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ひざまずく

眠れぬ。

山の中。太く丈夫な枝木の上。月の見えぬ夜を過ごすたあらは、ゆっくりと体を起こした。
昼間に寝すぎたかもしれない。天女の気配を探っていると、心地よく、すぐうとうととするのだ。

今は――秋名の気配が強い。
元々強く美しい気配を放つあいつだが、夜はとりわけ強くなる。今夜は月のひかりがない分さえぎるものがなく、山と村ではそこそこ距離があるが、まるで傍にいるようにさえ感じた。

ふとなつかしい名前を思い出すが、声にはださない。

たあらはすとん、と地面に降り立つ。
禍々しきセンビがいつものように漂っている。地を這うそれらを一瞥し、たあらは歩き始めた。

天女がこの山にやって来てから、明らかにセンビの数が増えた。
救いを求めて集まるのだろうな、とたあらは思う。
惨めな人間の残花よ。

センビに触れると、とても苦しい。
しばらくは動けない。下手をすると、数ヶ月血反吐を吐きながらのたうちまわることになる。
まだ死ねぬ。なぜ死なねばならぬ。愛するものを、残しては逝けぬ。
死にゆく人間が残した想いが、胸の内で黒く蠢く。

あたたかい空気がたあらの頬をなでた。
湯が湧き出て、たまる場所だ。ここへは天女がよくやってくる。
だからたあらは、このあたりのセンビは掃除するようにしている。

天女を見たとき。
それはそれは美しいと思った。
だから最初に言った。「こんな場所からは出ておいき」と。

しかし天女はここにとどまっている。
そしてたあらも、できることなら天女とずっと一緒にいたいと思っている。
天女を穢してはならない。

天女がよく腰掛けるあたりについ目が行く。
通り過ぎようと思っていたのだが、センビがそこにいるのが目に入った。たあらは近寄り、黒いもやに、触れる。

「・・・っ・・・・・・」

愚かで痛みと悲しみをともなう心の叫び。
憎悪に支配されていく。
ひざをつき、めをつむり、しばらく耐える――。


🔻世界観・キャラクター紹介

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