ミジカムジカ5「にんぎょひめの物語」プログラム原稿

ミジカムジカ5「にんぎょひめの物語~親子で楽しむおはなしの世界」
アンサンブルくれよん
  フルート 田中佑奈
  オーボエ 樋口成香
  ピ ア ノ 丹野桃子、和田悠加

2019年6月2日(日)
アートスペース萌芽ホール

【セイレーン】
 人魚姫はフランス語でLe petite sirène。sirèneはシレーヌ、セイレーン、元はギリシア神話に出てくる、上半身が人間で下半身が鳥の怪物。英語だとサイレンで、ちょっとイメージ壊れちゃいますが、世にも美しい歌声で、そばを通る船乗りたちを岩のそばに引き寄せ、難破させ、殺してしまうという恐ろしい生き物です。ホメロスの長編叙事詩『オデュッセイア』で、イタケー島の王オデュッセウスはセイレーンの誘惑から身を守るため、船員の耳をろうでふさぎ、自分の体をマストにしばりつけました。そのため、セイレーンは自ら命を絶ち、岩になります。しかし、死後もなお、その岩のあたりには美しい歌声が響き続け、通りかかった船を沈没させるのです。セイレーンは、船員(男)を誘惑する危険な存在として描かれています。

【アンデルセン】
 それに対して、皆さんご存知、1837年にアンデルセンが発表した「人魚姫」は、「叶わぬ恋」や自己犠牲を表わす、悲しくつらい物語で、アンデルセン自身の失恋が背景にあるとされています。
 人魚姫が人魚であるための美しい声を失ってまで、王子にめぐりあいたくて人となった、王子が他の女といっしょになってしまえば死んでしまう、王子を殺せば助かって、もとの人魚に戻れる...さぁ、いよいよ王子を! という時に、「でも、そのとき、ひいさまは短刀を波間なみまとおく投げ入れました。投げた所に赤い光がして、そこから血のしずくがふきだしたようにおもわれました。もういちど、ひいさまは、もう半分うつろな目で、王子をみました、そのせつな、身をおどらせて、海のなかへとび込みました。そうしてみるみる、からだがあわになってとけていくようにおもいました。」(1955年発行、楠山正雄訳。※ ひいさま=姫様)
 しかし人魚姫には、霊的救済が用意されています。「目にはみえないけれど、あたしたちは、こどもたちのいるところなら、どの人間の家にもただよっています。そこで毎日、その親たちをよろこばせ、その愛いつくしみをうけているいい子をみつけるたんびに、そのためしのときがみじかくなります。こどもは、いつ、あたしたちがへやのなかへはとんで行くかしらないのです。でも、あたしたちが、いいこどもをみて、ついよろこんでほほえみかけるとき、三百年が一年へります。けれど、そのかわり、いたずらな、またはいけないこどもをみて、かなしみの涙をながさせられると、そのひとしずくのために、あたしたちのためしのときも、一日だけのびることになるのですよ。」(同)

【磯部 俶】
 作曲家の磯部氏(1917-1998)は、長年早稲田大学グリークラブの専任指揮者を務め、新しい子供の歌の創作活動「ろばの会」を大中恩、中田喜直らと結成し、数々の賞を受賞した人です。同クラブ出身の男声カルテット「ボニージャックス」の名付け親としても知られているそうです。
 生涯で700もの声楽曲を世に出し、卓越した叙情性が高く評価されています。作詞作曲した「遥かな友に」は、「みんなのうた」にも取り上げられ、「日本の合唱作品100選」にも選ばれています。

【ドビュッシー】 
(1862-1918)は、1904年ごろに交響詩「海」(1905刊行)、ピアノ曲「喜びの島」を作曲しています。「海」は、葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」にインスピレーションを受けたという説もあり、出版された際のスコアの表紙には、その作品が使われました。(下図)。ドビュッシーは「ジャポニスムを採り入れた最初の西洋音楽家」とも言われています。緻密な情景描写、波の描写を味わっていただけることと思います。オーケストラで絵画のような視覚的効果を追求した意欲的な作品ですが、今日はピアノと管楽器という珍しい編成でお聴きいただきます。一つひとつの音のきらめきが、いっそう鮮やかに聞こえてくると思います。
 「喜びの島」は、ワトーの絵画「シテール島への巡礼」(上、部分)に想を得た作品とされています。シテール島は、エーゲ海にあり、神話では愛の女神ヴィーナスの島。「装飾音やリズムの変化といった技巧を駆使して、きらめくように豊かな色彩の細やかな音を連ね、幻想的な愛の歓びを描き出している」と、評価の高いピアノ曲です。
 なお、このころドビュッシーは、W不倫の果てに妻が自殺未遂、離婚・再婚、揚句、多くの友人を失うなど、北斎の波どころではない怒涛の日々を送っていたようです。

【フォーレ】
 (1845-1924)は、9歳で古典宗教音楽学校入学、中世、ルネサンスからバロックの古い音楽を学び、サン=サーンスに師事、教会のオルガニストになります。
 1871年にフランス国民音楽協会の設立に参加しています。この年普仏戦争(プロイセン+ドイツ諸邦対フランスの戦争)に敗れたこともあり、ナショナリズム的な機運が高まり、重厚で苦悩に満ちたドイツ音楽がクラシック音楽の王道とされていたことに反発し、フランスならではの音楽を樹立しようとした運動です。
 そんな中で、フランスの音楽家たちが注目したのが、一時代飛び越した、中世・ルネサンスのフランスで盛行した音楽でした。ルネサンス音楽は、一般にイギリス、イタリア、フランスで発展し、ドイツでは成熟しなかったことから、ドイツへの反発がバロック以前の音楽に向かったことはうなずけます。フォーレのシチリアーノは、もともとチェロとピアノのために書かれたものですが、今はフルートで演奏されることが多いようです。今日はオーボエでお聴きいただきます。美しいメロディはシチリア島起源の舞曲を元にしたもので、ルネサンス風の古風なスタイルを持っています。

【サン=サーンス】
 (1835-1921)は、革新的だとか保守的だとか、毀誉褒貶の激しい、評価の定めにくい作曲家ですが、つまりは音楽の潮流が激変する時代にあって、長生きだったということではないでしょうか。本人も「私は最初の頃は革命家と言われた。しかし私の年齢になるとただ先祖でしかあり得ない」と友人に書き送っていたようです。
 「動物の謝肉祭」は、「白鳥」など、サン=サーンスの中では最も有名な曲ではないでしょうか。1886年に、友人のプライヴェートな夜会のために作曲されたもので、他の作曲家の作品のパロディ的なものもあることから、生前は出版されなかったようです。サロン文化特有の、内輪で楽しむ音楽だったんですね。
 「水族館」は、コマーシャルや映画・ドラマにもよく使われていて、謝肉祭で大きな水槽が運ばれていく様子と印象を描写した曲とされていますが、むしろ水の中の景色のように思えませんか。印象的な高音部は、もとはアルモニカ(グラス・ハーモニカ)で演奏するよう指示されていますが、あまりに稀少な楽器のため、チェレスタで代用されることが多いようです。今日はピアノの高音でお楽しみください。

【ライネッケ】
 (1824-1910)は、ドイツロマン派の作曲家で、ブルックナーと同い年、ブラームス(1833生)より約10年年長、ワーグナー(1813生)より約10年年下です。
 このソナタは、美しき水の精霊ウンディーネと騎士フルトブラントの悲恋を主題とした、フリードリヒ・フーケの小説『ウンディーネ』に想を得て作曲されたものです。ウンディーネはドイツ語で、フランス語ではオンディーヌ。この小説は、騎士フルトブラントのほうが、絶命して終わります。フルートとピアノだけとは思えない、ダイナミックな曲調です。
 ラヴェルの「夜のガスパール」にも、ドビュッシーの前奏曲第2集にも「オンディーヌ」と題された曲がありますので、聴き比べてみるのも一興かと。

【シューマンとリスト】
 シューマン(1810-1856)作曲、リスト(1811-1886)編曲の「献呈」という曲、元はシューマンの歌曲集「ミルテの花」の第一曲です。1840年、クララ(1819- 1896)との結婚式の前夜にクララに捧げた曲だそうです。この編曲によるリストの演奏を聴いたクララは、「原曲の良さを台無しにしている!」と怒ったそうです。リストに対する漠然とした(?)苛立ちがあったからではないでしょうか。そういえばショパン(1810-1849)も晩年、リストについて「あの人は、自分の爪あとを残さないと気がすまない性格だ」と書簡に書いていたそうですが、リスト風の味付けが濃すぎるということだったんでしょうね。
 リストは他の作曲家の作品を、よくピアノに編曲しています。ベートーヴェンの交響曲全曲のピアノ編曲という荒技もやってのけた人です。ものによっては、リストらしい超絶技巧を駆使して原曲の味わいを失っていると言われ、また中には演奏効果が高まっていると評価されるものもあるようです。
 この「献呈」のように歌曲を編曲したものは、メロディの美しさ、親しみやすさと、華麗なピアノ・テクニックによって、聴きごたえのあるものになっている場合が多いようです。

【愛の夢】
 有名なこの曲は、「3つのノクターン(夜想曲)」の第3番です。実はこの曲はリスト自身の歌曲を自ら編曲したもので、原曲は、フェルディナント・フライリヒラート(1810-76)という詩人の「O lieb so lang du lieben kannst(おお、愛せるだけ愛してください)」という詩に曲をつけたものです。

  おお 愛しなさい、君が愛せるだけ!
  おお 愛しなさい、君が愛したいだけ!
  その時は来る、その時は来る
  君が墓の前に立って歎く時が

  覚えておきなさい、君の心が燃えることを
  愛を抱き、愛をはぐくむことを
  愛の中で別の心が暖かく刻まれている限り

  君の心を信頼してくれる人には
  君は彼に、できるだけ、優しくしてあげて下さい
  彼にいつも喜びを与えてください
  彼を決して悲しませてはいけません

  君の言葉には十分注意しなさい
  邪悪な言葉は簡単に出てきます
  神よ、邪悪ことを思っているわけではりません(と言っても)
  彼は嘆いて去ってしまいます
           (ウェブサイト「Musica Classica」から)

 リストがこの曲をピアノに編曲したのは、ショパンが亡くなった翌年でした。もしかしたら、ショパンとの永遠の敬意と友情を記念するために、超絶技巧的な編曲を抑えて、ショパンらしい抒情的な美しい曲に仕上げたのかもしれません。
 
じょうねんしょうぞう 本シリーズの企画運営。神戸女学院大学・近畿大学等でアートマネジメントや舞台芸術の非常勤講師を務める。専門はダンス批評。音楽は素人なので、厳密なところについては、ご容赦ください。

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