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番外:学歴フィルターって

年末のクソ忙しい時期に、ネットニュースで人材募集会社が露骨に学歴フィルターをしている、との記事を見かけたので個人的な所感をつらつら書きます。

学歴フィルターってなんやねん?

今さら何いってんの?

昔から学歴でふるい分けされてますやんっ!

ていうのが最初に感じたことです。

現代は大学に行くのが当たり前の時代ですから、大学の教育レベルで育つ人材が異なるのは当たり前な話です。

採用する側としても、優秀であろうと思われる人材を採用したいに決まっているわけで、その判断基準の最たるものが学歴になってしまっているわけです。

今回の学歴フィルター問題は、露骨に採用ボーダーが分かる大学名と思われる表現を使ってしまったこと。

これが良いか悪いかは別として、その企業の採用意志を明確に示しているわけです。
私自身は、逆にそれはそれでいいと思うのです。
その企業は学歴を重視していますってPRしてるんだから。入りたい人は入るでしょうし。

私が別にそれでもいいと思う理由は単純
・そんな凝り固まった考えで人材採用をする会社は組織として動脈硬化を起こしているのでそのうち崩壊する確率が高いので選択肢から除外できる。
・学歴が仕事ができるかどうかを担保していないから。

ここでネックになるのは就職活動する側です。
新卒採用予定者は、正直こんなこと大学に入ってからでないとリアルとして認識できないと私は思うんです。すなわち、大学に入った時点で既に選択肢が狭められていることが大問題。

この世は学歴で人生決まるん?
っていうリアルを突きつけらてしまうんですよね。

若者が、

人生つまんねえなっ・・・

て思うのは当たり前なわけです。

つい最近ノーベル賞を受賞された真鍋氏が、

日本で生きていくには窮屈

的な趣旨の発言をされたことは日本の社会システムを痛烈に批判していると感じました。

真鍋氏は学歴は十分なお方ですが、日本社会で働きたくないと肌で感じられたわけです。

その根底にあるのが日本の労働思想にあるのかもしれません。

リーマンショック以降、露骨な格差が国民を分断に追い込んでいます。

今までの社会システムが成り立たなくなっているのはみんななんとなく理解しているはずです。

それでも既に構築されている社会システムにしがみついているほうが、人間の性分としては楽なわけで今も分断の溝は深まる一方だと私は考えます。

この社会を変化させるにはやはり政治かクーデターしかないわけですが、日本人の気質としてクーデターを企てることは困難。

政治に期待・・・・できないか笑

皆さんも今一度考えてみてくれませんか。
みんなが考えること、そして行動することで変えることができる社会があると私は信じています。


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