ギャラクシー"ジェネシス•コード"ー誠実な欺瞞と心無き理想ー

この広大な書庫に差し込む月の光にかつての優しさは感じられなくなっていた。
それは永く続いた庇護を受けた日々が必要なくなって久しいからかもしれない。
そう夢を見ることの意義すらわからずに目の前の惨状を嘆くしかなかったあの頃の悪夢は今や遠い日の思い出の1ページだ。
当時心の拠り所であった正義の在り方や高潔な理想もすでに日記の中に閉じ込めたままである。
彼女はそこまでを思い返すと冷めてしまったハーブティーを口にする。
するとあの頃に追い求めた理想や理念のごとき青くて渋い味が胸のなかに満たされていく気がした。
結局救えなかったあの日の希望…挫折と共に投げ捨てた机上の救済論は未だに私の胸を締めつける。
確かに存在した未熟な正義感と燃え盛っていた胸の中の熱情。様々な現実に屈した今であってもそれらが皆の望んだ世界を組み上げる素材となることを否定したくはないのだ。飲めたものではないそのティーカップの中身を一気に飲み干した彼女はソーサーの上にそっとカップをおくと何気なく息を吐き出した。…正しい理屈でなくとも、そこに人々の認める大義がなくとも構わない。
私が成すべきことは変わらないはずだ。
彼女は書庫の中での探し物を再開して席を立った。
そして夜の住人は闇の中を歩み続ける。
かつて自らが夢想した光ある世界を目指して。


「リオル…今回の事はさすがに看過できる事ではないわ。この言葉の意味、わかってくれるわね?」
ミステルは胸中に燃え盛っている激情を必死に抑えこみ、形だけでも平静を装って言葉を紡いだ。
議場に張り詰められた空気は油の切れた歯車のごとく軋み悲鳴を上げているかのようだ。
ミステルの意識はとうの昔に干上がっていてもう相手の胸中を察する余裕などなかった。
それでも彼女はこの衆人環視の場で実の妹を詰問する事を強いられている。
何故こんな現実と相対する因果が生まれてしまったのか…?
思い当たる原因はあの事しかない。
リオルが祭司としての職務の在り方に以前から悩んでいた事。
そして「聖典」と呼ばれる異世界の理の書に救いを見いだそうとしていた事だ。
彼女は自らの祭司としての権限で帝都にある「欠落書架」に踏み込み、見つけてしまった。
「聖典」についての記述があるあの禁書と出会ってしまったのだ。
ミステルは自分がリオルの心の受け皿になれなかったことを今更ながら悔いている。
もうひとりで頑張らなくていいんだと抱きしめてやりたかった。
しかしそのささやかな願いは既に叶わない。
彼女が犯した"未来の編纂"という罪は帝国の因果を揺るがす大罪でありそれに情状酌量の余地は無いのだ。
せめてもの猶予が与えられるようにとミステルは妹に対し真摯な謝罪を促そうとした。
しかしミステルの瞳に映ったのは彼女の可憐な、この場に似つかわしくない華やかな笑顔。
それはこの極星帝国全土に訪れる不穏な未来の象徴となった。


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