一択

元ネタ
http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=436675

彼女は、自らの前でようやく表情らしい表情を見せてくれた。それは笑顔。読み取れる感情は『楽しい』。彼女の中性的で整った顔が笑うものだから、思わずどきりとした。自らの危うさなど忘れて、心を開いてくれたのかと喜びかけてしまったくらいだ。
「君は愚かだ」
言葉と鋭利な口調で、彼の逆鱗に触れてしまったのだと理解し後悔する。これはヤバい。よもや自らの幻覚ではないのかと思うほど、彼女の元で火は炎となっていく。すぐさま回れ右をして、全速力で駆け出した。来る前、佐々木くんが彼女を怒らせないためにも近寄らない方がいいと言ったことを思い出し、今更ながらに同意する。分かってはいたけれど、抜かりのない人だ。急いで走って距離を取っているにも関わらず、目の前には確かに赤い色素が見えている。常に用意周到なのか、あるいは自らがここに来ることを読んでいたのか。走っても走っても、視界は薄赤い。
「……いや、違う」
濃くなっていっている。どうして。
「そんなに怖がらなくてもいいのに」
いつの間にか、視線の先には彼女がいた。ぶつかりかけた自らを、まるで包み込むように受け止められる。捕まった、どうしよう、死ぬ。未だ笑ったままの彼女が手をかざす。意味もないのに、思わず目を閉じた。
「本当に君には、このチカラが色として見えるんだね」
「は、はぁ……」
頭をなでる柔らかい感触とかけられた言葉に、ゆっくりと目を開ける。目の前には変わらず、彼女だけがいた。彼女が、羽山さんが、自らの頭をなでている。滅多にない感触に、くすぐったいような恥ずかしいような気持ちがわき上がる。同時に、されている相手が相手なだけにいつ首を切られるのだろうかという恐怖が体を震わせる。しかし、しばらくすると変わらない手の優しさにどこか安堵する自分を確認して驚いた。こんなにも優しい手つきの出来る人が、評判のように悪い人なのだろか。評判の通りだとすると、この手の優しさも人をだます罠なのかもしれない。混乱も重なって、さっきから感情がひっきりなしに揺れ動く。
こちらの気持ちなど知らず、ひとしきりなでて満足したのだろう彼女は、私の頭から手を離した。意味の分からない行為に、未だなでられているような感触のある頭をさする。
「話には聞いていたけど、半信半疑だったからね。悪いとは思いつつ、試させてもらったよ」
「まぁ、そうしたくもなりますよね。みなさんみたいに、派手で強力なチカラでもないですから」
「派手であることは強力であることとイコールではない。私は、君の能力を評価している」
予想を遙かに上回る好意的な言葉に、照れが勝り顔が熱くなりかける。彼女が唐突に目の前へと出した紙に、熱は一気に下がった。
「私の手帳……!」
私を撫でたのには意味があったらしい。されるがままになっていた自分は、確かに愚かだ。彼女の唇が弧を描く。紙を持っていない方の手は、まるで今から燃やすように下へと下げられた。
「どうだろう。こちらの陣営につくというのは?」

麦茶を買います。