会えなくなる前に~ソンドレ・ラルケ大阪ライブレポート~

【Ameba BLOGからの自己転載】

2017-07-24 23:23:58

7月11日(月)大阪Janusでのソンドレ・ラルケのライブに行ってきました。きっかけはツイッターを更新しようと開いてタイムラインをぼんやり眺めていたときに、FLAKE RECORDEの和田さんが「明日は大阪でsondre lerche!駆け込みで前売りはこちらから!」とツイートしていたのを見てしまったからだった。

ソンドレ・ラルケが来日していて、日本でツアーをやっていることは、実際に来る前から和田さんが印象的なポスタービジュアルと共に何度もツイートしていたから知っていた。
気にはしながらも、どの会場も住んでいるところからやや遠いこと、日程をよく確かめずにきっと行けないって思って流して読んでいたことも手伝って、頭の片隅に追いやられていた。
日程をちゃんと確かめてなかったので、大阪での公演はきっと日曜日夜で終わっているだろう、なんていう風に考えていた。

しかし日曜の夕方、和田さんのダメ押しのツイートを見て、「あれ、明日だ。」
そして、明日は関西方面に出張する予定。
「明日なら行けるぞ・・・?」
すぐにYOUTUBEを開いて、「sondre lerche」の名前で音源を探した。
正直岸田さんの紹介などで名前は知っていても、どんな音楽を奏でている人なのかほとんど知らなかったのだ。
立て続けに彼の音源を流しながら、そのへんをうろうろと歩きながら考えた。最後に以前くるり電波で流れた「crickets」という曲を聴いてようやく決めた。
この音楽を聴きたい。彼のプレイを見てみたい。
一度そう決めたら早かった。

行けるなら、行ったらいいじゃないか。
むくむくと湧き上がってきた思いに従って、早速会場に予約の電話をかけた。
ワンコールで女性が出た。
「えっと、明日の・・・サンドレ?レル・・・」(まだ名前の読みすらあやしい)
「ソンドレですね!」
「そう、そのソンドレさんを1枚お願いします」
「キャンセルはできませんが、よろしいですか。」
「はい、大丈夫です。」
会場へのアクセス方法を確認して、電話を切った。
予約してしまった。
もう後には引き返せない。
明日自分は、ソンドレ・ラルケのライブに駆け込みで行くことになったんだ。
急にワクワクしてきた。

「行けるなら、見に行けばいいじゃないか。」
その声が私の背中を押した。
その気軽な声は、他のどんな声よりも大きかった。

「先々週引いた風邪がまだ残ってるぞ、それでも行くの?」
「前みたいに終電が無くなって、カラオケボックスに泊まる羽目になるよ?」
「前売りで4800円はいいけど、行き帰りの交通費がかなりかかりまっせ?」

自分の中で色んな「行くな行くなコール」が上がった。
それでもやはり、行ってみたかったのだ。

明けて翌日。
仕事は早く終わったものの、思わぬアクシデントで出発が遅れ、少し遅れて会場に着くと、どうやらchill状態。
ゲストのプレイが終わった後の休憩時間だったらしく、ソンドレはまだステージに立っていなかった。よかった、間に合った!ハイネケンビールを片手に会場に入ったところで、照明が落とされた。バンドメンバーと共に、ソンドレの登場だ。

いきなり、ソンドレのステージを私の貧しいボキャブラリーで形容するなら、ジェフ・バックリィの美しさとフレディ・マーキュリーの骨太さ、力強さを併せ持った爆発的なステージだった。
その片鱗は徐々にわかってきたのではなく、始まってすぐ一曲目からすでにそれだった。
人の第一印象というのは出会って3秒で決まるというが、まさにその数秒の間にその場にいた全員を虜にしてしまった。
「来て良かった!」昨日の自分を褒めてあげたかった。
ソンドレは、一曲目からフルのテンションで動き回り、全身で歌い、髪の毛を振り乱しながら演奏している。
とにかく歌いながらよく動く。
動いている、というよりも踊っている。
まるで、踊らなければ歌えないかのように。まるで全身で歌うかのように。
岸田さんが3年前ソンドレの前座を務めた時のツイートで、「美しさとロケンロールの狭間。その上サウダージを感じた夜。」と書いていたのを思い出す。
繊細なのかと思えば、いやその響きを骨太なビートが支えている。骨太であるから無骨かといえば、そうではなく、やはり美しい。
骨太なのに、美しい。
くるりの「Long Tall Sally」の間奏からの流れにも繋がるような、きれいで、それでいて骨太で、物悲しい。

ライブに行くといつも思うことがある。
この日もライブを見ながらぼんやりと考えていたことだ。
どこかの清涼飲料水のCMで得た情報だったろうと思うのだけど、人間の体は、約60パーセントかが水分だということ。
ライブで実際に目の前で奏でられる音を全身で受けている時に、自分の体を構成している水が揺さぶられるのを頭のどこかで感じる。それは映画『ジュラシックパーク』で恐竜が近づいてくるのを水の表面に広がる波紋で表現していることよろしく、ライブの現場で響く音が自分の体内の水分を揺さぶっている。ただ鼓膜だけで聴くのではなく、音を全身で受け止めている。細胞ひとつひとつが無防備に、そこでの音楽にさらされている感覚を覚える。そして、当然細胞だけでなく、体の中に細分化されているのか、中心に位置しているのかはわからないけれど、そこに確かに存在する心や魂といったものも揺さぶられているはずだ。心と体とは一体であるから。

その揺さぶられる感覚は、移動中にイヤフォンで音楽を聴いているだけでは得られない感覚であって、自分の部屋でもスピーカーなどで工夫をしてはみるのだけれど、やはり現場での揺さぶりに勝るものはないだろう。
そして、ライブのその場において、揺さぶられている個人が一人である、ということはあり得ない。境遇も違うし、ライブが終わればそれぞれ違うところに帰っていくそれぞれが、いまこの時間同じ音に、同じ声に揺さぶられている。隣でおそらくは彼女に連れてこられてあんまり興味なさそうに先程からあくびを連発しているこの男の、その体をも揺さぶっているのだ。
モノローグとかダイアローグという言葉があるけれど、音楽は生まれついたその時からモノローグであることはあり得ないのだろうと思った。
奏でられた音は聴く者を揺さぶる。
単なる空気の揺さぶりが、人に届いて音楽になる。
(たしかナカコーさんもそんなことを言っていたような。)

ソンドレが踊るように歌っている。
彼はシンガーであるだけでなく、その楽曲の作詞作曲もしている。
彼の頭の中でこの曲がどのようにして生まれ、どのように歌うイメージが出来上がっていたのか。
頭の中だけでは完結しない、彼が歌い、彼が信頼する仲間とともに奏でる音楽が、ライブで聴き手に届けられ、その体を揺さぶる。
そのことで音楽が完成するのだとしたら、ソンドレ氏がほとんど知らないこの極東の島国で、その完成の場に立ち会わせていただいていることが本当に奇跡のようだと感じた。

途中、シャツを脱ぎ捨てて肌着だけになった彼がステージから降りて来て、オーディエンスと一緒に踊り始めた。
通り過ぎるたびに、そこかしこにいるファンとハグをしている。
僕はそれを見ながら、ああ、音楽が聴くものを抱きしめている。そんな姿を思った。

アンコールでは、ひとりでギターも持たずにあらわれ、マイク片手に歌い始めた。
Tシャツを脱ぎ捨てて、肌着だけになった体にマイクのシールドを巻きつけながら歌う姿がとてもセクシーだった。
彼がステージに登場してからの2時間はあっという間に過ぎて行った。

終電が近づいてきたため、二度目のアンコールで出てきたソンドレが歌いながら引っ込んだところで、私も会場を後にした。
帰り際、入り口近くに立っていた和田さんに勇気を出して声をかけた。
「来て、よかったです!」和田さんはありがとう、と言ってくれた。
外に出ると、霧を伝って落ちてくるような小さな雨が降っていたけれど、心軽やかに駅へと向かった。
祝福されたような、満たされた感じが心にあふれていた。
ソンドレがライブの間、始終言っていた「アリガト」「ゲンキ?」の言葉と彼の歌声がこだましていた。

帰り道、人身事故のために乗るはずだった駅から終電車が発車しないと改札で告げられた。
困惑する人々の中から一人長身のサラリーマンが「どないしてくれんねん」と駅員に詰め寄る。普段はきっと温厚そうなお父さんがいっさい瞬きするのをやめてしまった目で、駅員をにらめつけているのも、なんだか違う世界のことのように思えた。

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昨日から今日までの自分の頭の中を振り返る。
彼のプレイを見てみたい。
そう思った私の頭の中には、これまでチャンスがあったのにもかかわらず行けなかったライブのことが走馬灯のように瞬間的に思い出された。

小学生の時、何のつてか親戚からジャミロクワイのチケットをもらった。
「どこかの懸賞で当たったんだけど、こういうの好きでしょ?」
いただいたものの当時は「ジャミロクワイ?」とピンと来ておらず、結局行かずじまいだった自分の愚かしさを数年後に気付いたこと、

とある映画のサウンドトラックで知り、何度も愛聴したジェフ・バックリィが自分が知った時より5年以上も前に亡くなっていたことを知ったこと、
(これは尾崎豊にも、QUEENのフレディ・マーキュリーにも、ジョン・レノンにも当てはまることだけれど)

その後彼が来日した時のLIVE CDを中野のディスクユニオンで見つけて狂喜乱舞するも、どうやって録音していたのかわからないが登場までのザワザワした会場のなかで、「誰よ?ジェフ・バックリィ」「おっ、出てきた出てきた」「えっ、どれ?見えねえ。どれよ?」みたいなガヤがとても鮮明に録音されていたこと、
(ジェフが話しているときも「英語わかんねえ」とぼやき続けていた彼らが、『grace』が歌われた後にぐうの音も出てなかったのは気持ちよくもあった)、

よく近所の散歩道で歩いていたコースに実は有名なライブハウスがあり、名のある若手アーティスト達がそこでしのぎを削っていたことを引っ越す直前に知ったこと、

前に京都音博で呼ばれたトミ・レブレロさんが日本ツアーをやったときに、これまた徒歩圏内のご近所のカフェでライブをやったらしいことを1年後に知ったこと(そのとき自分は何をしていたか思い出そうとするけれど思い出せない。きっと大したことしてない)

元JERRY FISHのJason Forknerが来た時も、当時意中の人をお誘いしてライブに行ったけれど、英語力の差と音楽性の違いであまりうまくいかなかった(たぶんにそれ以外の理由が大きかった)こととか、

ポール・マッカートニーが久しぶりの来日公演を行った時、「君のチケットもとっておいたから」って言ってくれた友達が、直前になって自分の恋人にプレゼントしたとかで、結局行けなかったこと、

2011年の3月11日、ついに京都・磔磔でくるりが見れる!と意気込んで乗り込んだ新幹線が新横浜で停車中に強い地震が起こり、結局そのまま動かなくなってしまったこと、

自分がまだ学生だった頃に比べて、いまはどこで誰のライブがあるのか情報は気軽に手に入る。
それでも、取り落としてきたものを改めて思い出してみると、後悔しかない。
これを書きながら、また若い一人のロックスターが自殺したニュースが流れてきた。彼の声が直接に私を揺さぶってくれることはもうないのだと思うと、とても悲しかった。

だからこそ、いま背中を押されたものには行きたい。
「行ってみたらいいじゃない。」そんな声を大事にしたい。
今年は初めて11回目の京都音楽博覧会に行く。それも、やはりいろいろな条件が「行ってみたらいいじゃない」そう言ってくれたからだ。
あらためて新しい音楽の世界に背中を押してくれた和田さん、そしてソンドレの存在を教えてくれた岸田さん、ありがとうございました。
そして、ライブレポともつかないこの文章を最後まで読んでくださってありがとうございました。

よい週末を。

 

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