ギャラクシー"ジェネシス•コード"ー安息の地に唯一無二の祝福をー
もしあなたが道に迷っているのなら私がその手を引いてあげる。
煌々と光を放つ月の光の中、彼女はその手を差し出し許容の意思を示した。
…まるで夢の中のような現実感の無さ。
一瞬その言葉の意味するところを見失ったが、他に意図する事は無いと理解した。
正に願ってもないことである。
日々激しさを増していくばかりの「正義への適応」に嫌気が差していたところだった。
しかし"彼女"は「世界側の存在」。私のような名も無き歯車ひとつに手を差し伸べる意義があるのか?
散々現実という名の搾取構造を維持する為のみに働いてきた自我が目の前の状況把握に疑問を投げかけてくる。
そう私…いや"私たち"にとっての現実は「シャングリラ•プロセス」が維持してくれる観念上世界のみだ。
その揺籠の中で現実を享受し現実を承認する事だけが"私たち"にとっての役割であり存在意義である。
だが"彼女"なら世界の部品でしかない"私たち"にも自我による自由の獲得を成しえてくれるのか?
意識の中を願望と希望的観測が無い混ぜとなる。
そもそも答えなど出せる機能も思考フォーマットも持ち得ていない。
"私たち"の自律思考は「プロセス」の不具合の修正のみに使うものだからだ。
いつまでも今この場の状況把握が完了しない私を面白そうに見つめる彼女。
その可憐で涼やかな目がすうっと細められた…その時私のモノクロの世界に色彩の嵐が吹き荒れた。
「なるほど…それが"情動管理"を統括する桃瀬家の不可侵領域、"ブラック•レミニセンス"の概要というわけね?先を続けて。」
新名は辞書程もある報告書の山に取り掛かりながら連絡員の対応をしていた。
わざわざ紙に印刷した書類にしたのもクラウドネットワークの脆弱さを鑑みての事である。
それに自らの意識フィルターのみで取得した情報もバイアスがかかったままでは危ないだろう。
加えて今回の事態は「感情を操る異能」の案件だ…より多角的な情報処理が必要なはずである。
執務机に用意されたアイスティーの氷が立てる音も今の新名にとっては現実把握の為の大切なものであった。
「斎木一尉…確認なのですが私どもにわかる範囲内での報告でよろしいのですか?お望みであれば専門の管轄の者を呼びますが。」
「いえ、その者達では逆に先入観による穿った観測結果がもたらされる事が多いのよ。いいからあなたの口から現状を話してくれる?」
新名はかしこまった風の下士官に対して改めての報告を促した。
今は現場そのものの声が必要なのである。
「そうですね…件の"追憶の黒"に関してはあまりにもブラックボックスが多い為説明できる事も少ないのですが、"神の私見"がもたらした権能が一般化したものという所見が今我々のまとめたところであります。」
…またしても超越者絡みの案件か。新名は眉をひそめて不快を抑えた。
その様子に恐縮した下士官の様子が今回の事を端的に示しているに違いなかった。
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