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グランジ四天王の裏で輝く名盤10選

 80年代の終わり、シアトルのアンダーグラウンドシーンから誕生したグランジロックは、それまでの煌びやかでマッチョなロックのイメージを完全に変えました。シリアスな歌詞、荒く歪んだギターサウンド、古着を多用したラフなファッション。90年代にはNirvanaPearl JamSoundgardenAlice In Chainsがグランジ四天王としてブームを牽引し、30年が経った現在でもロックのアイコンとして強い印象を残し続けています。

 今日は、そんなグランジブームの中で大成功を収めることはできなかったものの、現在でも輝き続ける隠れたグランジの名盤を10枚ご紹介します。主に「グランジの有名どころは知ってるけど、それ以外のバンドはあんまり知らないかも!」という方がグランジをディグる助けになれば... という感じの記事です。

グランジの歴史をおさらい

 と、その前に少しグランジの歴史をおさらいしておきます。グランジの起源として、最も重要なバンドが1983年にワシントン州で結成されたMelvinsです。彼らは元々Jimi HendrixやThe Whoなどのロックを演奏していましたが、パンクやハードコアなどもコピーするようになります。さらにそこへ、AC/DCやBlack Sabbathといったハードロックの要素も組み込み、初期のグランジが形成されていきます。彼らのようなバンドが同じ時期にシアトル周辺でいくつか生まれました。1984年にはGreen RiverSoundgarden、1985年にはScreaming Trees。そして、それらのバンドが所属したグランジにおける最重要レーベルであるSub Popが1986年に誕生します。

 一方カリフォルニアでも同じようなムーブメントが巻き起こり、シアトルのシーンと互いに影響を与えていきました。ハードロックとパンク・ハードコアの融合を目指した初期のバンドとして、Black FlagMinutemenなどがいます。Black Flagのグレッグ・ギンはカリフォルニアを拠点にSST Recordsを立ち上げ、Sonic YouthHüsker Düなど、後のグランジに影響を与えたオルタナティブ・ロックバンドを輩出していきます。

 このようにしてアメリカ西海岸周辺のアンダーグラウンドシーンは着実に勢力を伸ばしていきました。そんなシーンの後の運命を変えたバンド、Nirvanaが1987年にシアトルで結成されます。Nirvanaのフロントマンであるカート・コバーンは元々Melvinsのリーダーであるバズ・オズボーンとFecal Matterというバンドをしていました。この時のデモテープをクリス・ノヴォセリックが気に入り、後にカート意気投合。Nirvanaが結成されます。彼らが1989年にリリースした「Bleach」はインディーズバンドのアルバムとしてはかなり注目を集めます。1990年にはアメリカのメジャーレーベルであるGeffen Recordsが彼らに目をつけ、子会社であるDGC Recordsから2枚目のアルバム、「Nevermind」をリリースします。

 Nevermindに収録されたSmells Like Teen Spiritは、PVと共にMTVで何度も放送され、当時のメインストリームのロックに飽きていた若者に大きな衝撃を与えました。カート・コバーンはハードロックやパンクだけでなく、The BeatlesやABBAなども愛聴していました。彼の作る楽曲やメロディーは確かにパンクやハードロックから影響を受けたサウンドではありますが、同時に誰もが愛せるキャッチーさやポップさも持ち合わせており、ロックを聴かない層も彼らの曲に熱中していきました。そして、Nirvanaの人気と共に、シアトルのアンダーグラウンドシーン出身のバンドも注目を集めます。Pearl Jam、Alice In Chains、Soundgardenなどのアルバムも次々に売れ、Nirvanaと共にグランジ四天王と呼ばれました。グランジの人気はカートが自殺する1994年ごろまで続きました。非常に簡単ではあるのですが、とりあえずグランジの大雑把な歴史はこんな感じです。

 大変お待たせしました。それではそんな四天王の裏に隠れたグランジの名盤を10枚、時代を追いつつ、完全に自分の好みでご紹介します。公式でYoutubeに動画が上がってるものに関してはそちらも一緒に貼っておきますね。 

1. Green River - Dry As a Bone(1987)

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連続殺人犯で「グリーン・リバー・キラー」と呼ばれたゲイリー・リッジウェイからバンド名をつけられたGreen Riverは、Pearl Jamのメンバーであるジェフ・アメン、ストーン・ゴッサード。Mudhoneyのマーク・アーム、スティーヴ・ターナーなどが各々のバンドをやる以前に組んでいたバンドです。そしてこちらは、彼らがリリースしたグランジにおける最初期のEPです。初期グランジにおける非常に重要な作品で、どのようにしてハードロックやパンクがグランジと姿を変えていくのか、その移り変わりがよく見えます。このEPをリリースした翌年の1988には1stアルバムを制作しますが、制作段階からメンバー間の仲が悪くなってしまいました。どちらかというとメタルが好きで商業主義的なPearl Jam組と、インディーズであることを重要視して、パンク的なサウンドの方が好きなMudhoney組に分かれての対立でした。結局アルバムは完成したものの、リリースされたのはバンドが解散した後のことでした。

 サウンドに関して。かなり荒削りではあるものの、後のPearl JamやMudhoneyにつながる要素を強く感じることができます。全体的なサウンドやスピード感はかなりハードコア的で、Mudhoneyっぽいですが、「Unwind」や「P.C.C.」ではPearl Jamのように、ブルース直系のハードロックっぽいギターフレーズが炸裂しています。

2. Mudhoney - Superfuzz Bigmuff(1988)

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※1988年版のオリジナルの「Superfuzz Bigmuff」ではなく、1990年にリリースされた「Superfuzz Bigmuff Plus Early Singles」を元に話をします。

 Green River解散後、マーク・アームとスティーヴ・ターナーが新たに結成したMudhoneyは、よりハードコア・パンク色の強いサウンドでカート・コバーンをはじめとした後発のグランジバンドに大きな影響を与えました。ビッグマフやファズを極限まで歪ませた極端にヘヴィなサウンドではありますが、不思議とGreen Riverの頃よりもバンドサウンドとして綺麗にまとまり、引き締まった印象を受けます。ダン・ピーターズによる丁寧なドラミングと、タイトなサウンドのスネア、ハイハットがいい仕事をしています。スティーヴ・ターナーはこの時期、タイトル通り3rd期のビッグマフを使用していたようです。アイコニックなジャケットからもわかる通り、音楽以外のセンスもグランジバンドの中ではかなり抜きん出ている印象です。

3. Screaming Trees - Buzz Factory(1989)

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 シアトルから150kmほど離れた小都市、エレンズバーグで1985年に結成されたScreaming Treesが、1989年にリリースしたアルバムです。ハードロックとサイケデリック・ロックを融合させたサウンドは、グランジシーンの中でも独特なサウンド。1992年にリリースされた「Sweet Oblivion」の方がよりポップでキャッチーなサウンドですが、今作はScreaming Treesのルーツと、グランジサウンドの融合が最も見事に調和したアルバムではないかと思います。とにかく一つ一つのギターサウンドやフレーズが丁寧で気持ちが良い!「Black Sun Morning」や「The Looking Glass Cracked」の印象的なギターリフにキャッチーなボーカルメロディが乗る感じなど、CreamやJimi Hendrix Experienceのようなサイケデリックロックや、ブルースロック的な良さがあります。大人びて冷静なサウンドはこれから歳を重ねてもずっと聞き続けられそうな、グランジというジャンルを超えた普遍的な魅力を含んでいます。

4. Jane's Addiction - Ritual de lo habitual(1990)

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 90年代に入るとグランジも、普段あまりグランジとして扱われないオルタナアルバムも、かなり豊作になっていきます。Jane's Addictionもグランジの文脈で語られることは無いバンドなのですが、個人的にめちゃめちゃ好きなアルバムなので紹介させてください。Jane's AddictionはRed Hot Chili Peppersで一時期ギタリストとして活躍していた、デイヴ・ナヴァロが組んでいるバンドとして有名です。かなり高い技量を持ったメンバーによる、ハードロックとファンクを混ぜた軽快なサウンドが特徴です。サウンドは陽気な雰囲気が強くあるものの、メンバーの家族の自死などが歌詞のテーマとして散りばめられており、グランジ的なシリアスさも多分に含まれています。面白いのはこのアルバムの構成で、前半は軽快なファンクメタルの楽曲が並びますが、後半はプログレッシブロックやクラシック、さらには民族音楽的なアプローチなどが散りばめられたオーケストラ主体の楽曲になっており、かなり予測不能なアルバムとなっています。かつて存在したイギリスの音楽誌、セレクトは90年代のベストアルバムという企画で、この作品を5位に選出し、「(Nirvanaの)Nevermindはこの作品なしでは誕生しなかった」と残しています。いわゆるグランジ的なアルバムではありませんが、後のグランジバンドに大きな影響を与えたことには間違い無いのではないでしょうか。

5.Smashing Pumpkins - Gish(1991)

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 グランジ四天王くらい(あるいはそれ以上に)人気と知名度があるのでわざわざ私が紹介するまでも無いくらいの超名盤なのですが、大好きなので紹介させてください。Smashing Pumpkinsがヒットチャートなどでも評価を受けるようになるのはグランジが流行した後、1993年にリリースした「Siamese Dream」からのことです。しかしながら、1stアルバムであるこちらの「Gish」は彼らがリリースしたアルバムの中で最もグランジらしいアルバムであり、このジャンルを知らない人に「グランジサウンドとは何か」を紹介する際のお手本になるくらい、あるあるみたいなものが含まれているアルバムです。グランジではサウンドの特徴として、よく「静と動」という言葉が使われます。クリーンギターによる静かなセクションと、激しいファズギターやシャウトによる力強いセクションが一つの曲の中に混在していることを表しています。Smashing Pumpkinsではこの静と動の対比が後年の作品でもよく使用されるのですが、このアルバムでは0か100かってくらい、その緩急のつけ方が大きいのが特徴的です。グランジではありますが、それ以上にフロントマンのビリー・コーガンのメロディメーカーとしての側面が、このアルバムでも存分に発揮されています。アコースティック楽器による優しいサウンドの曲もバランス良く収録されており、特に「Rhinoceros」や「Daydream」は後年に発表された名曲にも全く負けない、グランジ史における珠玉の名曲です。

6. Babes in Toyland - Fontanelle(1992)

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 ミネソタ州出身の3ピースガールズバンドであるBabes in Toylandが1992年にリリースしたアルバムです。同時期にグランジをやっていたガールズバンドのL7Holeのメンバーとも関係がありました。1992年の作品ではありますが、サウンド的にはかなり初期のグランジっぽく、特にギターのサウンドがMudhoneyを彷彿とさせます。さて、このBabes in Toylandというバンドはライオット・ガールというジャンルで語られることもあります。ライオットガールというのは1990年代に、グランジと同じワシントン州や、ワシントンD.Cなどから生まれた運動です。女性のバンド、アーティストによるフェミニズムの運動で、男性優位の社会に対する怒りや、レイプ、近親相姦などの問題に取り組んでいました。Babes in Toylandはライオット・ガールの活動家というよりも、後進の活動家のインスピレーションになったという感じですね。しかしながら歌詞やサウンド、ライブパフォーマンスは相当過激でした。ギターボーカルのキャット・ビーエランドがベビードール姿で激しいグランジを演奏する姿はHoleのコートニー・ラヴと比べられることもあったようです。アルバム全編にわたって荒いファズとシャウトが続きますが、時折挟まれる子どもらしいあどけなさのある歌唱がアクセントとなり、キャット・ビーエランドのボーカルとしての非凡な才能を感じます。

7. TAD - Inhaler(1993)

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シアトルのグランジシーンではかなり初期の段階から活動している、先輩格のバンドです。サウンドはかなりハードロック・ヘヴィメタル寄りで、オルタナティヴ・メタルとして扱われることもあります。同時期に似たサウンドをやっていたバンドとして、ニューヨーク出身のHelmetなどがいますが、こちらの方が若干ポップな印象を受けます。「Inhaler」ではDinosaur Jr.のJマスキスがプロデューサーを務めていますが、そのサウンドワークは評論家からも高い評価を受けています。TadはSub Popと最初に契約したバンドの一つであり、NirvanaやSoundgardenのツアーに帯同したりと精力的に活動します。後にはワーナーグループのレーベルから何度かメジャーデビューをしますが、セールス面で伸び悩み、1999年に解散してしまいます。

 主にミックスエンジニアをしている人の間で、芯があるけどしっかり他の楽器と調和し、まとまりがある音に対して、「グルー感」という言葉が使われることがあります。個人的にTadのサウンドは、ボーカルのタッド・ドイルの声質含め、全ての楽器に強いグルー感を感じます。全ての楽器に芯があり、しっかりと主張をしているけれど、他の楽器の美味しい領域を一切邪魔することなく調和している感覚です。ASMRのような中毒性のあるサウンドがたまりません。

8. Failure - Magnified(1994)

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カリフォルニア出身のFailureは1992年にスティーヴ・アルビニと制作したアルバム「Comfort」でデビューします。しかし、完成度に満足しなかったボーカルのケン・アンドリュースは完全なセルフプロデュースによるアルバム制作へと活動をシフトしていきました。1994年にリリースされたこちらの「Magnified」と1996年にリリースされた「Fantastic Planet」は高い評価を得るものの、セールスには繋がりませんでした。初期衝動や勢いのある、良くも悪くも荒削りなグランジバンドが多い中、Failureのサウンドはとにかく大人びていました。捻くれたコード進行、緻密に練られた曲構成、ボーカルの渋い声質。楽器の音も一つ一つ、非常に綺麗に音作りがされています。後年、ケン・アンドリュースがエンジニアとして大成し、映画「007/カジノ・ロワイヤル 」の主題歌の制作に関わったりしていることからもわかる通り、サウンドプロダクション的にも非常に優れたアルバムです。個人的にグランジのアルバムで最も好きな作品です。

 昨年、最新アルバムの「Wild Type Droid」がリリースされました。「Magnified」の頃とボーカルの質感や全体的なバンドの雰囲気は変わっていないのですが、エレクトロニカ、アンビエントといった要素が強く取り入れられたサウンドになっています。「Fantastic Planet」の頃からその兆候はありましたが。この豪華で壮大な感じは好き嫌いが分かれるかも。

9.Malfunkshun - Return to Olympus(1995)

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 Malfunkshunは経歴が特殊なバンドです。こちらのアルバムは1995年にリリースされましたが、バンド自体は1988年に解散しています。1980年、当時14歳だったアンドリュー・ウッドと、兄のケヴィン・ウッドにより結成されました。グラムロックから影響を受けたファッションなど、当時の他のグランジバンドとは異なった出立ちで話題になるものの、程なくしてアンドリューの薬物問題により1988年に解散してしまいます。同じく1988年に解散したGreen Riverのジェフ・アメン、ストーン・ゴッサードとともにMother Love Boneを結成します。こちらでの活動が順調に行くかと思いきや、1990年にアンドリューがヘロインのオーバードーズにより死去。24歳の若さでした。その後、Soundgardenのクリス・コーネルが中心となり、ジェフ・アメンとストーン・ゴッサードなどを誘い、アンドリューへの追悼のためのバンドであるTemple Of The Dogが結成され、セルフタイトルを冠した唯一のアルバムをリリースしました。この作品にコーラスでエディ・ヴェダーが参加したことで、本格的にPearl Jam結成の下地にもなりました。Malfunkshunのアルバムは幻になるかと思われましたが、グランジブームによりアンドリューにも注目が集まり、未発表の曲などを集め、「Return to Olympus」がリリースされることになります。

 派手な衣装で、KISSの影響か顔を白塗りにしていた時期もあるなど、割と当時のメインストリーム的な出立ちだったようです。サウンドも全体的に当時のハードロック・ヘヴィメタルに寄った雰囲気はあるものの、それらとは根本的に違う空気をまとっている感じがします。アンドリューのボーカルが非常に魅力的で、何か強い力で引っぱられるようなパワーがあります。全体的にミッドテンポの曲が続くアルバムではありますが、一曲一曲に個性と違う表情があり、リスナーを飽きさせません。未発表の曲を集めて作った感じはせず、一枚のアルバムとして非常に優秀なのでびっくりしますね。

10.Melvins - Stag(1996)

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 グランジバンドとしてはかなり初期から活動していました。Nirvanaのカート・コバーンはMelvinsの大ファンで、リーダーのバズ・オズボーンと一時期バンドを組んでいました。また、Nirvanaが成功した後も両者の関係は続き、カートが亡くなる一ヶ月前のライブでもMelvinsが前座として出演していたり、その際にはバズに対してカートがNirvanaの展望を話すなど、カートが死ぬまで良好な関係を築いていました。

 ストーナーロックやドゥームメタルとジャンル分けされることもある通り、Melvinsはグランジバンドとして後発のバンドの尊敬を受ける一方、そのサウンドはかなり異彩を放っていました。最も人気があるのは1993年の「Houdini」なのですが、その重たく若干の禍々しさを感じるサウンドが少し苦手(というか、怖い)で、個人的には「Stag」の方が好きです。というのも、このアルバムはMelvinsの中でも最もポップなんじゃないかってくらい聴きやすいです。民族楽器を使用してみたり、ホーンセクションを入れてみたりと、とにかくバンドの遊び心が炸裂しています。「Black Bock」でMelvinsとは思えないくらい優しく、美しいメロディでリスナーの心を掴んだかと思えば、その次の「Goggles」で悪ふざけとしか思えないノイズサウンドを炸裂させるなど、「バズ・オズボーンってこういう人間だよな」みたいなイメージがそのまま音として出力されている感じがします。楽しいアルバムです。

まとめ

 四天王以外のアルバムを紹介すると言いつつ、Pearl Jamのメンバーが所属していたバンドをたくさん紹介してしまいました。今日紹介したバンドの多くがどこかしらで深い関係があったりと、シーンの繋がりの深さを改めて感じました。浅学なので「このアルバム紹介しないの!?」みたいなのもあるかもしれませんがそこはお許しを... マイナーなグランジアルバムはめちゃめちゃあるので、ぜひこの機会に皆さんもお気に入りを探してみてください!

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