マラケシュ』のファティマでも、どこか淋しげなたたずまいが魅力的だった。『ファントム』新人公演のクリスティーヌでは様々な場面でその歌の力が劇の流れを確かなものにした。その歌を聴いていれば、そこに愛があり、思いがあふれているということを感じることができた。

 少しはかなげな空気をまとっているのが気になって、もう少し華やかさが出ればと思い、書いたこともあったが、しかしその何ともいえないはかなげな気配が、大きな魅力だったことも間違いない。そう思っているとダンスの場面では驚くような伸びやかな動きを見せ、改めて腕や脚が美しく伸びてダンスのどのポイントでも素晴らしいスタイルとバランスを見せてくれることにも驚かされたりした。これからという時の突然の退団は本当に残念だが、これが門出であると信じて、見守っていく他はない。
(2006年12月、退団)

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