ギャラクシー”ジェネシス・コード”ー偽りの理想と幻の唯一神ー

現実がいつまでも更新されずにいる世界にこれからの未来など望むべくもないでしょう。
極めて冷ややかに告げられた言葉にこの場の空気がひび割れたように感じた。
無理もない…慈悲無き断罪とも取れる今の通告は言葉通りの死刑宣告そのものである。
ほんの一部とはいえこれまで「聖典」の関連技術のもたらす恩恵は富とコミュニティの地位と競争相手の排除の全てを長らく無条件に保証してくれていた。
その恩恵が一律に取り上げられるとなればこのコミュニティの存続そのものの命脈が絶たれることと同義だ。
誰もがその事態を骨の髄まで理解している。
そして新たにその権限が委譲される組織にこれからの生殺与奪を握られる事がどのような意味を持つのか想像できない者はこの場にいないだろう。
それでもなお目の前の現実を直視できる人間はいない。
再び現実が自分たちの「敵」となり「支配者」となる…永らく楽園の住人でいられた彼らに受け入れられるものでは到底ないはずだ。
だが先ほど決定された裁定は現実そのものであり、この場のコミュニティ構成員全員がかつての宿命に隷属することになるのは確定事項なのだ。
先ほど通達を終えた審理官は絶望というにはあまりにも生ぬるい悲愴感が漂うこの空間を後にする。
甲高く響く彼女の靴音が遠ざかっていく。その残り香はこれからの彼らのトラウマとして永劫に彼らの心に刻まれることになるだろう。
刻まれたその傷はこの時の無力感と共に彼らの自我と意識を縛り続ける鋼鉄の枷となる。
彼らが自らの力で運命を変えることはこれから永劫に無いのだ。
彼女の姿が完全に見えなくなってもこの場の運命はもう動き出すことはないし変わることもない。
つまり彼らがこれから選べる選択はひとつだけだ。
しかし誰もが自明であるはずのこれからの現実を認知できる者は誰一人存在していなかった。


「…それで桜庭の御大は取り上げたその権利の扱いを当の孫娘に丸投げしたと。公私混同という言葉が裸足で逃げ出すレベルの話ね。」
新名は頭の奥から響く鈍痛を持て余して眉を寄せた。
それにしても橘の本家でもあらぬ事態が起きているという情報を確認中に倫理感審理を扱う桜庭の家でのこの「トラブル」が起こるとはタイミングが出来すぎだ。
まるで「聖典」そのものが私たちを直接試しているかのような感覚さえ感じている。
普段は飄々として話を持ってくる今日香ですら珍しく苦々しい顔で報告書とにらめっこ中だ。
「一応確認しておくけど篠崎一尉、この件についての情報は機密事項だから単独行動は厳に慎んでおいてね?」
新名は今自分が想定できる一番最悪のパターンを脳裏に浮かべて今日香へ注意を促す。
数多の可能性世界の未来ヴィジョンを見ることのできる彼女の異能は先々の事態の先手を取ることのできる正に文字通りの切り札だが、見えてしまうことで現在の運命そのものを確定させてしまう事態をも呼び寄せる諸刃の剣でもある。
…そのことを身を持って学習するまで何度も煮え湯を飲まされた新名はできるだけそのトラウマを意識から遠ざけるべく理論的な戦術論議を始めようと釘を刺した。
しかし今日香はまるでその言葉が届いていないようでノーリアクションを続ける。
その態度に新名は徐々に膨らむ苛立ちを抑える努力をしようとして用意されてあった煎茶に口をつけて、ふと思い出すことがあった。
そういえば毎度彼女の持ってくる情報は運命の予兆が始まる直前にもたらされるな。
新名は脳裏に閃く悪い予感を一旦飲み込むと改めて今日香へ呼びかけようとして、見てしまった。
それは運命の裁定を下す女神だけが持つような嗜虐的な笑み。
その笑顔がどれだけの悪夢をもたらすのかを唐突に思い出した新名は自らの覚悟を試すべく今回の対策案を話し出した。

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