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蔵の本棚に



秋名は予知夢を見る。
それも、何度も、同じ内容を。

愛するひとに最初に出会ったときの夢は、今でも鮮明に覚えている。
それは秋名の歳がまだ十一のときのことだった。

夢の中で行動を変えると、未来も変わる。
だから探さなければならない。
愛するひとが泣かない未来を。


――

気付いたとき、秋名は本に囲まれた室内に居た。
どこだここは、と焦ったが、ああいつもの夢か、とすぐに冷静さを取り戻した。

このような時、最初にやることは“いつ”のことであるか、を知ることである。
場所も非常に気になるが、まずは自分を確認することにした。
随分と、普段と様変わりしている。

腕を見た。
血管が浮き出た、大人の体だ。父親ほど老けているわけではないが、一番上の兄と同じくらいの年齢であろうか、という程度にしか判断できない。
よく殴る似ていないその兄は、確か二十二だったと記憶している。秋名は今十一であるから、つまりここは十年も先のことのようである。
ここまで成長した夢をみたのは初めてだ。

かなり品質の良い、高価そうな着物を着ている。
そしておや、と思った。
視界が鮮明で、見やすい。
これは、なんだ?と顔に手を触れる。薄い楕円のものを耳と鼻にかけている。繊細な物のようであり、壊すことのないように、ゆっくりと外した。ずいぶんとぼやけた視界になる。この道具は、視力を良くしてくれるものらしい。そんなものがこの世にあるのか。

とにかくわかったのは、自分が随分と大人であること。
そして、非常に裕福さを感じさせる服装をしており、見たこともない道具を使い、本に囲まれた、とてもと良さげな室内にいる、ということだ。
こういう未来が、存在する可能性があるのだな。
どこをどうしたらそうなるのだろうか?自分の親が一山当てたとしても、自分にはまわってこない確信がある。
ここは自分の住んでいる村ではないような気がする。

がたっと音がしたので、秋名は身をこわばらせた。
出入り口の方である。誰かが来たのだ。固唾を呑んで待っていると、扉が開き、女が入ってきた。
見たことのない、白い服装を身にまとっていた。
女は緊張したような面持ちで、秋名のことを見ている。

秋名は自分がぽかん、と口を開けていたことに気が付いた。
女の、その姿に見惚れていたのだ。
綺麗だ。と最初に思った。そして、可愛い。好みだ、とも思った。

女は出入り口で、こちらのことを伺っている。
自分を訪ねてきたのだとようやくわかり、秋名は立ち上がって女と向かい会った。そして、さらにどきりとすることになった。
自分の背が、思った以上に高かったのだ。
女がこちらを見上げている。緊張し、困ったような表情で。

「あの」
かわいらしい口がもごもごと動いた。
秋名はくらくらするような感覚に襲われていた。
「私、帰る方法が知りたくて・・・紹介されて、ここに来たんですけど・・・」
非常に言いづらそうに話している。

帰る方法?紹介?
なんとことだかさっぱりわからないが、そういえば自分も同じようなものかもしれないな、と秋名は思った。これが夢で、予知夢だということがわかっていても、目を覚まそうとして覚ませるものではないからだ。
もしかしたら、彼女も同じ状況、などということがあるかもしれない。
誰に紹介されたのかも気になる。まずは聴いてみないことには始まらない。

中に招き入れて話を聴いてみると、彼女は未来からやってきたらしい、ということがわかった。
しかし自分の意思で来たわけではなく、帰る方法もわからないのだという。途方に暮れていたところ、この村の陰陽師である匡靖という人物に、秋名を頼るようにと言われ、ここへやってきた。ということだった。

話を聴いただけだというのに、彼女はとても感謝していた。
変な人間だと思われてしまうかもしれないと、緊張していたと言った。
確かに一般的な・・・いや、秋名の里と同じような考えを持つ者が聞けば、変な人間だと冷たくされ、ひどい場合は殺されていたかもしれない。

彼女は俺と同じように、体を置いてきた状態で、「何か」を見ているのかもしれない。
もしくは本当にそのまま、過去へやってきたのかもしれない。
それを確認する方法はわからないし、具体的に何かをしてやれる案はないが、秋名が言えることはひとつだけあった。
どうすれば目を覚ますことができるか、についての答えは、「終わるまで待つ」である。
実際秋名はいつもそうしている。しかし、それを今そのまま伝えては、目の前の不安な顔がさらに不安なものなってしまいそうだったので「できることはやってみる」と伝え、今日は一旦帰って貰うことにした。
彼女のことはとても気になるし、手助けしてやりたい。しかし、まずは自分の置かれている状況を把握し、整理しなければそれも叶わないだろう。

こういったことはたびたび起こるが、基本的に観察していることがほとんどだ。
何度も同じ夢を繰り返して観る。
突然観ていた夢を見なくなることもあるが、現実で当日が来れば、確実に終わる。秋名は過去の夢は見ないのだ。
むやみに動いても仕方がないが、情報は集めた方がいいだろう。

陰陽師である匡靖について考えてみる。
匡靖という名前は今までに聞いたことがない。そして、陰陽師が何なのかを、秋名はそもそも知らない。
匡靖という人物については探った方がいいだろう。
秋名を頼れと言ったそうだが、それは真面目な話かもしれないし、もしかしたらからかうために女を寄こした、という可能性も考えておかなければならない。
そういうことも、ままあるのだ。

ただ、彼女は本当に必死そうだったし、困惑しているように見えた。
何よりこちらはもう一目惚れしているわけだし、騙されているならそれはそれとして過ごす人生も、まあ悪くはないだろう。
鮮明な予知夢を繰り返し見る秋名は、他の同年代よりも、ずいぶん大人びた考え方を持っているかもしれない。

現実と夢を行き来する。
寝たり起きたりを繰り返しながら、秋名は少しずつ状況を把握していった。
時々兄や父に殴られて目を覚ますこともあったが、再び寝るとまた続きからか、場面が飛んでいるかだった。

自分は蔵に住んでいるということ。
夕方にうどん屋が来るということ。
自分は夜に灯籠の見回りをしているということ。
この村はセンビに囲まれているということ。
匡靖というのは自分の師であり、村の実権を握っているということ。
どれも秋名を驚かせる内容ばかりであった。

白をまとった女性が度々蔵を尋ねては来たが、毎日うどんが届く以外の来訪者はほぼなかった。
彼女が握り飯をもってきてくれたときは、本当にうれしかった。
秋名は過去から来ているが、彼女は未来から来ている。
もう少し事態を把握したら、自分の胸の内を話そう。そう考えていたときだった。
事件は起こった。

「秋名さん助けて!」
彼女が、助けを求めて蔵に、自分の腕の中に飛び込んでくる。
「みんな、みんな死んじゃった!」
「!?」
彼女は泣いていた。秋名は大きく動揺した。

外へ出ると村人達が、血まみれになって地面に倒れ、死んでいる。
いったい、何が起こっているんだ!?

そして、背中に衝撃。
目の前に己の内臓が飛び散る。

血を吐いて、倒れた。
ああ、自分も死ぬのだな、と悟った。
傍に駆け寄る彼女が泣いている。
最後の力を振り絞って手を握ってみるが、泣き止みそうにない。

彼女の存在が薄らいでいく。そして、ついには完全に姿が見えなくなった。
おそらく、未来に帰ったのだろう、と思った。

そこで秋名は目を覚ました。
いつもの、塀のなかであった。

・・・自分が死ぬ瞬間を見た。
そして、惚れた女性が消える瞬間も。
自分のように襲われたわけではなかったので、よかった。とそれだけは思った。


――。

あれからもう、四年が経とうとしている。
「くそ、また死んだ!」
目を覚ました秋名を、うるせぇ!と怒鳴る兄が殴った。

くそが・・・!せめて、ここになにか書くものが欲しい!
どう行動をしたときに、何が起こったのかを記録しておきたい。

予知夢は全能ではない。
すべてを見ることはできない。
飛び飛びの状況をつなぎ合わせなければならない。


(了)





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