いつも世界のどこかで立ち往生
2023年も終わろうとしている頃に、ぼんやりと思った。
「ああ、今年も結局、夢は叶わなかったな」
1年というのはどうしてこうも簡単に過ぎ去っていくのか。振り返っては、うまくいかなかったことばかりに目が向いてしまう。
新年を迎えた今になっても去年と同じ目標を掲げたまま、そろそろどこから手をつけたらいいのか分からなくなってきている。
「私はどうすれば、カミーノの本を出版できるのだろう……」
スペインを800km歩いた
『カミーノ』とは、エルサレム、ローマに並ぶキリスト教の三大聖地『サンティアゴ・デ・コンポステーラ』を目指し、約800kmの道のりを歩く巡礼の旅。古くは951年から1000年以上もの時を経て、約1億人が歩いてきた道だ。
約10年前にカミーノのことを知り、「いつかは行ってみたいな」と心のどこかで思っていたのだが、とんでもなく現実味がなかった。
会社を長期で休むことはできないし、800kmという距離が未知すぎるし、ちょっとやそっとの意気込みでは歩けそうにないぞ……ということで、ふんわりと葬られていたわけである。
しかしながら人間生きているといろんなことがあるもので、とある事件が我が身に勃発し、病んで病んで病みまくってしまった結果、満を辞してと言わんばかりにアイツの姿が脳裏によぎったのだった。
そう、「カミーノ」が……!
ち、違うんです!スピリチュアルとかじゃなくて!
私は病みすぎによりこの世から消えたいほどの気持ちだったので、カミーノに救いを求めた。
いや、救いではない。今の苦しみを更なる苦しみで掻き消すことができるくらい過酷なところに行きたい。そういう思いだった。
私はカミーノに行くことを決めた。
さて、ここで真っ先に浮上するのが「仕事どうするよ問題」だ。
会社にはなんと言って休もうか。800kmを完歩にするには少なくとも1ヶ月が必要だ。そもそも休めるのか? 1ヶ月だぞ? 無理か? 無理なのか?
否! 私は、今行かねばならぬのだ!
しかしながら、超ロングな長期休暇がほしいなんていう、絶対にダメだと言われる案件を上司に伝えるのはすごく緊張する。まず話の切り口が、
「巡礼の旅って知ってますか?」
という、謎のスピリチュアルを匂わす入りだし。
昨日も言えなかった、今日伝えよう。今日も言えなかった、明日伝えよう。そんなふうに同じことを繰り返しながら、ついに私は上司の元へ向かった。
「じゅ、巡礼の旅ってご存知ですか……?」
違います! 違うんです! スピリチュアル案件じゃないんです! 私は心の中で訴えながらも、上司の顔を見ながら自分の想いを言葉に続けた。
「カミーノ? 僕は聞いたことないね。で、休暇がほしいって? 一体その旅は何日かかるの?」
上司は思っていたより安穏な態度で、私のスピリチュアル案件(ではない!)に耳を傾けてくれている。私は、勢いのまま語り続けた。
「僕ひとりの一存では決められないレベルだね。一旦、本部に確認してみることは可能だけど。……どうしても行きたいんでしょ?」
上司〜(涙)! 門前払いも覚悟していたのに、こんなに話を聞いてくれるなんて想像もしていなかった。いやはや毎日緊張した甲斐がありましたわ!
結果的に、夏休み・冬休み・有休・公休をフルコンボにして取得する長期休暇のOKが出たのだった。(っしゃー!)
「1ヶ月間の休みを取るなんて人、この会社で初めてだって、本部の人が驚いてたよ」
笑いながらそう言う上司に、心の中で感謝の土下座をした。
ここからが本題
そういうことで2019年の秋、私の念願が叶い、カミーノの旅を決行した。
日本ではあまり知られていないカミーノだけど、巡礼中にその様子をSNSに投稿すると、予想以上に多くの人たちが圧倒的興味を抱いてくれた。
早朝6時から毎日約30kmを歩いては限界を超え、日を追うごとに変わりゆく私の姿や心境の臨場感は、カミーノという未知の世界と共に、みんなの心の鐘を大きく鳴らしていたように思う。
実際、私の投稿を見てカミーノへ旅立った女性がいたり(知人ではないがDMをくれた)、「いつかやってみたい!」と共感してくれる人がたくさんいた。これまでに知られる機会がなかっただけで、多くの人を魅了する旅であること確信した。
しかし、私がカミーノで経験したすべての内容をここでは話さない。なぜならば、私はそれを書籍として出版し、すべてをそこで伝えたいからだ。
それが私の今かなえたい夢。
しくじり先生〜無知は罪〜
しかし、夢は叶わないから夢なのか。
私は2020年からやんわりと、2021年は更にのんびりと、書いたり書かなかったりしながら過ごした。
2022年には、このままじゃ書き終わらない! と急に必死になり、ついにその年末に原稿を書き上げた(総約300ページ)。
しかし2023年になって気付いてしまった。
原稿を仕上げるよりも先に『出版企画書』なるものを作成して、出版社へ売り込まねばならないということを。
なぜならば、編集者に企画が面白いと認められた場合にのみ話が進み、原稿が必要となるからだ。
しくじった! 私の出版が遅れてしまう!
(できる前提として捉えてしまっている)
誰にも届かない
初めて作り上げた企画書は、今の私が見ても「お主、まだまだ企画書というものが分かっておまへんのう」という感じ。
出版社に送り続けては作り直し、また送り続けては作り直し、という動きをこの1年間続け、私の企画書の完成系は第6世代まで出来上がった。
なんという辛辣な……。
実質92社には断られたようなものだ。
という非情な現実をさまよう中、良い反応をくれたところが2社!
編集者は多忙なため、企画書を送ったとて読まれることさえないとの噂だったが、ちゃんと読んでもらえて反応をもらえただけで、すごく嬉しかった!
しかし、ありがたきその2社では夢かなわず。
それは出版社側の条件と私の希望がうまく重ならない部分があったから。
1社目は、結果的に自費出版と言えるほどの手出し金が必要だった。そうなってくると、商業出版を目指している私の本来の目標とは異なる。
2社目は、書籍の中にカラー写真を挟むことができず、さらにはオンライン販売のみで本屋には置けないとのことだった。こちらは私が妥協できなかった。
しかしながら、どちらの出版社の方も、非常に誠実に対応してくれた印象しかなく、大変感謝している。
何度もメールのやりとりやオンラインミーテイングを重ね、私の意見にしっかり耳を傾けてくれた。ど素人の細かな質問に対しても丁寧に受け答えしてくださり、本当に本当に勉強になった。
”夢を叶える夢を見た”
その後も企画書を送って送って、書き直して書き直してという作業が続く中、私の「カミーノ」がついに日の目を見た!
とある出版社の公募に送っていた私の原稿が、一次審査を通過したのだ。
ホームページを見てみると、通過者15名の中に私の名前があるではないか!
最優秀受賞作品は、書籍化が約束されている。
まさかすぎて震えた。
一次審査を通過しただけなのに、親に電話までしてしまった。
やってもやっても届かなかった私の「カミーノ」が、誰かに届いたという事実があまりにも嬉しかった。うまくいかないばかりで落ち込んでいる時期だったから特に嬉しかった。もはや企画書が下手なだけで、原稿(内容)はけっこうイケてるんじゃないか!? などと調子に乗ってみたりもした(原稿を送ったことは、今のところこの公募以外ない)。
しかし、二次審査(5名)は通らず、私の夢はここにきてもまだかなわなかった。
現実ってこんなもんだよな、という気持ちで落ち込みはしなかった。むしろ一次審査に通過できたことを、自分の功績として褒め称えていた。
人生の縮図
こうして私は、2023年に夢をかなえることができなかった。
そして私は、2024年も同じ目標に取り組む。
取り戻せない過去を後悔したり、やるせない現状に疑問を抱いたり、見えない未来に不安を覚えたり。そんなふうにして、私たちの人生は惑っていく。満ち足りない何かに、答えの出ない夜もきっとある。
そんなとき、私はカミーノのことを思い出す。
立ち往生する意味を、自分が辿っている道の意味を、カミーノに教えてもらったから。
どんなときでも必ず新しい朝はやってくる。
早朝の暗闇を歩きながら見た夜明けの空は、いつも力強い希望に満ち溢れていた。
この貴重な経験を到底ひとり占めするわけにはいかない。
「自分のことを信じ抜くことができないすべての人へ、届け……!」
という想いで、一生懸命原稿を書いた。
私は自分を、信じたい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?