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コーヒーと音楽。

僕は文字が好きな割に小説はあまり読む方ではないのだけれども、このところ獅子文六の文庫本シリーズをついつい買ってしまう。獅子文六は戦前から戦後にかけて活躍した小説家で、最近再評価され続々と復刻されているらしい。装丁に若い人気イラストレーターを使いなんとも可愛らしい佇まいなので若い人も手に取っているそうだ。僕も本の企画者の目論見どおりジャケ買いしてしまっているくちだ。しかしこれがどうして洒脱な文体は実に現代的、話の着眼点など今読んでも新鮮。書店で見つけては購入し、一気読みしてしまう面白さだ。一番のお気に入りはロボッチイヌだ。昭和34年に発表された短編で、話の筋はこんな感じだ。売春禁止法施行以来、日本には性犯罪が増えた。そこで主人公は人間そっくりの肌の温度と容姿をもったロボットを作れば問題は解決するのではと考えアンドロイド型ラブドールを作り上げた。瞬く間に爆発的なヒットになり、仕舞には現実の女性よりこちらの方がいいと結婚する男性も急増する始末である。結婚を破棄されたり仕事を失った女性たちが製造工場を乗っ取り男性型ラブドールを開発し日本全土に性の平和が訪れたというオチである。星新一に通じるユーモアとSF性、手塚治虫のフースケシリーズに通じるエロとナンセンスはツボである。


ある日いつものように獅子文六を探していると、一冊の文庫本が目にとまった。コーヒーと恋愛。装丁は川を背景に咲き誇る桜の写真。あれ?何だこれサニーデイサービスのセカンドアルバム『東京』じゃないか。しかも彼らには同名の曲がある。頭の中を?が何周もする。答えあっけなく判明した。サニーデイサービスの曽我部恵一さんがこの小説から着想を得て曲を作ったということだ。文庫の巻末には曽我部さんによる解説が付いている。装丁はもちろん東京をデザインした小田島等さんだった。コーヒーと恋愛というタイトルがとても好きだったのだけど、なるほど繋がるものだなと自分の趣向の狭さをあらためて感じた。


コーヒーと音楽で思い出したけれど、日本にシアトル流カフェスタイルを広く広めたのは森永のマウントレーニアカフェラッテだった。まだスターバックスが日本に来る数年前の話だ。ジョディー・フォスターを起用し「ジョディーを見たらカフェラッテ」のコピーとともにクレモンティーヌの音楽が流れ広くお茶の間に浸透した。多くの日本人がいわゆるセカンドウェーブコーヒーをただのチルド飲料で初体験してしまったわけだ。同時にこれがカフェミュージック=フレンチ/ボッサ=クレモンティーヌのイメージを築き上げたのではないだろうか。と思ったけれど改めてCMを見てみたら当時の音楽レーベルクレプスキュールを彷彿とさせる流麗なヨーロピアンなポップスで驚いた。元SHI-SHONENやFAIRCHILDの戸田誠司さんによる作だ。ちなみに続編のCM楽曲を同じく元SHI-SHONENの福原まりさんが作・編曲しYOUがフランス語で歌っているのだけどこちらもクレプスキュール度が高い。カフェ=ボサノヴァのイメージはまだここにはない。


高校生の当時はクレモンティーヌのことがあまり好きでなかった。同じフレンチボッサならキャシー・クラレの方が好きだったし、ブラジルで活躍した後、フランスに戻ってボサノヴァを歌うクレール・シュヴァリエに強く惹かれたからだ。ブラジルの女流ギタリスト、ホジーニャ・ヂ・ヴァレンサを迎えて作られたフランスのヒット曲をボサノヴァにアレンジして聴かすアルバム「ブラジル風に(邦題)」はタイトルとは反対に本物しか出せない空気を纏っていた。本物のボッサを聴く自分が何だか少し大人になったような気がして気分が良かったのかもしれない。いずれにしても僕にとってのボサノヴァの入り口で未だによく聴くアルバムになっている。


※この文章はル・プチメックのWebサイトに連載した「片隅の音楽」をアーカイブしたものです。初出:2018年4月


クレール・シュヴァリエ 「ブラジル風に」(SONY RECORDS/1992)

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