ギャラクシー"ジェネシス•コード"ー乱動する希望と毅然とした願望ー

地獄の釜から出ることができても結局得たものは無かったよ。
それだけをつぶやくと彼は用意されていた水を一気に飲み干した。
簡素なテーブルに空のコップが置かれてひとときの静寂が部屋の空気を支配する。
尋問されている自覚がまるでない彼のたたずまいは審問官の情緒に少なからず影響を与えている。
まるで自分たちの方が品定めされているかのような彼の悠然とした態度は審問官の思考を空転させていて得るべき情報はまるで無しだ。
このままでは私の個人IDから市民権が剥奪されるのも時間の問題かもしれないな。
審問官は想定しても仕方のない未来を脳裏に浮かべてしまい、身震いをした。
いや最初からわかっていた。
「聖典」関連事案の管理権限を持つ桜梅桃橘に連なる事案が回ってくることの意味は明白。
”失態を犯した者への見せしめ処刑”…そう”「この世界の取り決め」をその身で理解しろ”だ。
しかし例外的にわが身の破滅を逃れた者もいたと聞いたことがある。
…世界の側の人間になること。
あまりにも現実感の無い解決策に笑ってしまいそうだ。まだ自我が未熟な私の娘ですらそんなおとぎ話を喜ぶような年ではない。
そこまで考えて自らの執行すべき職務を見失っている審問官に対して尋問されているハズの男は憐れみを浮かべた目で「譲歩」を申し出る。
それに飛びついた審問官の男に用意された未来はろくでもないものに確定する。
男はその審問官のあからさまに安堵した様子を見て醜悪な快楽を感じて口角を釣り上げた。


「それで聞き出せたのは虚無に等しい彼自身の回想だけ…?「聖典」のレプリカである”ファミリア写本”がもたらした甚大な被害は貴方も知っているでしょう。複製規律を管理している梅本の本家からの公式回答はどうなっているの!」
千里は自らの感情を制御できず目の前のエージェントに怒鳴り散らした。
「し、しかし万城目三佐…桜梅桃橘の取り決めたレギュレーションに異議を唱えるのはEGOの取り仕切る管轄の暗部に踏み込むことと同義です。彼らの握っている権限はあまりにも危険っ、で」
わかりきっている正論を並べようとするエージェントは千里のあからさまな威圧を向けられて言葉を詰まらせる。
あまりに委縮して棒立ちになっているエージェントの彼の姿を見て千里は明らかに不快を募らせたが、これ以上感情を高ぶらせても現状は好転しないと考えて呼吸を整えた。
冷たいながら激烈な熱情の光を宿していた千里のオッドアイに少しながら冷静さを確認したエージェントの彼はその後恐る恐る簡素な現状報告をして逃げ出すように執務室から出て行った。
…状況の把握だけでこれだけの認知の差が出るこの事案はあまりにも異常。これはきっちりと体制と戦略を組み直して取り掛かる必要があるわね。
千里は目の前に山のように積まれた不都合要素の塊に対して改めて戦意を奮い立たせることにした。


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