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レアアースについて

米国のファーウェイ排除に関する記事(2021年2月17日付日経新聞「ファーウェイ排除 機器撤去費 米、2000億円肩代わり」)

中国も対抗措置を講じる可能性がある。英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は16日、中国はレアアース(希土類)の輸出規制を検討していると報じた。レアアースは米最新鋭ステルス戦闘機F35などの生産に不可欠で、米国は輸入の8割を中国に依存している。

レアアースとは何か

金属の分類について

 人類が文明を築き、発展させるうえで金属は必要不可欠な存在だった。多様な金属にはたくさん採れて広く利用することが可能な金属と、採れる量が少なく希少価値の高い金属の二種類が存在した。
 前者、例えば鉄や銅は人類社会の基盤たる金属であり、ベースメタルと呼ばれる。
 一方で希少でありながら古くから人間社会に存在していた金や銀は腐食しにくいという性質がある。このため綺麗な状態で産出され錆びないため貨幣や装飾品として使用されてきた。
腐食しにくいという性質は化学的には化学的な活性が低いという形で明確な基準があり、基準を満たす金属を逆に化学的に活性が高い金属(卑金属)と区別する形で貴金属と呼ぶ。一般的に貴金属とは金、銀、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、オスミウムの8種類のことを指す。なお、化学的性質だけでいうならば、銅と水銀も貴金属に含まれるべき金属なのだが、関税をかける際の区分としては埋蔵量の差からこの二つはベースメタルに分類される。少しややこしい。
 かくして、「たくさん採れてたくさん利用される金属であるベースメタル」「希少で腐食しにくい貴金属」という分類が出来上がった。ところが人類の金属利用が拡大するにつれて、この二つに当てはまらない、「腐食しやすいが希少な金属」というものを分類に加える必要が出てきた。これがレアメタルである。なお、ここでいう「希少」というのが単に埋蔵量が少ないから希少とは限らないのがミソ。
 レアアースとは、レアメタルのうち「ランタノイド」に分類される金属と、スカンジウム・イットリウムを合わせた総称である。ランタノイドとは、周期表上では「第6周期の第3族に当たる元素が15種類あるのでひとまとめにしてランタノイドと呼びます」という位置づけであり、互いに似通った化学的性質を有する。スカンジウムとイットリウムはランタノイドではないが同様に第3族であり、「族が同じであれば化学的性質が近くなる(安定するイオン価が同じになるため)」という原則に従い似た性質となる。

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レアアースのどの辺が「レア(rare)」なのか

 先ほど、「希少」というのが単に埋蔵量が少ないから希少とは限らないと述べた。実は、レアアースに分類される元素は地中に割と存在している。

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荒川(1984)より。Ce, Y, La, Nd, Pr, Sm, Gd, Dy, Yb, Er, Ho, Eu, Tb, Lu, Tmがレアアース

さすがにニッケル(Ni)や亜鉛(Zn)のような大量に存在する金属には負けるが、銀(Ag)や金(Au)といった貴金属より埋蔵量は多いし、セリウムに至っては銅(Cu)より埋蔵量が多い。「アンコモン(uncommon)アース」のほうが適切に思えてくる。
だが、主に2つの理由により、これら元素は紛れもなく「レア(rare)アース」なのである。
まず、鉱床を採掘する際のコストが問題としてある。例えば鉄であれば、鉄の割合が50%以上の鉄鉱石を利用するのが一般的だが、レアアースの場合、鉱石中に含まれるネオジムの割合は1%、ジスプロシウムなら0.01%以下である。採掘量に対する成果物の効率がベースメタルよりも悪いということになる。加えてレアアースは比重が高く、同様に比重が高い重金属と同じ場所に溜まっている。重金属の中にはウランやセリウムといった放射性物質もある。大量の土砂と合わせ、有害物質も処理せねばならないため、環境対策や安全対策にコストがかかる。
しかも、鉱床を掘った際得られるものはレアアースそのものではなく複数種類のレアアース(とほかの元素)が混じった希土鉱石と呼ばれるもので、ここからさらに分解して種類ごとに分離する作業が必要となる。
そして、この作業が困難であることが、レアアースがレアたる第2の理由なのである。
そもそも、化学における分離ないし単離は、取り分けたい物質とそれ以外の物質との「違い」を利用して行う。例えば鉄鉱石から鉄を得る場合は、炭素と鉄との酸素への結合しやすさや不純物と鉄との重さといった違いを利用する。
だが、先ほどレアアースの定義を説明する際、「互いに似通った化学的性質を有する。」と述べた。このため、「違い」を利用する分離が非常にしにくいのである。レアアースがいかに似通っているのかは、最初のレアアースの発見(イットリウム、1794年)から最後のレアアースの分離成功(ルテチウム、1907年)まで100年以上かかっている、「数年かけて1万回再結晶させても分離することができなかった」という、間違いなく研究者の心が折れたであろう逸話があるといったあたりから察してほしい。
現在レアアースの分離に用いられる手法として主流なのは、イオン交換法という手法と溶媒抽出法という手法の2つである。

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明石(1987)より、レアアースで用いられるイオン交換法の模式図

 イオン交換法を雑に説明すると、イオン交換樹脂と呼ばれる、特定のイオンとのみ優先的にくっつく物質をフィルターにすると、樹脂にくっつきにくい物質が先に流れ出るので分離ができる、という手法である。しかしレアアースの場合、肝心の樹脂へのくっつきやすさが似通ってしまっており、この方法での分離ができない。
錯塩(金属イオンと非金属イオンが組み合わさった塩)になると樹脂にくっつかなくなり、錯塩へのなりやすさがレアアースの種類によって異なるので、錯塩にするための溶液を一緒に流すことで樹脂へのくっつきやすさに強引に差を作ることで分離を行う。
純度を上げるには通過する樹脂の量を増やす必要があるため、工業的には直径1m、高さ10mを超える樹脂の入った筒を数十本連結させて行う。きわめて高純度の成果物を得ることができるほか、3種類以上のレアアースが混ざっている場合も1度に分離できるという利点があるが、その1度に数十日かかるため、大量生産には向かない。

 溶媒抽出法についても簡単に説明しよう。水と水に溶けない溶媒、分離したいものを混ぜて放置する。水と溶媒は分離するが、この時一緒に混ぜた物質のうち、水に溶けやすいものが水側に、溶媒に溶けやすいものが溶媒側により多く含まれることになる。例えば溶媒に溶けやすいものが欲しい場合は、溶媒の方を取り出してそれに水を加え混ぜて、また溶媒を取り出して…という手順を繰り返すことで目的物を得ることができる。純度を上げるためには何度も繰り返しが必要になるため、ミキサーを大量に連結させた構造が必要になる。
この方法はイオン交換法よりも手早い分離が可能なので大量生産向けとなる。しかし結局水に溶けるか溶媒に溶けるかの2択であることが、3種類以上のレアアースが混ざっている場合に問題となる。

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明石(1987)より、溶媒抽出法におけるミキサー連結の模式図

いずれにせよレアアースの分離には大規模な工業設備が必要だということである。

ここまでの結論

・「たくさん採れてたくさん利用することができるベースメタル」「希少で腐食しにくい金属である貴金属」「腐食しやすく希少な金属レアメタル」という3種類の金属のうちのレアメタルの1種がレアアース
・絶対量としては言うほどレアではないが、鉱床の採掘コストと分離コストがものすごく高いので希少

利用法

レアアースの利用先として主流なのは永久磁石と蛍光体の2つである。

1.永久磁石
レアアースを用いた磁石は性能が高いという特徴がある。最強の永久磁石と呼ばれるネオジム磁石の主原料ネオジムもレアアースである。
レアアースを用いた磁石を利用することで単純に性能が上がるほか、小さくても十分な性能が出るため、小型化にもつながる。

2.蛍光体
蛍光とは、光を吸収して別の波長の光を放出する現象のことで、蛍光をおこす物質を蛍光体と呼ぶ。
レアアースのイオンはその電子配列から蛍光をおこし、その波長はレアアースの種類によって異なる。光の三原色(赤、緑、青)全てをレアアースを含む化合物で出すことができ、かつレアアースがらみの蛍光は
エネルギー効率が良いという特徴がある。

磁石と蛍光体の2つだけでも利用先が相当多い。前者はモーターやセンサーなど、後者はLEDやレーザーなどで、これらの製品がいかに広く活用されているかは今更語るまでもないだろう。しかも、レアアースの利用先として主流なのが永久磁石と蛍光体というだけで、他にも様々な活用法がある。レアアースは民間・軍用問わず、現代社会において必要不可欠な存在となっている。

レアアース問題

 レアアースの問題は2つある。1つは前述のとおり加工コストが高いということで、もう1つは現状生産が中国に集中しているということである。
 中国のレアアース埋蔵量が多いという理由もあるが、それ以上にコスト競争において中国がかつての主要生産国だった米豪などを駆逐した面も大きい。

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画像引用元:

https://www.fujitomi.co.jp/staffblog/%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%94%9F%E7%94%A3%E9%87%8F%E3%81%A8%E5%9F%8B%E8%94%B5%E9%87%8F/

 レアアースのコストを引き上げているのは、1つは加工コストであり、もう1つは採掘コストである。
前述したとおり、環境や労働に配慮した「まっとうな」採掘をするのならば当然コストが高くつくというのがレアアースであり、それを安価で供給している(いた)中国がどうしていたのか。特に昔は米豪と比べ物価が安かった、中国に存在する鉱床は化学的性質の関係上加工しやすかったといった要因もあるが、「まっとうな」採掘を中国はしていなかったという面を無視することはできない。最も中国だけをこの件で怒るのは少々お門違いで、そうした犠牲から目をそらし、安価な資源ならいいやとしてきた私たちレアアース消費者側の責任でもあるだろう。
 こうした社会的正義の問題のほか、生産が結果として中国に集中してしまっている現状が資源安全保障上良いか悪いかでいえば当然よくないわけで、悪影響の一つが、今回のような中国による米国への輸出規制を検討といったことになる。

レアアース問題を対策する

 中国による輸出規制は今回にはじまったことではなく、中国がレアアース生産を独占して以来、非中国、特にかつての西側諸国では対策が取られてきた。主要なアプローチとしては以下の4つがある。

1.備蓄
 中国からの供給が安定しているうちに備蓄しておく。ほかの対策が経済的・技術面での問題をはらむため、おそらく現在の米国で最も主流と思われる対策である。ただしあくまで時間稼ぎでしかないという点で対策としては最も消極的であり、備蓄が乏しくなれば交渉のテーブルにつかざるを得ないだろう。この点によって、今回輸出規制が実行されれば少なからず効果はあるだろうというのが個人的な見解である。

参考
https://jp.reuters.com/article/usa-rareearths-magnets-idJPKBN1YO0PN
http://mric.jogmec.go.jp/wp-content/old_uploads/reports/resources-report/2015-03/vol44_No6_04.pdf


2.中国以外から供給する
 価格競争に負けたというだけで物自体はあるので、それを採掘する。ただし本来経済競争で負けるものを維持するには公的な補助金で無理やり維持することが必要となる。新自由主義が主流の米国においてこれは屈辱であろう。また、ジスプロシウムのような原子番号の大きなレアアース(重希土と呼ばれる)を多く含むイオン吸着鉱と呼ばれるタイプの鉱床が中国に偏在しているせいで、重希土の供給は解決されない。
他実行に移されているのが、コストのかかる加工部分だけ発展途上国に押し付けるというものだが、社会的正義の観点からは邪道と評価せざるを得ない。
例えば南鳥島沖の海底でレアアースを大量に含む泥が発見されたように、新たな鉱床を開拓するという方向性もあり得る。こちらの場合、例えば鉱床に含まれるレアアースの比率が従来のものより多い、加工しやすい状態でレアアースが存在しているといった要因があればコスト競争で中国に対抗できる可能性があるというメリットがある。しかし、海底泥の採掘・加工技術はまだ未完成である。

3.リサイクル
 いわゆる都市鉱山と呼ばれるもので、広く製品として利用されているのだから、それらの廃棄を集めて再利用すればいいじゃないという考え方。実は日本はレアアースの一大消費国かつ中国との関係が微妙という背景からか、この分野で先行していたりする。
ただし分離が困難というのは同様なうえ、下手にリサイクルすると処理が困難な廃棄物が副産物として発生しかねず、技術的・経済的に実用的なものとするハードルはなかなか高い。

参考
http://www.hitachi-metals.co.jp/press/pdf/2015/20150723.pdf

4.レアアース以外のもので代用する
 性能を妥協するのであれば単にレアアースを利用していなかった時代に戻るというだけ。
 一方、性能据え置きで代用しようとするならば技術開発が必要になる。それが成功する場合もあれば、開発者が「しばらく無理」と匙を投げる場合もあり、ものによりけりといったところ。

参考
https://www.nikkei.com/article/DGXNASDD150W6_W3A510C1X21000/
https://www.gizmodo.jp/2013/12/post_13623.html

参考資料(本文中にリンクがないもの)
シゴ・ラボ「私たちの身のまわりに使われる「鉱物資源」~レアメタル編~」
https://lab.pasona.co.jp/trade/word/117/

向井滋「希土類元素の選鉱と精製」1985年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tetsutohagane1955/71/6/71_6_633/_pdf
明石雅夫「希土類の原料とその分離」1987年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspm1947/34/9/34_9_453/_pdf
国立研究開発法人 物質・材料研究機構「レアメタルの基礎知識」
https://www.nims.go.jp/research/elements/rare-metal/study/index.html
産総研「希土類元素って?」
https://staff.aist.go.jp/a.ohta/japanese/study/REE_ex_bs.htm
小林純太郎・瀬戸英昭・森孝夫「溶媒抽出による希土類元素の分離と精製」1990年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rpsj1986/37/3/37_3_157/_pdf
荒川鐵太郎「希土類について」1984年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shigentosozai1953/100/1152/100_1152_153/_pdf/-char/ja
希土類鉱床のタイプとその特徴
https://www.aist.go.jp/Portals/0/resource_images/aist_j/aistinfo/aist_today/vol09_10/vol09_10_p04_p05.pdf
岡部徹「レアメタルの環境・リサイクル技術の課題と展望」2017年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/materia/56/3/56_56.157/_pdf/-char/ja
石原舜三・村上浩康「レアアース資源を供給する鉱床タイプ」2006年
https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/06_08_01.pdf
鉄鉱石の種類と生産量の推移 1962年
https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/62_08_02.pdf
塩田哲也「鉄鉱石の供給動向」2019年
https://www.nipponsteel.com/tech/report/pdf/413-04.pdf
希少元素代替材料の開発
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/juyoukadai/wg_nano/3kai/siryo2-12-1.pdf


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