ひっかかっているもの[SS]
「どうだ」
「どうだって、何が?」
すっとんきょうな声色が返ってきたので、日向はいらっとした。
「何がって、目の前にいるだろーが」
「泰がいるな」
慎の家から少々離れた、山の中の陽の当たるところで、泰はひっそりと本を読んでいた。そのまわりをメジロが二羽飛んでいる。動物の棲まぬこの山に、どこからやってきたのだろうか。
さらにそこから気付かれぬ程度に離れた場所に、日向と慎はいた。草陰に隠れるようにして、泰をうかがう。いや、うかがっているのは日向だけだ。
慎はのほほんとしている。
日向は慎の態度が不思議でならなかった。
泰は、”何もないところ”から、忽然と現われた存在だ。生まれも育ちもわからんやつなのである。そんな他の世から来た存在を、なぜだか慎は最初から受け入れてしまっていた。
「慎・・・お前、そんなに警戒心のないやつだったか?」
日向の記憶では、慎は警戒心しかないやつだ。慎と日向がこのような仲になるまでにはそれなりに時間がかかったし、現に今も、日向が村に来いと言っても慎は「いやだ」の一点張りだ。
「私としては、陰陽道にかかわるお前の方が、受け入れられると思うんだがなあ」
「どういうことだよ」
日向は声を低くし、うめくように言った。
「私は見たことがないけれども、紙を鳥にして飛ばしたり、馬のようにして走らせたりするんだろう?それは”どこからきたのかわからん存在”ではないのか」
日向は黙った。
陰陽の力。望んだが、持たぬ力だった。
奇異な力を持てなかった自分が、奇異な存在である泰を警戒している。日向は、ぐっと、奥歯を噛み締めた。
「あ、ころんだ」
「は?」
慎の言葉に顔を上げると、泰が着物の裾を枝にひっかけてすっころんでいた。
「なんかさ、おっちょこちょいだよな。見てくる」
困ったように笑って、慎は泰のほうに走って行った。日向は自分の中のわだかまりを感じつつも、そのあとを歩いて追うことにした。
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