Wilco / Ode to Joy(ディスクレビュー)

画像1

「歓喜の歌」というタイトルに対して、空虚を感じさせるようなぽっかりと白い穴が開いたようなジャケットであり(飛行機の窓から撮影されたと推測される)、
グレンコッチェの諸事情による一時的なドラマーの不在を予期して作られたジェフ・トゥイーディーのソロアルバム2作を経て経て届けられた。

国内リスナーからはヒット作「Yankee Hotel Foxtrot」の再来と揶揄されていたが、僕の印象は大分違ったもので、
メジャーレーベルからリリースしたかつてのヒット作を彷彿させるような、
ポピュラーなソングフォーマットと言えるのは、先行プロモーションビデオが作られた「Everyone Hides」と、
「Love Is Everywhere (Beware)」の2曲だけだろう。
その他には躍動的な展開など何もなく、淡々と増幅するアンサンブルたち。

「Star Wars」(2015年リリース)なんてアルバムタイトルで炎上商法を利用しようとしたり、
同時期に制作された兄弟関係にある「Schmilco」(2016年リリース)、
その前2作たちとは違ってリスナーに印象付けられるものがあるとすれば、
ドラムセットやアコースティックギターの音域の豊かさがこれまでの近作とは段違いであり、
名門レーベルであるノンサッチを去り自主レーベルを立ち上げてからリリースされた「The Whole Love」(2011年リリース)からのレコーディングプロダクションを一任されてきたサウンドエンジニア、
トム・シックとの功を奏したと言えるサウンドそのものである。

トム・シックは楽器の録音に関しては、オルタナカントリーに見合う乾いたサウンドを得意としているが、
ジェフのヴォーカルには独特なエコーがかけられていることが多い。

マルチ楽器奏者や屈強のプレイヤーを抱えるバンドとなると、アンサンブルにおいてメンバーそれぞれがあまりテクニカルに走らず、
どの楽器に重きを置くかを重要視してきたと考えられるサウンドは、多くのスペースは今作ではドラムとギター類に充てられてる。


アルバムを再生した途端から抑制された4ビートのドラミングとエレキギターループから始まり、終始バスドラの重く乾いた響きが心地よい。
よくある商業ロックサウンドのカンカンとしたスネアドラムなんかより、タムやパーカッションのほうが味わい深い印象を残すことになる。
散開の危機にあったウィルコを文字通りボトムとなって支えたグレン・コッチェを讃えたような側面も感じられる。
フリージャズ畑出身であるネルス・クラインは当然、物凄いギターフレーズが弾けてしまうわけだが、加入以降はライブアルバムを除けば、
ソリストに走らずバンド全体のまとまりを選ぶような姿勢が光っている。
そう言ってしまえば、寂しいようだがミカエル・ヨルゲンセンのキーボードプレイとパット・サンソンのオルガンやその他のプレイは、
ライブ現場に比べれば随分と息をひそめているように感じてしまう。彼ら2人の役目はアンビエンスやノイジーな隠し味的な役割が多い。
結成初期から唯一のオリジナルメンバーになってしまったジョン・スティラットは安定した歌心あるベースラインを奏でていることだろう。

彫刻を彫るように、であるとか、
レコーディングスタジオをノートにして文章を書くように使う、
などの写実的なアプローチをもってソングライティングを試みるジェフの短い節回しとシンプルな詩で構成され続けてきた楽曲は、
その分量に達するだけの、控えめなサウンドを持って、訴えることに重みが増す。
例えばウィルコの自主レーベルから遺作がリリースされるダニエル・ジョンストンのように、
一つの小節の中に物凄く歌詞を詰め込んだりできるタイプではないし、ジェフは滅多に早口でなんか歌うことはないだろう。

「君は永遠に変わらないよ」という歌詞が落ち着きながら強迫的につぶやかれる「ブライト・リーヴス」。
秋から冬にかけて積もり積もった落ち葉の中で、何かが終わったときに始まっている事象がスローフェーズで描かれた風景。

歌詞の内容的にはヒットソング「ウォー・オン・ウォー」の続編と言えるような「戦争」というワードを使った「ビフォア・アス」。

「ホールド・ミー・アウェイ」については「まやかしの恋心なんかじゃなくって僕らの体験は詩であると同時に魔法なんだ」というのは、
ウィルコ自身がアプローチする音楽性への言及でもあると思われる。

表題曲と言ってもいい「ラブ・イズ・エブリウェア」からくみ取れるのは、
アルバム全編を通して、慈愛を感じているときにすら怯えているような、
あらゆる絶望の中に身を置きながら、たった一つの幸福な風景を見いだしている歌達なのだろう。

翻訳も刊行され、僕自身は未読ではあるがジェフ・トウィーディは自伝の執筆にも忙しかったらしく、
ソロアルバム2作のリリースを経て、バンドメンバー達がカムバックした、どこかエッジのあった前2作と比べれば、
既存リスナーをハッとさせるようなとても優しく温かいサウンドに溢れていることは確かであり、
「死」と「愛」という人間の勝手な観念をサウンドと詩で打破しようとしているように感じられた。

日本盤ボーナストラック曲「All Lives, You Say?」はbandcampに於いては未発表ではなく既存リリースであり、
どうやらジェフの父に捧げられた歌らしい。
前作から4年のタームを持ってリリースされたが、久々の来日公演を期待されていたり、
次作のリリースは割と早いうちに実現するような気もする。

冬から春への枯れたものたちが生命を呼び戻すような移ろいのなかで、このアルバムを聴いて、ぜひ色々と感じて欲しい。

*

Official HP : https://wilcoworld.net/
bandcamp : https://wilcohq.bandcamp.com/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?